― 連載「倉山満の言論ストロンスタイル」―



◆今回の譲位に際して最も大事なことは何だったのか?



 安倍内閣の皆々様は、何が大事なことなのか、さっぱりわかっていないらしい。



 元号公表前の情報管理は完璧だった。「令和」の元号が漏れることはなかった。情報漏洩阻止を、内閣の至上命題としたのだろう。ただ、それだけだ。



 できて当たり前の極めて低い目標を設定して、他の大事なことがどうなろうと意に介さない。少しでも批判する者は、敵認定する。最近の安倍内閣の姿勢は、夜郎自大になっていないか。



 公表前に「令和」を秘匿しきったが、その後は“ダダ洩れ”である。報道される例だけでも、「他の五案がすべて新聞の一面を飾る」「落選案の発案者がインタビューに答える」「閣僚の所見が伝わってくる」「有識者会議で令和だけ解説文が長かった、と書かれる」等々。平成の際にはありえなかったことが、発表1週間ほどで行われている。



 報道を見ているだけでも、今の内閣が「令和」をゴリ押ししたのがよくわかる。山中伸弥先生らが参加した有識者会議の議論で元号が決定したなど、政治や行政を知らぬ者の謬見(びゅうけん)である。有識者会議とは、「政府の見解に権威を与える会議」のことである。事前に政府の本音を伝えた上で、その結論にもっていく。そういう八百長ショーを崩さない人だけを集めた会議なのだ。



 今回の元号の事前公表に関し、決められた結論にも、途中のやり方にも反対なのだが、安倍内閣は令和の2文字が事前に漏れなかったので褒めてほしいとでも思っているのだろうか。



 元号のみならず、今回の譲位に際して最も大事なことは何だったのか。この40年間、政府解釈として通用してきた「天皇ロボット説」の打破だったはずだ。



 天皇ロボット説とは、東大法学部教授だった宮澤俊義が唱えた説で、「天皇はめくら判(※原文ママ)を捺すロボット」だとの説だ。単に憲法学の権威ある教科書に書かれているのみならず、時の内閣法制局長官の答弁によって政府見解となってきた(1975年11月20日参議院内閣委員会)。



 それに風穴があいたのが、2016年8月8日の、天皇陛下玉音放送(いわゆるビデオメッセージ)だ。



◆日本の国体とは何か。皇室と国民の絆である



 陛下は我々国民に対し、「自分の身はどうなってもいいが、このままで良いのか皆で考えてほしい」と語りかけられた。一言も「辞めたい」とは仰られなかったが、日本国民の圧倒的多数は陛下を支持した。大多数の国民は何を仰っているかよくわからなかっただろうが、陛下の仰っていることだから間違いないだろうと信じた。



 日本の国体とは何か。皇室と国民の絆である。皇室と国民の絆が切れない限り、日本が滅びることはない。



 だが、これを快く思わぬ勢力がいた。内閣法制局である。



 内閣法制局とは、憲法を頂点とする日本政府の法令解釈を独占する。御譲位に際し、「国民が同意しているので」との解釈を示した。これはいい。陛下も、国民の反対を押し切ってまで譲位をしたいとは仰っていないのだから。だが、ここからの法制局の逆襲がすさまじかった。やり玉に挙げられたのが、元号だ。



 まず、元号は史上初の事前公表とされた。西暦645年の大化以来、改元は天皇の大権とされ、すべて時の天皇の名で行われた。近代は一世一元の制であり、元号はその代の天皇の贈り名となることが慣例となっている。平成改元においても、今上陛下の名において行われた。新帝、最初の仕事が改元なのである。



 ところが日本政府は、「システム対応」というよくわからない理由で事前公表を押し切った。「システム対応に1か月もかかるはずがないだろう」と、日本中のシステムエンジニアから笑い者にされたのは記憶に新しい。現在の内閣見解は「あの時は、信じていた」だそうだ。



 これは間抜けな話だが、この過程で聞き捨てならない発言も聞こえてきた。「天皇に配慮すると、国民主権を定める日本国憲法に違反する恐れがある」との声だ。



 日本国のすべての政治家と官僚が逆らえない一言だ。総理大臣だろうが、財務事務次官だろうが、法制局から「憲法違反の疑義がある」と指摘されたら、疑義がないように政策を変更しなければならない。国会が可決した法律だろうが、財務省が認めた予算だろうが、関係ない。



 かくして、5月1日にされる新帝から改元大権を取り上げ、今上陛下に「めくら判」を捺させたのだ。この過程で、安倍内閣は内閣法制局に皇室を貶める道具として使われた。



 それでいいのか?



 先週の本コラムで「令和」に込められた呪いについては触れた。また5月1日以降、皇后陛下は「上皇后」なる奇妙な名前で呼ばれる。新儀だ。



 皇室は伝統を尊重する世界なので、よほどのことがない限り先例を尊重する。絶対に新儀をやってはいけない訳ではないが、不吉とされる。よほどのこととは、たとえば、大化の改新や承久(じょうきゅう)の乱、昭和の敗戦のような時だ。改革が求められた明治の御一新に際しても、「神武創業の精神」が先例とされた。新儀など、無理やり断行するものではないのだが、安倍内閣は次々と新儀をやらかしている。



 何を考えているのか、何も考えていないのか、それとも何者かに操られているだけなのか。



 ところで、菅義偉官房長官が「令和おじさん」として注目を浴びている。これまでは「黒子」「影の権力者」として知る人ぞ知る存在だったが、一般の知名度が飛躍的に上がった。一気に次の総理候補に躍り出た。



◆このままいけば史上最長の内閣になるが、何一つ実績は無い



 安倍内閣6年。このままいけば、史上最長の内閣になる。だが、何一つ実績は無い。外交は「トランプ内閣の外務大臣」を務めているだけだ。経済とて6年もたって景気回復すらできていない。あまつさえ、景気回復前の増税に向けて邁進している。



 あえて長所をあげるとしたら、災害対策に不安がないことくらいか。少なくとも、村山富市菅直人のような不安感はないし、安倍内閣で多くの災害が起こったが無難に対処している。



 いっそ、安倍首相は余力があるうちに菅官房長官に禅譲し、次期政権に影響力を残しつつ、やり直せる体制を作っては如何か。



 陛下よりも、首相の方にこそ、「退位」が必要ではないのか?



 嫌味のつもりはない。

【倉山 満】
憲政史研究家 ’73年、香川県生まれ。’96年中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程を修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員として、’15年まで同大学で日本国憲法を教える。’12年、希望日本研究所所長を務める。同年、コンテンツ配信サービス倉山塾」を開講、翌年には「チャンネルくらら」を開局し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を展開。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数





4月1日、首相官邸で、新元号「令和」を発表する菅義偉官房長官。新元号発表を行ったことで、ネット上などで「令和おじさん」として話題になっているが……(写真/時事通信社)