病気は、患者さんやご家族のこころに少なからぬ影響を与えます。病気そのものに対する不安はもちろん、治療を受けることへのストレス、家族として何ができるのかといった葛藤など、その影響は多岐にわたります。 国立成育医療研究センタ […]

病気は、患者さんやご家族のこころに少なからぬ影響を与えます。病気そのものに対する不安はもちろん、治療を受けることへのストレス、家族として何ができるのかといった葛藤など、その影響は多岐にわたります。

国立成育医療研究センターでは、児童・思春期リエゾン診療科が心理社会的支援を担っています。リエゾンとは「身体の症状に悩む患者さんの精神面をサポートすること」を表していますが、小児に特化したリエゾン科があるのは、日本では成育医療研究センターだけです。このリエゾン診療科は、子どもたちの慢性疾患を治療する上で重要な役割を果たしています。

今回は、国立成育医療研究センター 児童・思春期リエゾン診療科から2名にお話を伺いました。まずは、心理士・松元和子さんの取材をお届けします。昨年連載した小児がんを考える:国立成育医療研究センター 小児がんセンター こどもサポートチームとあわせて読んでいただければと思います。

お話を伺った方の紹介
松元 和子さん
国立成育医療研究センター こころの診療部 心理療法士。

「黒衣」として隙間を埋め、意見を取り持つ

―松元さんは「児童・思春期リエゾン診療科」の担当とのことですが、この診療科目はそもそも、どんなことをする科なのでしょうか?

簡単に言うと、身体の病気を持つ方の心理社会的な面をトータルに診て、その方が治療を続けながらより良い生活を送っていくためのお手伝いを、主治医と協力しながら行うことをお仕事としています。

いわゆる精神科(精神科医が中心となって治療に取り組む)とは違い、メインとなるのは身体の治療を行う主治医看護師です。患者さんの中には精神的な問題を抱える方もいて、その方たちには治療としてカウンセリングも行いますが、基本的なスタンスとしては身体の治療を支えるサブの役割ですね。

―精神科とは違い、身体の病気や症状に付随して起こるこころの症状を支えているのですね。

そうですね。もちろん、薬の副作用で精神科的な症状が出てくることもあるので、そういう場合はリエゾン科の医師が薬の調整をすることはありますし、カウンセリングをしっかり行った方が良いようであれば心理士が担当することもあります。

ですが、リエゾン活動における心理士は基本的に、隙間を埋める職種です。メインではなく、(舞台上で主役を支える)黒衣のようなものだと思っています。患者さんやご家族と主治医看護師との意見がすれ違ってしまったとき、「もしかしたら、こんな風に感じているのかもしれませんよ」と通訳する役割ですね。

特にお子さんの場合、自分の考えを言葉で表現するのは難しいことです。遊びなどを観察しながら言葉にならない想いを代弁し、先生たちが治療に役立てられるようにお伝えします。

反対に、主治医看護師の言葉に敏感に反応するお子さんやご家族に対しては「そう受け取ってしまいますよね、でもこういう意味かもしれませんよ」と、不安な気持ちに寄り添いつつ、通訳をすることもあります。

スタッフ間の橋渡しを行うことも

―お子さんと医療者との橋渡しをするのがお仕事の中心ということですね。

そうですね。あとは、医療スタッフの支援も大切だと感じています。それが、間接的に患者さんを支援することにつながります。

スタッフは、職種によって大事にしているものが異なります主治医だったら病気を治すことが第一ですが、看護師はそれ以外にも退院後のケアを自分でできるように教えるなど、生活全般を気にかけています。また保育士など、お子さんが社会に戻ったときのことを考え、病院の中での成長発達を中心に気を配っているスタッフもいます。

それぞれの職種が皆、各々の信念を持って一生懸命治療にあたっています。それゆえに、どうしてもぶつかることがあるんです。より良い治療を目指す上で意見を闘わせることはとても大切ですし、避けては通れません。でも、ときにそれが行き過ぎて、がんじがらめになってそこから動けなくなってしまうことがあります。そんなときこそ、医療の素人である心理士をうまく使ってほしいなと思います。

私たちは治療に直接関与しません。なので、一人の人間として当然感じるであろう、でも医療者であるがゆえに出せないような葛藤を、ぽろっとこぼしてもらえるような存在になれたらと思っています。話を聴いて、相槌をうつぐらいしかできないかもしれませんが、日々緊張を強いられるスタッフがほっと一息つけるような時間を提供することも、心理士の役割のひとつです。

―こどもサポートチームでは、子どもたちのこころを支える職種はほかにもいると思います。そうした職種との役割分担はどのように行っていますか?

こころのケアは、実は患者さんやご家族にかかわる人全員で行っていることです。そして、重なり合ってもいいと思っています。その中で互いの職種を信頼し、「今回は任せた」「今回は任せて」と気軽に言い合えるのが理想的なチームだと思います。

お子さんとの“相性”と言ってしまうとそれまでですが…患者さんにとって自分の気持ち、それも蓋をしておきたいようなドロドロした気持ちと向き合うのは本当にしんどい作業です。「ただでさえ身体の病気を持っているのに、どうしてそんなことをしないといけないの?」と思う人もいて当然ですよね。そんなときに心理士が来て「さあ、話を聴かせてください」と言っても、人によっては受け入れられないと思うんです。

だから、「この人となら向き合える」と思える人を患者さん自身が選んでいいと思っています。それは保育士CLS(チャイルド・ライフ・スペシャリスト)主治医看護師かもしれません。彼らがこころのケアを行い、私たちは後方支援をする、という形もありだと思います。

 

「手を離す」まで、一緒に答えを探す

―お話を伺っていると、こころのケアを行う上で、重なる範囲があることは大きな強みだなと思います。その中でも特に「心理」を軸としているのがリエゾンチームだと思いますが、医師と心理士の役割分担はいかがでしょうか。

こちらも、はっきりと分かれているわけではありません。ただ、私たち心理士は診断を下すことはできませんし、お薬を出すこともできないので、そこは医師にお任せします。

お子さんやご家族との相性もあります。たとえば「男の先生は苦手」とかですね。自分の心のデリケートな部分を一緒に扱う相手なので、相性は意外と重要です。

私は、心理士は患者さんにとって鏡のような存在なのかもしれないと思っています。お子さんにしろ親御さんにしろ、私たちを鏡として使って「自分が今何を感じて、何がつらいのか」に気づいてもらうのです

たとえば、「こんなにつらい思いをするくらいなら消えてしまいたい」という思いを持つ親御さんがいてもおかしくありません。「治療に取り組む先生に失礼だから」と言わない(気持ちを押し殺してしまう)人もいます。でも、口に出さないからといってその気持ち自体が存在しなくなったわけではありません。どこかの段階で、「自分は今、そういう気持ちを持って生きている」「それでも頑張っているんだ」という事実と向き合わないと、先に進めないのです。

そういう思いと向き合う作業を、時間をかけて行っていきます。私たち心理士は、「こうすればいいよ」と答えを出してあげることはできません。でも、「私は本当はこう思っているんだ」とその人自身が分かったら、次の段階として「じゃあ、それを抱えてどう生きていこうか」その人なりにどんな答えを出すのかを一緒に考えることはできると思います。ゆれる気持ちに丁寧に寄り添えたらと思っています。

―問題や答えを突きつけるわけでも、根掘り葉掘りするのでもなく、自分で気付くことができるように支援するのですね。

そうですね。かと言ってずっと黙っているわけでもなく、ツンツンと突きはするんです。「こういうことかな?」と聞いてみたり、言っていることと表情とが違うことに気付いたら「口ではそう言ってるけど、本当にそう思ってる?」と言ってみたり。そうすると、また自分を見つめ直して考えてくれるんです。

病気になってしまった後の人生をどう生きるか、ということに答えはありません。でも、みんな人生の節目ごとに何らかの答えを出しながら生きていくのだと思っています。そのときに私たちをうまく使ってほしいと思います。

子どもたちは、いずれ病院を出ていく存在です。だから、どこかのタイミングでちゃんと手を離すのも私たちの責任です。

私は、「心理士さんのおかげです」と言われるのはちょっと失敗だなと思っています。時間はかかりますが、子ども自身がたくさん考えて、悩んだうえで「すごく大変だったけれど、こうしようと思ったんだ」「自分で決めたんだ」と、私の存在を忘れてくれるのが一番の理想です。

でも、「しんどかったとき、誰だか覚えてないけど寄り添ってくれた人が家族以外にもいたな」とぼんやりとしたイメージとして残ってくれたらいいなとも思いますね。この先なにかにつまずいたとしても、「あのときも助けてくれる人がいたから、今回も大丈夫だろう」と思ってもらえたら嬉しいです。

―最後に、小児がんについて、伝えたいことがあればお聞かせいただければと思います。

「“病気”イコール“その子”ではない」ということと、「ちょっと大きい学校や職場であれば、1人はサバイバーがいる(珍しくない)ということを知っていただきたいです。

病気をした時間は、その子の人生の一部でしかありません。見るべきところはほかにもたくさんあります。それは大人にも、子どもたちにも伝えたいことですね。

編集後記

自らを「黒衣」に例える松元さん。子どもたちをゆったりと見守り支えつつも「自分で決める」ことを促す姿は、目立たなくとも無くてはならないものだろうと思いました。「病気」ばかりを見てしまいがちな医療現場だからこそ、子どもたちのこころを支える役割は欠かせないものと言えるでしょう。

次回はこころの診療部医師・田中 恭子先生のインタビューをお届けします。

※取材対象者の肩書・記事内容は2019年2月26日時点の情報です。

「黒衣」として子どもたちを見守る心理士―小児がんを考える⑬