Steamにて2019年に配信予定のPCゲーム『Cold Hearts』Twitter上で話題となっている。本作はいわゆる恋愛ビジュアルノベルなのだが、その恋愛対象が冷蔵庫となっているのだ。

 開発は海外デベロッパーの二人組「Outstar & Memoriesin8bit」で、ゲーム自体は日本語には未対応。それなのになぜかタイトルは『Cold Hearts』の下にカタカナで『コールハーツ』と表記され、トレイラーでは日本語主題歌が使われている。

 『Cold Hearts』の主人公は、父親から家電屋を引き継いで営んでいる。当初は父親の仕事の教えをスルーしてた主人公だが、父が亡くなり仕事で苦労する日々を過ごしている。父が残してくれたのは冷蔵庫いっぱいの食料とお金。仕事で疲れ果てた主人公は不眠症に陥り、キッチンにある冷蔵庫で冷えているお菓子をつまむのがちょっとした毎晩の楽しみだ。

 ある日、ドシドシと物音がするので、「誰だ!」と呼ぶと「私です」と甘い女性の声を放つ冷蔵庫が現れた。冷蔵庫から「ご主人様、いつも来てくれるから私のほうから来ちゃった」と顔(?)を赤くしながら言われ、混乱する主人公。冷蔵子は扉を開けてチョコレートバーを主人公に投げて去っていった。朝に目覚めると、奇妙な夢を見たと思いつつも、茶色いシミとチョコレートの包装紙が残されている。夢ではなかったのである。

 どうやら本編では冷蔵庫と恋愛模様が描かれるようだが、体験版主人公は混乱するばかりで、なかなか現実を受け入れようとしない。また同時並行して、主人公の店を訪れていた女の子行方不明になり、新聞で捜索願いが出されるほど騒動になっているようで、恋愛ゲームだけに留まらない不穏な雰囲気がある。

 コメディサスペンスが入り乱れるシナリオには6種類の軸となるルートが用意されており、20種類以上のエンディングへと分岐していくことになる。人間か家電製品かは不明ながら恋愛対象となるキャラクターは7人(機)存在し、スクリーンショットではドラム洗濯機の姿も確認可能だ。

 なお制作者はYouTuberTwitchゲーム配信をやっているOutstarwalkerさんと、Memoriesin 8bitさん。タイトル表記がカタカナの『コールハート』だが、これはOutstarwalkerさん日本好きによるものとみられる。Twitterを辿ると、たびたび日本を訪れて旅行を楽しみ、日本語を勉強中にようだ。また日本語主題歌の正体はフリー素材「a wandering minstrel Short Ver.」である。これもOutstarwalkerさんの日本好きが高じて、選択したのだろう。

 海外では、ビジュアルノベルLGBTQ、人種、自殺、いじめ精神疾患、身体障害、ファーリー(海外のケモナー)などの自身のアイデンティティ、マイノリティとされる問題を創作を通して意思表明する表現手段としての有効なジャンルになっている。海外のゲーマーが日本のアドベンチャーゲームに触れたのは逆転裁判が商業的にローカライズされたのがきっかけだ。その後KanonCLANNADSchool Daysなどのアニメを違法サイトで視聴することによって、殺人や自殺、セックスといったタブーとされているテーマ美少女キャラクターで描くことに衝撃を覚え、原典であるビジュアルノベルへの関心がさらに高まっていった。

 特に転換点となった2007年から2012年の身体障害者と恋愛するかたわ少女と、2011年の鳩と恋愛するゲームはーとふる彼氏 〜希望の学園と白い翼〜』である。この2つのゲームが被差別者コミュニティやマイノリティの人たちの想像力を刺激し、また勇気づけられることによって、ビジュアルノベルは自身のアイデンティティに根ざしたテーマを描く「個」のジャンルとして、日本とは違う立ち位置で確立することになる。

 本作の冒頭のメッセージ「自分がどこにも帰属していないような気がしたことはありますか?この世界であなたは自分の場所を見つけることができません。まともな人間が選ぶ食品や衣服を選ぶことさえ、地獄のように感じるほどに」は、まさにそういったテーマとなるのだろう。キワモノ扱いせず、そこに込められた真摯的なメッセージを読み解くと、『Cold Hearts』というのも、なかなか素敵なタイトルとなるのかもしれない。

 『Cold Hearts』の発売は2019年内を予定しており、体験版はすでにリリース済みだ。

ライター福山幸司

Steam | Cold Hearts
85年生まれ。大阪芸術大学映像学科で映画史を学ぶ。幼少期に『ドラゴンクエストV』に衝撃を受けて、ストーリーメディアとしてのゲームに興味を持つ。その後アドベンチャーゲームに熱中し、『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』がオールタイムベスト。最近ではアドベンチャーゲームの歴史を掘り下げること、映画論とビデオゲームを繋ぐことが使命なのでは、と思い始めてる今日この頃。
Twitter@fukuyaman