連載「僕が夫に出会うまで」

 

2016年10月10日に、僕、七崎良輔は夫と結婚式を挙げた。幼少期のイジメ、中学時代の初恋、高校時代の失恋と上京……僕が夫に出会うまで、何を考え、何を感じて生きてきたのかを綴るエッセイ。毎週連載。

 

(前回までのあらすじ)中学時代から何度も男の人を好きになっていた僕は、上京して男子寮暮らしを始める。寮の飲み会で酔っ払って眠りこんだ僕は、目を覚ますと寮生の部屋にいた。その後、僕は何人かの寮生と身体の関係を持ってしまった。

 

(前回の記事「男子寮で暮らす僕が、何度も繰り返してしまった過ちとは」を読む)

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 上京してから一年で、僕は男子寮を出た。お風呂や食事の時間帯などのルールに縛られるのが苦痛だったのと、やっぱり大勢の男の人に囲まれて生活するのに馴染めなかった。それに一番の理由は、僕が身体の関係を持ってしまった人たちと、気まずかったからだ。

 何はともあれ、僕はこっそりと寮を出て、これから始まる一人暮らしの生活に備えていた。

 寮ではご飯を作ってもらえていたけれど(食堂で誰かに会うのが嫌で、ほとんど食べなかったが)、これからは自分でご飯を作らなくてはならない。実家ではほとんど料理をした事がなかったし、誰にも教わった事もないから不安ではあったが、ご飯を作るのは意外と苦ではなく、どちらかというと、ハマりこむタイプだという事に気がついた。失敗しても食べるのは自分な訳で、誰かに文句を言われることもない。

 難しいものは作れなかったけれど、カレーを作ると、次の日は、ナスを沢山入れたカレー、その次の日はドライカレーに挑戦! と理科の実験のように楽しくチャレンジしていき、料理のレパートリーも増えていった。

高校時代に好きだった男の子から電話

 そんな1人暮らしが始まって少し経った頃、ハセから電話があった。

 ハセは、高校3年間、僕が片想いをした人で、高校を卒業して1年が経った今でも想いを引きずっている相手だ。

 ハセの電話に出るのには、少し勇気が必要だった。なぜかというと、ハセに対して気まずい事が僕の中にあったからだ。

 それは、僕が上京してすぐに、ハセと付き合っていたマミちゃんが亡くなったことだった。高校当時、ハセを横取りされたと感じていた僕の、マミちゃんへの嫉妬は計り知れなかった。マミちゃんをどれだけ憎しんでいたかは言葉にするのも怖いくらいだ。そのマミちゃんが亡くなったと知らされた時は、なんだか責任を感じたし、己の小ささを悟らずにはいられなかった。だからもう、ハセには顔向けができないと思っていたのだった。

 勇気を出してハセからの電話にでてみると、久しぶりに聞いたハセの声は元気そうだったので少し安心した。どうやらハセは高校卒業後、北海道を離れ、愛知県で住み込みの仕事をしていたらしい。それでも、東京の学校への進学を諦めきれず、3ヶ月間東京の、僕のアパートに居候させてもらえないかという相談だった。

 今でもハセのことを好きな僕からしたら、ハセと一緒に住めるなんて願ってもいない幸せだ。ハセが光熱費を出してくれるという事で話がついた。

 高校3年間と、上京してからの1年間、トータル4年間も片想いをしているハセと、一緒に住む事ができるなんて、やっぱり僕とハセは運命で結ばれているとしか考えられなかったから、僕は1人、興奮していた。

好きな友だちとの共同生活は拷問だった

 上京して2年目、僕が19歳の夏、6畳ワンルームのアパートで、大好きなハセとの共同生活が始まった。はじめは、ハセとの共同生活を楽しんでいた僕だったが、一緒に住み始めて何日かで楽しさより苦痛の方が大きくなっていった。なぜなら、ハセが無防備すぎるからだ。

 狭いアパートでの2人暮らし。シングルの布団に2人で毎晩寝ていたのだが、ハセはいつもトランクス1枚とタンクトップという無防備な姿で、僕のすぐ横に寝ているのだ。

「ハセは友達だ……何も見てはならない、何も感じてはならない、何も触れてはならない」と自分に強く言い聞かせなくてはいけなかった。

 それなのに、寝ているハセのトランクスに、テントが張っているのなんてしょっちゅうで、トランクスの隙間からテントの中身がチラ見えする。「見てはならない」と思いつつ、部屋に差し込む、街灯のわずかな灯りの中、目を凝らしてハセのテントの中身をつい見てしまう。

 4年間、想いを寄せ続けてきたハセが、僕の目の前にいるのにもかかわらず、僕はどうすることも出来ない。理性を失いそうになる。まるで、餓死寸前なのに食べ物を目の前に置かれ「待て!」をされている犬のような気分だと言えば、この状況の辛さをわかってもらえるだろうか。

 僕がそんな状態にあるのにも関わらず、ハセはお風呂から裸で出てきたり、プロレスごっこと称し、トランクス姿で僕の上に跨ったりしてくるのだから、ハセを好きな気持ちだけが膨らんでしまうが、僕はその気持ちを押し殺さなくてはならない。それがなんとも辛い。

 それにもう1つ、ハセと共同生活をする中で、どうしても我慢ならない事があった。それはハセが名古屋に行っていた間にできた、ハセの彼女の「ほっちゃん」の事だ。

 ハセは毎晩寝る前になると、愛知県にいる彼女の、ほっちゃんに電話をする。ハセと彼女の会話なんて一切聞きたくないのに、同じ部屋にいるものだから、電話の会話がイヤでも聞こえてしまう。ハセの言葉だけで大体の会話の内容はわかってしまうのだ。ハセが毎晩、彼女に愛の遠距離電話をかけることに、ハセを好きな僕が耐えられるわけがなかった。

 この日の晩もハセは彼女に、愛の遠距離電話をかけていた。

「いやだよぉ、ほっちゃんが言ってよぉ!」

「え~、だって七崎がいるもん……」

「わかったよぉ『愛してるよ!』︎……はい、次はほっちゃんの番だよ?」

「なんで! 俺は、愛してるって、ちゃんと言ったじゃん!」

「あっそ。信じらんない。もう切るわ」

 ハセはほっちゃんとの電話を切った。こんな茶番劇が毎晩、僕の目の前で繰り広げられているわけだから、この先の展開が、僕にはわかっていた。

 案の定、思った通り。電話を切って5秒も経たないうちにハセの携帯が鳴った。ほっちゃんから電話がかかってきたのだ。ハセは少し嬉しそうな顔をしたのに、声は冷たく電話にでた。

もしもし、なに?」

「うん、わかってくれればいいよ。俺もごめんね。……うん、愛してるよ。ありがと。おやすみ。……いやだぁ! ほっちゃんが先に電話切ってよぉ!……じゃあ同時に切ろう? せーの!………ハハ!なんで切ってないの~」……。

お前らの会話、キモいんだよ!」

 反吐が出る。これが毎晩続くのだ。

 このクソカップルの茶番劇を観ていると、自分の髪の毛をむしってしまいたくなる衝動に駆られる。それなのに、心のどこかで、ハセに「愛してる」と言われる、ほっちゃんが羨ましいと思ってしまう自分がいるのも事実だ。

 ハセの洗濯をしてあげたり、ご飯を作ってあげたりしているのは僕なのに、ハセに「愛してる」と言われるのは僕ではなく、ほっちゃんなのだ。そう考えると、無性に腹が立ってくる。僕は立ち上がり、電話中のハセの方へと近づいた。

「いやだよ~、俺はほっちゃんとの電話は切りたくな……」

 僕はハセの携帯を奪い取って通話を切り、その携帯を床に叩きつけた。

「なにすんだよ!」

 ハセが僕に叫んだ。僕も負けじと叫び返す。

お前らの会話、キモいんだよ!」

「自分に彼女がいないからヤキモチだろ!」

お前らみたいなキモいカップルなんてクソ喰らえ! なんなんだよ、毎晩ねちねちと! イラつくんだよ!」

「人を好きにならないお前にはわからないだろうけど、遠距離は大変なんだよ! 俺が近くにいてやれなくて、ほっちゃんがどんなに寂しいかわかるか!」

「そんなのどうだっていい! ほっちゃんなんてキモい女、大っ嫌い!」

ほっちゃんを悪く言うな!」

「うるせえ! お前が一番キモいんだよ!」

 その間も、ハセの携帯は鳴り続けている。できる限り軽蔑の念を込めてハセに言った。

「その電話、外でして。僕の前では一切彼女と電話しないで。もう気が狂いそう!」

「でも外は雨が降ってる!」

「じゃあいい! 僕が出ていく! この、クソカップル!」

僕は怒りに任せて雨の中、外に飛び出した。

 離れているから、ほっちゃんが寂しい思いをしているだと? 贅沢な女め! 僕なんか、毎晩隣に寝ていても、ハセが愛してくれることは無いのに! これまでも、これからも一生! 

 ハセを好きになってから、泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだり、たくさんしたな。

 ハセを好きなこと、もう疲れたよ。ハセを嫌いになれたらいいのに……。

片思いする僕の気持ちは、女友達にもわからなかった

 泊めてくれそうな、一人暮らしの同級生の家に行き、ベルをならした。

「はーい。あらななぴぃ、べしょべしょじゃん!」

「映里、今日、泊めてくれない?」

「実はハセから連絡きてたよ、そっちに行くかもって」

「ハセ」という言葉を聞くだけで心臓がもがれたような痛みを感じる。映里は僕にフカフカタオルを手渡してくれた。映里は学校で一番仲の良い女友達だ。

「他にはなんか言ってた?」

「何でななぴぃが怒ったのか、わからないって言ってたよ」

「ハセが毎晩彼女と電話するのがムカつくの」

「なんでムカつくの?」

「だって……。内容がキモいんだもん……」

「泣くほどムカつく電話の内容なの?」

「内容もそうだし、ハセの彼女が嫌いなの」

「ハセの彼女のどこが嫌いなの? 何かされたの?」

「何もされてないけど、僕はハセの友達として……。とにかくほっちゃんが嫌いなの」

「でもハセは彼女のことが好きなんだから、友達として見守るしかないんじゃない?」

「イヤだね! 早く別れさせたい! あのクソ女!」

「何かされた訳でもないのに、なんでそんなにハセの彼女のことを嫌いになるかがわからないわ」

 映里は眉間にシワを寄せて、僕の気持ちを少しでも察してくれようとしていたが、どうにもよく分からないようだった。それもそのはず、僕がハセを好きなことは誰にも言ってないのだから仕方がない。僕の気持ちをわかってくれる人は、周りに誰もいなかった。だから僕にとって、ハセと同居した3ヶ月間は、苦痛でしかなかったのだ。 

(続き「3度目の失恋を経験して、ゲイの僕が気づいたこととは」を読む)
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(七崎 良輔)

©平松市聖/文藝春秋