オーストリア杯決勝を現地取材 南野は後半途中から5年連続のピッチ

 カップ戦は別物とよく言われる。普段のリーグ戦でも何が起こるか分からないのがサッカーだが、一発勝負のトーナメントではより大番狂わせが起こりやすいとされている。どれだけ戦前に有利だと騒がれても、実際ふたを開けてみると、まるで予想もしていなかったストーリーが待っていたりする。

 では、こうしたタイトルがかかった試合で大事だとされる“経験”とはなんだろうか。5月1日、クラーゲンフルトで行われた決勝戦でラピド・ウィーンを2-0で下し、2015年のザルツブルク移籍後5年連続でカップ戦決勝を戦った日本代表MF南野拓実に、試合後尋ねてみた。

「いやぁ、難しいですね。場数というのは、重要なポイントになってくると思います。あと僕の考えだと、決勝だからといつもと違うことをやるんじゃなくて、いつも通りのプレーを、いつも通りの自分のやるべきことをやれるかどうか、そこにしっかり集中できているかどうかが重要になるんじゃないかと思います。こういう大舞台であればあるほど」

 その試合が持つ意味が大きくなればなるほど、プレッシャーは大きくなる。得てして監督は「パーフェクトな試合をしなければ」と眉間にしわを寄せてメディアの前でコメントをするし、そうした空気感の中では気合が気負いになってしまい、無理に普段以上の力を引き出そうとして逆に押しつぶされがちになる。

 この試合、スタジアムの雰囲気は確実にラピド・ウィーンのものだった。ウィーンから大勢駆け付けた熱狂的なサポーターがゴール裏に緑、白、青、赤の巨大なコレオを作り出し、腹の底からの大声援でチームをサポート。選手は弾かれたように、試合開始からどんどんプレスを仕掛けていく。足を止めることなく、競り合いでは体を張る。ボールを奪ったら何度でも縦に駆け出していく。ザルツブルクはなかなかチャンスが作れない。だが、彼らに焦りはなく、その流れに飲み込まれることはなかった。

 南野は試合後、こう振り返っていた。

「今日は僕らがいつも通りの試合をできれば勝てると思っていたし、いつも通り自分たちの良さを出せれば、良い試合になるんじゃないかなと思っていた。それはやっぱり、自分たちにフィロソフィーがしっかりあるからだと思います」

スタメンを「外れる理由は全くないって自分では思ってます」

 チームのことだけではなく、自身についてもそうだ。大事な試合でスタメンを外されたことに、納得しているわけではない。チームのために、自分がどれだけ貢献してきたかという自負もある。だから「外れる理由は全くないって自分では思ってます。(ポジション争いで)僕が負けているっていうのは全くない」と断言する。

 だからといって、ベンチスタートとなったことで自暴自棄になったりはしない。すぐに気持ちを切り替え、チームの勝利のためにできることを探していく。この日もアップをしながら、ピッチで戦う仲間に手を叩きながら激励の声を飛ばしていた。

 後半22分、FWハンネス・ヴォルフと交代でトップ下の位置に入る。前半の2ゴールでザルツブルクがリードしているが、後半に入ってからラピド・ウィーンの猛攻に苦しんでいる時間帯だった。こうした状況で交代選手に求められるのは、「(得点に絡んで)試合を決めるか、守備のところの1対1でしっかり負けない。監督もそう言っていた」と受け止めている。

 途中出場選手は、アピールしたい気持ちが強くなりすぎる時がある。その思いがチームに勢いをもたらすこともあれば、チグハグにしてしまうこともある。だからこそ試合の流れをすぐに読み取り、必要とされるプレーを整理してできるという南野の能力は、確かに評価されるべきものだろう。

「1人レッドカードが出て(後半38分にDFパトリックファルカスが2枚目の警告で退場)、少し守備の時間が長い時間帯があった。それはそれで割り切って、やれることはやり切ったんじゃないかなって思います」

 いつも思い通りに出場機会が与えられるわけでも、願った通りに試合が進むことばかりではない。でもそうではない時に、どんな立ち振る舞いをするのか、どのように受け止めるのか、それでもポジティブに自分を奮い立たせて前に進んでいけるのかが問われる。

“経験”が何かは「まだ自分には分からないですけど…」

 試合が終了して優勝が決まった瞬間、大喜びできなかったことも彼の本心だろう。でもその後、すぐに仲間と一緒にファンの元に駆け出し一緒に喜び合ったのも本心なのだ。

「(経験が何かは)まだ自分には分からないですけど、まだまだ若いですし。まだまだいろんな経験をしていかないといけないんで。今のところはそんな感じです」

 そう話しながら、南野は優しく笑った。次の試合はすぐにやって来る。日曜日のリーグ戦(5日のオーストリアウィーン戦)で勝利すれば、優勝を決められるチャンスがある。熱望している来季UEFAチャンピオンズリーグのグループステージ出場へ、その扉を自らの手で開けるために南野は前を向いて進んでいく。(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

ザルツブルクのMF南野拓実【写真:Getty Images】