人気漫画を原作にしたTVアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』。始まる前こそやや不安はあったが、フタを開けてみると原作ファンも大満足のクオリティ。BD・DVDの売れ行きも絶好調だ。

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お、今日はシュトロハイムさんが再登場ですか。あの伝説の名ゼリフ、言っちゃってくださいよ。

「我がドイツの科学力はァァァアアアア 世界一ィィィイイイイ!」

残念、やはり"ナチスの科学力"とは放送で言わせられなかったようだ。ほかにもハーケンクロイツ(逆鉤十字)が消去されたり、ナチス式敬礼が見えにくくされていたり、ナチス関連の表現がすべて原作から変更されていた。国内外のジョジョファンからも「やっぱり自主規制か」「まあナチスはな……」と同情的な声があがっている。また、ジョジョ恒例(?)の人体切断シーンも、断面には原作以上に濃い陰影が付けられていた。これも規制の影響だろう。

表現の自主規制といえば、TVアニメ版『ONE PIECE』序盤で、サンジが大恩人"赫足のゼフ"との過去を回想するエピソードもよく知られている。遭難して無人島でふたりきりになったゼフと幼いサンジ。ゼフは手持ちの食料すべてをサンジに渡して別行動をとる。救助されるまでの数十日間、ゼフは飢えを凌ぐために自分の○○を食べていた……というショッキングな原作のシーンが、アニメ版だとまったく別のシーンに改変された。

たしかに子供の視聴者へ配慮するならカットすべき残虐表現かもしれないが、この壮絶な覚悟を知っているからこそ、最後にサンジの叫んだ「くそお世話になりました!!!」が心に強く響いてくる。そこを改変したことについては、いまだファンの間でも賛否両論だ。

制作者は表現の自由を棄てているわけではない

こうした例を考えるうちに浮かんできたのが、TVアニメ制作現場では改変方針がどのように決められ、どう運用されているのか? 厳しい規制によってスタッフの士気が下がったりしないのか? ……という"自主規制"に関するもろもろの疑問。

今回はその疑問をぶつけるべく、アニメ業界で活躍するT氏(仮名)にお話を聞かせてもらった。名前を明かすことはできないが、T氏は業界歴10年以上のキャリアをもち、数々の有名作品で脚本・ノベライズなどに関わってきた。現在TV放送中の作品でも複数に脚本家としてクレジットされている。

制作者は表現の自由を棄てているわけではない

「まず大前提として――そもそもなぜTVアニメに自主規制があるのか?」と、T氏は話し始めた。ここで語られた内容は、恥ずかしながら記者が取材前に思い至らなかったことだ。

「漫画や小説・ラノベなどは"自分で選んで買わないと作品内容に接触できない"メディアです。これに対し、TVアニメは"たまたまチャンネルをつけていたら観てしまった"ということが起こりうるメディアです。ここが両者の決定的な違いです」

なるほど。たしかにTVアニメは子供向けなら土日の朝や夕方に、コアなファン層向けなら平日深夜に放送するなど、一定の棲み分けがされている。しかしその気になれば小学生でも深夜アニメを見ることは簡単だ。好ましくない表現に触れてしまうリスクは常に付きまとう。

「"映像"は、視覚と聴覚に訴える、極めて"強い"表現方法であることは間違いありません。観たいと望んでいなかった視聴者にまで届く可能性がある以上、放送局や製作者は不快な表現や過激な描写に慎重になるのは当然、というスタンスなわけです。表現の自由を棄てているわけでも、何かに屈しているわけでもないのです」

過激な表現で視聴者からクレームが入れば、スポンサー離れにもつながる。だから局側は過剰な自主規制を現場に押し付けているのではないか……記者はそんなふうに意地悪な想像をしていた。しかし大前提としてあるのはTV局のためではなく、あくまで"視聴者を守るため"。後でも語られることだが、日本のアニメ制作者はクリエイターの信念を棄ててなどいないのだ。

おもな自主規制カテゴリと、厳しさの度合い

おもな自主規制カテゴリと、厳しさの度合い

視聴者保護という大前提を踏まえて、アニメにはどんな自主規制のカテゴリがあるのかを知っておきたい。分かりやすく列挙されているWikipediaの「テレビアニメ」項目→「自主規制の内容」から引用させてもらった。

・放送問題用語(差別や人権に関わる言葉など)
・映像演出(ポケモンショックの影響)
・飲酒・喫煙の描写
・性的・暴力描写
・放送自粛・中止(アニメの内容と類似したような事件が起きた時)

これらのほか、宗教関係の自主規制もT氏は付け加える。特定の宗教や教義を指し示している、と捉えられる恐れのある表現は避けることがあるそうだ。また、広義の「パクリ」と取られかねない引用などにも留意するという。

意外な規制、というか当然かもしれないが、商品名などにも気を配るとのこと。

「具体的な商品名や作品名などを想起させるセリフや文物も配慮を求められます。スポンサーがらみでなくても配慮する場合もありますし、"モジリ"であっても避けて欲しい、と言われることもあります」

どのカテゴリが規制対象になりやすいかは、T氏の経験的には「性描写と残虐描写への配慮が比較的多いと感じます」という。そして、残虐描写ひとつ取っても放送時間帯などが違えば規制の緩さも変わってくる。

「放送される時間帯の深さによっても厳しさが変わる場合があります。比較的浅い(=早めの)時間帯の番組では"血の色を真っ赤でなく暗く落とした色味にして欲しい"などの要望が出たりもします。深い時間帯なら"観ようとして観ている"人の割合が高くなるから、過激表現も多少は大丈夫だろうという逆の判断もあるでしょう」

同じ作品が複数の局で放送される場合は、キー局・ネット局間で相談して規制内容を共有したり、独自にチェックされたりケースバイケース。「地上波とBS・CSでチェックには微妙な温度差があり、より多くの人が観るであろう地上波は厳し目であることが多いです。ウェブ配信は現状それほど厳しくはないように感じます」など、大まかな傾向の違いはあるようだ。

そもそも自主規制の方針は局ごとで明文化されているわけではなく「表現に関してチェックする担当者がおり、その人の"感覚"で規制内容が決められることもあります。したがって、制作現場で局の方針を比較したり情報共有したりということはなく、作品ごとの個別の印象しかありません」という。

自主規制の大前提は"視聴者の保護"
・そこにスポンサーの事情など複数の要素が絡む
・性描写と残虐描写への配慮が比較的多い
・明文化したルールはなく、作品ごとに個別で判断しているのが実情

まとめると、こんなところだろうか。

厳しくなる規制と、燃え上がる表現者の魂

厳しくなる規制、燃え上がる表現者の魂

さまざまな条件から決められた自主規制の方針は、局ごとのチェック担当者→プロデューサーを経て制作現場に伝わってくる。それを受け、現場ではセリフ内容やシーンの差し替え、陰影や湯気をつけてぼかす、音声にピー音を入れるといった対応を施す。

漫画やライトノベルをアニメ化する場合、時には原作の持ち味を失わせかねない自主規制も出てくると思うのだが、スタッフやキャスト(声優)から不満が漏れたりはしないのだろうか?

「原作の表現を生かしたいところにNGが出た場合、代わりの表現を考えなければなりませんので、苦労といえば苦労です。ですが、アニメスタッフは制約があってこそ真価を発揮するもので、モチベーションが下がるということはありません。場合によっては原作者も巻き込んで代案を考えることもあります。キャストは目の前の台本と映像に命を吹き込むことが使命ですので、規制によってモチベーションが左右されるということは考えにくいです」

自主規制で内容を改変する際、原作者へ事前に確認を取るものだろうか?

「"アニメの現場に一任する"というポリシーの原作者でない限り、確実に許諾は取ります。脚本、絵コンテの段階で原作・編集サイドのチェックを通します。特に昨今は"原作ファンの期待に応えねば"と現場の意識が変わってきたこともあり、表現規制であれ、作劇・映像演出上の変更であれ、原作の改変にはまず了承を取りますね」

では最後に、一番気になっている質問をぶつけてみたい。アニメ制作の最前線で働く人間として"自主規制はこれからも厳しくなっていくと思いますか?"

「緩くなることはおそらくないと思います。アニメは今後、TVのみならずネット配信などへもどんどん進出していきます。現在は配信元が自主的に放送倫理を適用していることがほとんどですが、将来的にはなんらかの枠がはめられる可能性もあります。その場合も、ルールはルールとして遵守し、その中で面白いものを作っていくことが制作スタッフの責務であると考えます。先にも言いましたが、アニメスタッフは"制約が多いほど燃える人種"ですから」

どれだけ業界内外からの規制が強まろうと、与えられた条件内で最高の映像表現を目指す――当たり前のようでいて何よりも実現困難なこの目標。それをはっきり言い切るT氏に、日本のクリエイターの意地と誇りを見せてもらった気がする。

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