ときに思わず溜め息が漏れるほど、小さくて濃やかな繊細極まりない手仕事が見られたり。またあるときには雄渾そのものの、迫力の大画面が現れたり。日本の美とは、かくも多様で魅惑的なものだったのかとひたすら圧倒されてしまう。

 日本美術の殿堂たる東京国立博物館で、古今の優品を集めた「美を紡ぐ 日本美術の名品」展が始まっている。

教科書でおなじみの唐獅子も

 東京国立博物館文化庁宮内庁三の丸尚蔵館の三者が所蔵する作品から、選りすぐりの40点超をお披露目しているのが同展。博物館の所蔵品はともかくとして、皇室ゆかりの美術がこれほど一堂に並ぶ機会はめったにない。

 今展はいわば「改元記念」の特別企画として、実現に至った。日本美術の保存・公開・修理を手がける「日本美を守り伝える『紡ぐプロジェクト』−−皇室の至宝・国宝プロジェクト−−」が、その活動の一環として、平成から令和へと移り変わる時代の節目にふさわしい展示をと企図したものなのだ。

 会場に入ると、のっけからインパクトは最大値を示す。狩野永徳による《唐獅子図屏風》(右隻)が目に飛び込んでくるのである。歴史の教科書の「安土桃山時代の文化」といった単元で見覚えのある向きも多かろう。教科書の図版はあんなに小さかったのに、実物はとにかく巨大。近寄って見ていると、2頭の獅子に食いつかれ呑み込まれてしまいそうで、身の危険すら感じる。

 同じく狩野永徳の《檜図屏風》もある。金地を従えて、檜が堂々たる枝ぶりを見せる。幹があり得ないほど太くてどこかユーモラスでもあるのだけれど、ちょっと身を引いて横に長い屏風の画面全体を見れば、笑ってしまうほどの幹の太さがちょうどいいバランスを生み出していると知れる。

時代を超えて名品がひとつの空間に

 歩を進めると、藤原定家の筆による《更級日記》、雪舟等楊の《秋冬山水図》、葛飾北斎の肉筆画《西瓜図》などが、ひとつの空間に収まっているのに出くわす。小さい本の見開きいっぱいに書かれた藤原定家の筆跡は、大きくうねりながら一本の力強い線を成して延々と続く。単なる文字の羅列のはずが、きわめて装飾的なものとして眼に映る。

 雪舟等楊の水墨画は、雄大な光景をリアルな筆致で写し取っている。が、空間のある一点には縦に鋭く唐突な線が走っており、時空に亀裂が入ってしまったかのよう。一本の線が、画面の緊張感を一気に高めているのだ。

 葛飾北斎の縦に長い絵画は、西瓜の瑞々しい実、その上に被せられた柔らかな薄布、堅固な包丁の刃、吊るされた西瓜の剥き皮の心細さと、それぞれのモノの質感をみごとに描き分けてある。驚くよりほかない筆さばきの冴えを見せてくれる。

 それぞれの作品には、研ぎ澄まされた美的感覚が十全に表れている。定家は鎌倉時代、雪舟は室町時代、北斎は江戸時代と描かれた時期は異なれど、独自の美を生み出さんとする作者の気迫は共通しており、それが画面から痛いほど伝わってくる。これらを居ながらにして見渡せるとは、何たるスペシャルな空間であることか。そこに身を置く幸せを噛み締めたくなる。

 展示は室を変えながらまだまだ続き、日常と家族の愛情を捉えた久隅守景《納涼図屏風》の優しい気配に人心地ついたり、京焼における色絵の大成者として名を残す野々村仁清《色絵牡丹図水指》の魅惑の色合いに酔いしれたり。渾身の作品群を受け止め続けていると、心が忙しくてしかたない。

 長年にわたり紡がれてきた日本の美の精髄、しかと受け止めるため会場へ足を運ばれたい。

(山内 宏泰)

《唐獅子図屏風》(右隻)狩野永徳 安土桃山時代・16世紀 宮内庁三の丸尚蔵館