ガチガチの戦争映画のフリをしつつ、ナチス人体実験ものでもある『オーヴァーロード』しかしその実、「真面目な珍品」とでも呼ぶべき怪作である。

米軍空挺部隊、ノルマンディーで恐怖の人体実験を目撃!
タイトルにもなっている「オーヴァーロード」作戦は、第二次大戦中に行われた、いわゆるノルマンディー上陸作戦からパリ解放までに至る一連の作戦を指す。このタイトル通り、本作のモチーフとなっているのはノルマンディー上陸作戦に先立って行われた空挺作戦である。この戦いでは海岸に上陸する主力部隊を支援するため、上陸予定時間である1944年6月6日午前6時30分の6時間ほど前にパラシュート部隊がノルマンディー一帯に降下した。

主人公ボイス二等兵も、そんなパラシュート部隊である101空挺師団に所属する兵士の一人である。ボイスの部隊はシエルブランという村に降下し、通信を妨害するために村の教会に建てられた電波塔を破壊することだった。しかし彼の乗った輸送機ドイツ軍の猛攻を受け、空挺隊員たちはバラバラに降下することになってしまう。

トラブルに見舞われ死にかけながらも、命からがら降下したボイス。彼は上官であるフォード伍長と狙撃兵のティベット、カメラを手放さないチェイスらといった仲間の兵士たちとともに、シエルブランを目指す。道中でシエルブランに住む女性クロエと合流した空挺隊員たちは彼女の家に隠れ、そこで村に駐留しているドイツ軍が奇妙な実験をしていること、そしてそのために村人を拉致していることを知る。

ティベットとチェイスが仲間のアメリカ兵を探すために出ていったその時、クロエの家にドイツ軍の将校であるワフナーがやってくる。クロエに手を出そうとしたのが許せず、ワフナーを拘束してしまうボイス。フォード伍長から出ていった2人を呼び戻すよう支持されたボイスだったが、ドイツ兵に見つかりかけてしまい、電波塔のある教会に逃げ込むことに。その中でボイスが目撃したのは、醜悪なドイツ軍人体実験の様子だった。

一本の映画の中で、ミリタリー、サスペンス、ホラー、オカルト、そしてアクションと、いろんな味が楽しめる幕の内弁当のような映画である。主軸となるのは「アメリカ軍空挺部隊VSナチス強化人間!」という、それはもう絶対面白いでしょという対戦カード。そのコアの部分にたどり着くまでに、いろんな味が用意されている……という感じだ。

なんせ冒頭はけっこう真面目な戦争映画っぽいのである。ドーバー海峡を渡る大船団と、その上を飛んで一足先にフランス入りする輸送機C-47。その中に乗っているのは緊張した面持ちの空挺隊員。ミリタリーマニア大喜びの絵面である。しかし必死に降下したあたりからなんだか雲行きが怪しくなる。

バラバラになってフランスの寒村にたどり着いた空挺隊員たちが村娘の家で目にするのは、変わり果てた姿になってウーウーうなっている老婆である。戦争映画のノリじゃない不穏さだ。かと思えばアメリカ兵以外はちゃんとフランス語ドイツ語で会話し、ねっちょりした感じで迫ってくるドイツ軍の将校が出てくるところは、なんだかタランティーノの『イングロリアス・バスターズ』みたいな感じもする。

そして極め付けがナチス恐怖の人体実験……! まだ映画が始まってから1時間くらいしか経ってないのに、当初の真面目な戦争映画っぽい雰囲気はどこへやら、あれよあれよという間によくわからない地点に来てしまった感じが味わえる。劇中の空挺隊員たちも「なんだこれ!」と戸惑っていたが、それはこっちのセリフである。そしてナチスドイツの悪魔の所業を見た空挺隊員たちの「これは俺たちがぶっ潰すしかねえ!」という熱い戦い。要素が詰め込まれすぎててちょっと冗長なところもあるけど、それはもうこの映画のサービス精神だと思いたい。

とはいえ、細かいところはなんだか真面目です
という感じで、気を抜いて見ているうちにとんでもないところに連れて行かれてしまう『オーヴァーロード』だが、映画の本筋がトンデモ人体実験VSアメリカ軍というものだけに、とにかく細かいところはちゃんとしようという熱意が伝わってくる映画でもある。というのも、『オーヴァーロード』は、ミリタリー関係のディテールが妙に真面目なのだ。

冒頭のボイスたちが降下するシーンでは、ちゃんと機体の真ん中にワイヤーが張られてパラシュート展開用のフックを引っ掛けることができるようになっているし、肘などに当て布をつけたM42コートパラシュートジャンパーなど、空挺隊員たちの装備もなんだかしっかりしている。さらにこの空挺降下のシーンでは輸送機が下から撃たれまくり機体の中を銃弾が暴れまわるのだが、「逃げ場がない飛行機の中で、ガンガン下から撃たれまくるとめっちゃ怖い」というのがしっかり伝わる名場面となっている。空中版『プライベート・ライアン』というか、この場面だけを見るために映画館に行ってもいいほどの出来栄えだ。

もっと言えば、ボイスたちが降下する前に叫ぶ「カラヒー!」という掛け声にも理由がある。というのも、これは101空挺師団の506落下傘歩兵連隊が訓練場として使った山の名前であり、ネイティブ・アメリカンの言葉で「一人立つ」という意味の単語だ。更に言えばこの506連隊は、同じ101空挺師団を題材にした『バンド・オブ・ブラザーズ』の主人公たちが所属していた連隊でもある。

機関銃の弾帯を左手で支えつつ撃ったり、M1ガーランドは弾が切れるとちゃんと弾を束ねていたクリップが飛び出したりと、鉄砲の扱い方もリアル。さらにドイツ軍も含めて装備もちゃんとしている……というところからは、「基本的な設定がぶっとんでるから、それ以外の部分は地に足ついた感じで行こう」というこの映画の基本姿勢が垣間見える。ナチストンデモ人体実験VSアメリカ兵のド根性という映画であるが故に、その主軸以外の部分はきっちり詰めようというスタンスだ。

というわけで『オーヴァーロード』は、コアのコンセプトを成立させるために、あえてそこ以外のディテールはしっかりやるという、存外真面目な一本である。とは言え、映画の中心となるアイデアはぶっとんでるので、「おれは悪いナチス人体実験が見たいんや!」という野次馬根性も満足させてくれることだろう。
しげる
【作品データ】
「オーヴァーロード」公式サイト
監督 ジュリアス・エイヴァリー
出演 ジョヴァン・アデポ ワイアット・ラッセル ピルー・アスペック マティルド・オリヴィエ ほか
5月10日よりロードショー

STORY
ノルマンディー上陸作戦に先立って、フランスへと降下したアメリカ軍の空挺部隊。とある村の電波塔を破壊する任務を命じられた彼らは、そこでドイツ軍の凶悪な人体実験を目にすることになる