(数多 久遠:小説家・軍事評論家)

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 科学に多少なりとも興味を持っている50代以上の方にとって、最も有名な天文学者は、恐らくカール・セーガン博士(以下、敬称略)でしょう。1980年にアメリカで初放送されたドキュメンタリー番組「コスモスCOSMOS)」は、天文という実利から遠い学問に多くの人の興味を抱かせる非常に印象的な番組でした。

 一方で、彼の名は、「核の冬」とともに記憶されている方も多いと思います。

 ウィキペディアの「核の冬」の項目を見ると、「カール・セーガンらにより提唱された現象」「核戦争により地球上に大規模環境変動が起き、人為的に氷河期が発生する、というもの」と記述されています(2019年5月6日時点)。核戦争が引き起こす悲惨な“現象”として、「核の冬」を広め、それを普遍的事実として認識させるに至ったカール・セーガンの功績は偉大なものだと認識されています。

 ところが、英語版ウィキペディアの「カール・セーガン」の項(アメリカ人であるセーガンにとって当然こちらがメインページ)を見ると、「伝記作家は、科学的見地から言うと、『核の冬』は彼(カール・セーガン)の失点だったとコメントするでしょう」と書かれています(2019年5月6日時点)。

 これは、実に奇妙なことではないでしょうか? 「核の冬」を広めた彼の行為が、日本では賞賛され、英語圏では非難されているのです。一体なぜでしょうか?

 このことには、こと安全保障に関して顕著と言える、いわゆる日本のマスコミによる偏向報道が関係していると思われます。

 とはいえ、元自衛官であり保守派を自認する私が述べたところで信用しない人も多いでしょう。そこで、一般の認識がどうなっているのかについての指標とも言えるウィキペディアの日本語版と英語版を比べることで、この問題を考えてみたいと思います(以下、ウィキペディアの記述は2019年5月6日時点のもの)。

日本語版、英語版で大きく異なるウィキペディアの記述

 比較してみるのは、当然「核の冬」です。日本語版ウィキペディアの「核の冬」ページを見ると、これだけ普遍的に認識されているものとしては、驚くほど記述が簡素です。しかも、核関連ではあるものの、「核の冬」とは関係のない放射性物質の飛散などについても書かれており、実質的な「核の冬」についての記述は概論程度に留まっています。

 一方で、英語版ウィキペディアの「Nuclear winter」ページは、一見してウンザリするほどの量です。しかも、相当に英語力が高くても、専門用語が使われていることを含め、気象や軍事の知識がないと、完全に理解するのは困難でしょう。

 まず、日本語版ウィキペディア冒頭にある「核の冬(かくのふゆ、英: Nuclear winter)は、カール・セーガンらにより提唱された現象で、核戦争により地球上に大規模環境変動が起き、人為的に氷河期が発生する、というもの」という表記の単純な間違いを指摘しておきましょう。

「核の冬」(Nuclear winter)という表現は、セーガンではなく、リチャード・ターコ(Richard P. Turco)によって作られたものです(日本語版はセーガンの知名度、または権威を利用するための記述となっているのでしょう)。

 しかも、「Nuclear winter」Historyの項目を見れば、核戦争によって地球規模の低温下という気候変動が起る可能性がある、という「核の冬」が提起している懸念は、セーガンや他の人々がまとめた有名なレポートが1983年に発表されるよりも遥かに早く、1947年発表のSF小説や1952年の米軍による研究などで言及されていることが分かります

 こうした“Nuclear winter”研究の初期には、“Twilight World”とか“Fimbulwinter”(フィンブルの冬:北欧神話における世界の終わりである「ラグナロク」が差し迫った時に起る破壊的な冬)などと表現されていました。

 しかし、「核の冬」が広く知られ、活発な研究が行われるようになったのは、確かにセーガンやターコら「TTAPS(ティータップス)」チームによる研究が起点です(5人の研究者の頭文字を取ってTTAPSと呼ばれます)。

湾岸戦争で発生するはずだった「小さな核の冬」

 さて、ここから本題に入ります。

 英語版ウィキペディア「Nuclear winter」によれば、セーガンらTTAPSチームが提唱した仮説である“Nuclear winter”に対して、シミュレーションの精度が低いなどとした反論は、TTAPSチームの発表が行われた直後からありました。しかし、この仮説の妥当性が疑われた一番の契機は、「小さな核の冬」が発生するはずだとされた実際の事象が起こったにもかかわらず、それが発生しなかったためです。

 その事象とは、湾岸戦争の際に、イラク軍がクウェートの油田に火を放ったことによる大規模な油田火災です。

 セーガンらTTAPSチームによる「核の冬」仮説は、核兵器によって発生する都市や森林の大規模火災が大量の煤煙を巻き上げ、これが太陽光を遮断することによって地球規模の気温低下が起こる、というものです。

 このため、TTAPSチームの研究では、100カ所の石油精製所火災が発生すれば、小規模ではあるものの“核の冬”と同じ結果(つまり、局所的ではなく全地球的な気温低下)を生じるだろうとしていました。

 湾岸戦争における油田火災は、300~500カ所にも及び、しかも地雷などによって消火活動が困難であったこともあり、数カ月も燃え続けました。TTAPSチームの研究が予言した、100カ所の石油精製所火災よりも遥かに甚大な被害を及ぼすはずの火災が現実に発生したのです。このため、セーガンらは、イラク軍が油田に火を放つ前から警告を発し、イラク軍への攻撃に否定的な論を張りました。

 しかし、実際に大規模な火災が発生しても、湾岸地域では若干の気温低下があったものの、それ以外の場所にまで気温変動が起こることはありませんでした。仮説に対する検証となる事象が発生したにもかかわらず、仮説が予言した現象は発生しなかったのです。

 英語版ウィキペディア「Nuclear winter」によると、仮説の通りにならなかった理由は、原爆の後に“黒い雨”が降ったように、煤煙が雨滴の核となって地上に落下することに加え、オゾンによって酸化され、黒い煤煙が無色透明の二酸化炭素になってしまうからだという推論が書かれていますが、詳細は研究されていないようです。

 後年、セーガンは自著の中で、自らの誤りを認めています。

核爆発では気温低下は起こらない

 この湾岸戦争による検証の結果、欧米では「核の冬」は妥当性を失った“仮説”として認識されるようになり、関連する研究は一部の研究者によって続けられてはいるものの、下火になりました。

 ところが、この湾岸戦争における「核の冬」仮説論争は、日本のメディアではほとんど報道されなかったと記憶しています。結果的に、日本では現在も「核の冬」は妥当性のある“理論”だと信じられています。そして、日本語版ウィキペディアの記述にも、それが表れているというわけです。

 恐らく、現在の日本では、核抑止を肯定し、核兵器の有用性を認める保守派の方でさえ「核の冬」は間違いがない理論だろうと考える人が多いでしょう。

 大規模な火山の噴火が気温の低下を起こしたり(火山の冬:Volcanic winter)、恐竜絶滅の原因となった可能性もあると言われる巨大隕石の衝突による気温の低下(衝突の冬:Impact Winter)が実際にあるのだから、「核の冬」も起こるだろうと反論する人もいるのではないでしょうか。

 確かに、核攻撃が行われれば、火災による煤煙だけでなく、微細な土砂も粉塵として巻き上げられます。しかし、核兵器がいかに強力であるとはいえ、人類の力は自然の前では微力なものに過ぎません。核兵器によって巻き上げられる土砂の粉塵は、火山が吹き上げる粉塵と比べると、微量にすぎないと分かっています。これは、計算だけでなく、かつて行われていた地上における核実験を観測した結果として確認されています。

 なにより、1980年頃までは、多くの国が、合計すると数百回にも及ぶ地上核爆発実験を行っていますが、この実験が巻き上げた土砂粉塵による「核の冬」は起きていません。

 そもそも初期の「核の冬」研究を通して、核爆発による土砂粉塵の程度では気温低下が起こらないという結論が出ていました。その前提があったため、セーガンらは、火災による粉塵であれば成層圏まで上昇し「核の冬」を起こすかもしれないという発想から、いわゆる「核の冬」仮説を唱えたのです(このあたりの経緯も、英語版ウィキペディアの「Nuclear winter」のHistoryの項には書いてあります)。

 また、恐竜絶滅の原因となった可能性が指摘されるメキシコユカタン半島に落下した隕石は、冷戦時最盛期に米ソが持っていた全核兵器全ての合計の1万倍以上のエネルギーを持っていたといわれます。恐竜を絶滅させるほどの地球規模気温低下を起こすには、そのくらいのエネルギーが必要だということです。

 もちろん、核戦争が生起すれば、爆発による被害だけでなく、放射能汚染によっても甚大な被害が発生します。核戦争を避けなければならないことは自明ですが、「核の冬」仮説が既に妥当性を失っていることは認識されてしかるべきです。

 セーガンらが「核の冬」仮説と唱えた当時、この仮説は十分な妥当性があると考えられていました。そのため、この仮説を日本で広めた1984年放送のNHK特集「核戦争後の地球」には十分な報道の意義があったでしょう。しかし、湾岸戦争後にこの仮説が妥当性を失った後も、日本では核抑止に否定的なマスコミが認識を正すことはありませんでした。社会の公器を標榜するのであれば、「核の冬」は発生しなかったという事実を取り上げて報道すべきだったはずです。認識は訂正されないまま、湾岸戦争から28年も経過してしまいました。

カール・セーガンとソ連の関係

 なお、冒頭で、セーガンが「核の冬」に関して非難されていると書きましたが、それはこの仮説が単に科学的に間違っていたからだけではありません。

 英語版「Nuclear winter」や「Carl Sagan」には、ソ連の指導部が、アメリカとの核兵器交渉を有利に進めるため、「核の冬」を利用したことが書かれています。セーガンは、ソ連の研究者と接触もしていました。ソ連に利用されたことは間違いないのです。

 最後に、余談を2つほど。

 ネットミームガンダム由来の「核の冬が来るぞ!」というのがありますが、あれは小惑星を地球に落とすことで発生するので、本当は核の冬ではなく「衝突の冬」(Impact Winter)です。

 もう1つ、欧米では「核の冬」仮説が妥当性を失ったため、創作物における終末サバイバルものとしては、こちらも「衝突の冬」が使われているようです(「Impact Winter」という名称のゲームなど)。

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