OrangeMoon / PIXTA(ピクスタ)

 2015年の国際交流基金の調査によると、語学教育機関で日本語を学んでいる人の数は、全世界に約365万人いるとされる(参照:国際交流基金)。

 独学ではなく、わざわざ授業料を払って勉強している彼らは、強い意志や目標を持っている人がほとんどだ。

◆真面目な日本語学校までとばっちり
 外国人労働者問題や留学生の蒸発、学生ビザの悪用などの報道が相次いだ昨今。

 これにより、悪徳ブローカーや当時ニュースになった学校だけでなく、優良な日本語学校にも、少なからず「不法労働・不法滞在の温床」、「留学詐欺」といったネガティブイメージを持たれてしまうようになった。

 が、国内の老舗日本語学校のほとんどでは、本気で日本語を学ぼうとする外国人学生と、彼らの語学力や日本文化への理解を深めようとする日本語教師たちが、日々異文化に真剣に向き合っている。

 筆者もかつて、その現場に教師として立っていたうちの1人だった。

 日本で生まれ育った日本人たちにとっては、縁遠い存在である日本語学校

 今回から断続的ではあるが、日本語教育の現場で起きている「知られざる事実」や、日本語教師の奮闘、外国人の特徴、日本語の難しさ等を、シリーズとしてお伝えしていきたい。

 初回である今回は、「日本語レベルがゼロの外国人学生がつまずく日本語」について紹介しよう。

外国人学生がつまずく日本語とは?
 当然のことだが、日本で生まれ育った日本語ネイティブスピーカーは、小さいころからずっと日本語を聞いてきているため、文法や文字ではなく、まずは「音」から日本語を習得する。

 日本語教師という目線で、筆者の3歳になる姪の話す「今これやってるの」、「ダメなんだよ」などの言葉を聞くと、「ネイティブ」と「学習者」の違いを心底感じる。

 一般の日本人には気付きにくいのだが、外国人が「やってる」「ダメなんだ」という表現を学校で学び、習得するまでには、多くの学習時間と文法理解が必要になるのだ。

 このように、日本人が普段全く意識せずに使っている日本語の中には、外国人にとっては挫折してしまいそうになるほど難しいとされるものが多く存在する。

 中でも、日本語ゼロレベルから初級あたりの学生が、割合早い段階で挫折するのが、「文字」と「数字」だ。

1.ひらがなカタカナの存在

 タイ語の分からない日本人が、あのペンギンの行列のようなカタチの文字を見ても、それが文字として成立していることに、不思議しか感じないだろう。

ひらがな」や「カタカナ」は、日本語学習者にそれと同じ現象を起こすのだ。

 ひらがなカタカナの書き方は、日本語レベルがゼロの学生が最初のセメスターで学ぶ。

 これはまた後日改めて紹介するが、基本的に留学生を受け入れているほとんどの語学学校では、日本語日本語を教える「直接教授法」が採用されており、教室内では外国語日本語を教えることが禁じられている。

 が、ひらがなカタカナを学ぶ学生には、無論、ほとんど日本語が伝わらない。そのため、初めての授業でホワイトボードに大きく「あ」を書き、その文字を指しながら「『あ』です」と紹介してしまうと、もれなくその「あ」の読み方は「adesu」になる。

 そんな状況下で学び始めるひらがなカタカナのなかでも、最初に彼らが首を傾げるのは、ひらがなの「め」と「ぬ」、「わ」と「れ」、カタカナの「シ」と「ツ」、「ソ」と「ン」の違いだ。

 特にこのカタカナの各違いに対しては、「『シ』や『ン』は下から上に書きます」とオーバーリアクションで何度もホワイトボードに書いて見せる教師に対し、「書いている最中は分かるが、書き終わった後の文字は区別がつかないじゃないか」と、授業後に英語でまくしたててくる学生が必ず1人や2人は現れる。

 こうして納得できないことが増えてくると、やがて次のようなことを言い出す学生も現れる。

「そもそもどうして『ひらがな』以外に、同じ音の『カタカナ』があるんだ」

 世界に存在する言語のほとんどには、文字が1種類しかないのに対し、日本語には「ひらがな」「カタカナ」「漢字」と3種類もあるため、彼らがそう思うのも無理はない。

 が、これらに嫌気が差し、「私は耳で覚えるから読み書きはできなくていい」と、文字学習を放棄しようとする学生は、その後間違いなく他項目の習得スピードも他の学生に遅れをとるようになる。

◆漢字好き外国人学生からの予想外の質問
2.漢字

 文字学習の中でも、漢字圏以外の学生にとってハードルが高いと思われるのが、漢字であるのだが、意外なことに、欧米系の学生を含め、かなりの割合の学生は、漢字のカタチを覚えること自体においては、ひらがな・カタカタの時よりもそれほど大きなストレスを感じていない。

 漢字1つひとつに、「意味」や「元になったカタチ」があるため、比較的覚えやすいのかもしれない。

 漢字学習者のもう1つの大きな特徴に、「漢字大嫌い派」と「大好き派」に分かれるというのがある。

 後者の学生は、漢字へののめり込み方がハンパなく、日本語教師泣かせとしかいいようのない「薔薇」「葡萄」「憂鬱」などを「書いて見せてくれ」などと願い出てくる。

 ちなみにそのほとんどが、欧米系の学生たちだ。

 また、漢字大好き派は、漫画好きであることも多く、中には、彼らの先生じゃなければ「そんなん知らん」で済ませたくなるような「先生、『本気』はどうして『マジ』と読みますか」、「『強敵』はどうして『とも』と読みますか」、と質問してくる学生もいるため、こうした疑問に対応すべく、日本語教師は、実に様々なタイプの引出しを頭に用意しておかねばならないのだ。

 一方、前者の「漢字大嫌い派」がそう思う理由には、「送り仮名」と「音読み・訓読み」、そして「例外読み」の存在がある。

 彼らには、「古い」の送り仮名は「い」なのに、「新しい」は「しい」になる理由や、雨(あめ)に傘(かさ)が付くと「あまがさ」になる意味を深堀しようとする癖があり、これに教師が「それはルールですから」「例外ですから」で済ませると、彼らの漢字嫌いは、100%拍車がかかるのだ。

◆数字は「単位」の多さが障壁
◆3.数字
 初級レベルの学生を悩ます日本語には、もう1つ「数字」がある。

 日本には、数字のカウント方法が2つある。いわゆる、「ひとつふたつみっつ」と「いちにさん」だ。

 これをただ覚えるのは、彼らにとっても簡単なのだが、実際に「単位」とくっ付けて使い方を説明すると、教室が一時パニックになるのだ(その前に彼らはすでに「単位の多さ」で一度パニックになっている)。

 例えば、本数を数える時の「いっぽん、にほん、さんぼん」、人を数える時の「ひとり、ふたり、さんにん」。

 日本語教育の現場で最も使われている某教科書では、最も素直な「いちまい、にまい、さんまい」を最初に紹介して彼らを安心させるのだが、その後、このような例が次々に彼らを襲うのだ。

 中でも悪評判なのが、「日付」のカウントである。

「ついたち」「ふつか」「みっか」と数え、ようやくたどり着いた「とおか」で、「あとは“にち”を付ければいい」とすると、間もなく「じゅうよっか」で眉間にしわが寄り、「じゅうしちにち」で首が傾き、「じゅうくにち」で頭を抱えると、「はつか」で悶絶に至るのだ。

 世界で最も難しい言語の1つと言われる日本語。彼らの習得努力を考えると、自分がこうして流暢に日本語を話せていることに不思議な感覚と、感謝の念を抱いてしまうのだ。

シリーズ連載:「外国人にとっての日本語

橋本愛喜】
フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。

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