『相棒』シリーズでおなじみの国民的俳優・水谷豊による長編映画監督作『轢き逃げ 最高の最悪な日』。

父親ゆずりの目力も魅力の中山麻聖

結婚式を目前に控えたエリート会社員・宗方秀一は、運転中に若い女性を轢き殺してしまい、思わず現場から逃げてしまう。同乗していた親友、秀一の恋人、被害者の両親、事件を捜査する刑事までを巻き込み、極限のサスペンスと人間ドラマが展開する。

轢き逃げ事件を起こしてしまう主人公の宗方秀一を演じるのが、450人の大規模オーディションから選ばれた中山麻聖だ。

秀一の複雑な心情を演じる上で、中山が水谷監督と作り上げていった主人公像、共演者への思いなどをたっぷりと語ってもらった。

ーーオーディションからの選抜ですが、手応えは感じていましたか?

いえ、まったく(笑)。というより僕の場合はいつもそうなんですが、「バッチリだぜ!」的な感覚って、これまで一度も感じたことがないんです。だから今回も普通というか、いつも通りというか。ただ普段のオーディションと違ったのは、最後に「カメラに向かって手を振って下さい」と言われ、訳も分からずに手を振ったことくらいです(笑)。

ーーそのビデオを水谷監督が見るとは知らずに。

そうです。オーディション時は水谷監督作品だということを知らなかったんです。秀一を演じることが決まり、改めて台本を渡された際に初めてそうだと知り、そんなにすごい作品だったのかと衝撃を受けました。

ーー中山さん演じる秀一は、幸せの絶頂から事件によって一変する役どころですが、役作りはどのように?

全体で本読みをする前に、水谷監督が僕と(石田)法嗣君と三人だけの時間を作ってくださり、出演シーンはそこで全て読み合わせをさせてもらいました。そのうえで、水谷監督からは「自分の価値観に固執せず、できるだけフラットな状態でいて欲しい」という話をいただいたんです。なので、秀一というキャラクターをガッチリと固めることはせず、現場で何を求められても対応できるための「器」を用意することを意識して撮影に臨みました。

ーー水谷監督は、現場で監督自身が演じながら演出を付けていくんですよね。

そうです。監督が実演してくださったお芝居を自分の中で何度も反復して、秀一として自分の中に落としていく感じで。最終的にそれが監督の実演とは多少違うものになったとしても、秀一として自然に出たお芝居でOKという現場でした。僕自身も、もはや自分が中山麻聖なのか秀一なのか、その境目が分からなくなる体験をして、気が付けば「芝居をしよう」という感覚が消えていました。そんな心境になれるような現場の雰囲気を、監督をはじめスタッフ皆さんで作っていただけたことに感謝しています。

ーー石田法嗣さん演じる親友・輝との掛け合いも見どころですが、お二人は本作が初共演ですね。

はい。しかも撮影初日が、輝と二人で遊園地で思いっきりはしゃぐシーンだったんですよ。

ーー事件からの現実逃避の意味合いもあり、あの一連のシーンは異様なまでのハイテンションでしたよね。

そう感じる方が多いみたいですね。僕自身は学生時代に男2人だけでワイワイと遊びに行った経験もあるのでまったく違和感はなかったんですが、あのシーンを観た周囲の方からは「友情以上の何かを感じる」と言われました(笑)。「そういう見方もあるのか」と、ちょっと意外でしたね。

ーーとくに、輝は秀一に対して並々ならぬ執着があるなとは感じました。

そういう意味では輝の本質がよく表れているシーンかもしれませんね。でも秀一も輝には少なからず固執していて、結局お互いがお互いに依存していたんでしょうね。あのシーンが最初の撮影だったおかげで、(石田)法嗣君との距離は初日に一気に縮まりました。その夜は一緒にご飯に行って、何でもないことをあれこれと話したりして。いま振り返ると、秀一を演じる僕自身が、心のどこかで輝を求めていたんだなとも思います。

ーー婚約者の早苗を演じる小林涼子さんとの共演はいかがでしたか?

涼子ちゃんはすごくチャーミングな女性で、現場での居住まいが早苗さんそのままでした。一度、撮影場所に向かう車内で突然オペラを歌い出したことがあって、「急にどうした?」って驚いたことがあったんですが、じつは水谷監督からオペラを歌う演出を急遽提案されたらしく、その練習をしていたんですね。車内でオペラを堂々と歌える涼子ちゃんは、まさに早苗さんのようだなと思いましたし、秀一との空気感を見事に作り上げてくれたと思います。

ーー石田さんや小林さんとの共演シーンが多い一方で、水谷豊さん演じる時山との絡みはないんですよね。

そうなんですよね。そこは今回唯一の心残りというか、やっぱり思いっきりぶつかってみたかったという気持ちはありますね。なるべく早いうちに、改めて共演させていただきたいというのが今の直近の目標ですね。

■ さまざまな視点から見ることで作品の魅力が増大

ーー完成したフィルムをご覧になり、改めて作品からどんなことを感じましたか?

秀一と輝という加害者側の二人を主軸としながらも、被害者の遺族や刑事たちまで描かれた群像劇でもあるので、誰に感情移入をするかで印象がすごく変わる作品だと思います。最初は先入観なく見ていただき、次はまた違う誰か、例えば逆の立場からの視点でご覧いただくと、この作品の魅力が最大限に伝わるのかなと思います。僕もすでに10回ほど観ていますが、まだまだ新しい発見がありますから。

ーー「轢き逃げ」は非現実のようでいて、じつは誰にでも可能性のある出来事ですからね。

本当にそうですよね。僕もプライベートで車を運転をしますけど、撮影が終わった後は、怖くてしばらくはハンドルが握れませんでした。それにもう一つ、事件を通じてそれまで隠れていた人間関係の裏側が明らかになっていくのも印象的で、自分の人間関係を見つめ直す良いきっかけにもなりました。色々なテーマが詰まった作品ですね。

ーーちなみにお父様(三田村邦彦)も劇場に観に行かれるようですね。

そうなんですよ。撮影後、父が別の現場でたまたま水谷監督に会って挨拶をしてくれたみたいなんですけど、監督から「(演技が)グーだったから、ぜひ観てね!」と言われたと(笑)。

ーーでは、感想を聞くのが楽しみですね。

そうですね。それに父には娘もいますから、事件を起こした息子の父親だけではなく、娘を失った父親にも共感できると思うんです。父がどちらの視点で作品を観たのか、それも聞いてみたいです。

ーー普段からお父様とはお芝居の話などはされますか?

こちらから聞かない限りは一切しないです。聞くところによると、父は藤田まことさんから「役者が自分から芝居を語るのはありえない」と教わったことがあり、今でもそれを守っているらしいです。でも今回はお酒でも飲みながら、僕の芝居がどうだったかも含めて、いろいろと聞いてみたいなと思っています。(ザテレビジョン・取材・文=岡本大介)

轢き逃げ犯という難役に挑戦した中山麻聖