ウソは、隠すことにおいて、逆に真実を語り出してしまう。これは、解釈学の基本テーゼだ。この意味で、カール・レーフラーの「神学」問題は、なかなか興味深い。


先週5月10日、東洋英和女学院院長、深井智朗(ともあき)が研究不正を理由に懲戒解雇された。著書『ヴァイマールの聖なる政治的精神:ドイツナショナリズムとプロテスタンティズム』(岩波書店2012)で採り上げているカール・レーフラーが捏造である、とされたことなどによる。

カール・レーフラー。いかにもドイツ人っぽい名前だ。深井によれば、レーフラーは「今日の神学にとってのニーチェ」という論文を1924年に書いた、と言う。レーフラーは、使徒信条を拒否して、牧師の地位を剥奪され、1929年に自由キリスト者同盟という雑誌グループを立ち上げた神聖フロント世代の一人であり、その後も、その立場に留まって、同派から転向した者たちを批判し続けた、そうだ。

深井によれば、1924年のレーフラー論文は、弁証法神学(新正統主義)を提唱して注目を浴びていたカールバルトの『ローマ書』(第二版、1922)を批判している。深井が記すレーフラーによれば、バルトは、ニーチェの超越論的な神の概念に基づき、人間の価値評価を母体とするリッチュル神学を批判したが、バルトもまた信仰の決断を土台とする以上、ニーチェの批判を免れえない、とされる。ここから、深井は、ヴァイマール時代、神聖フロント世代神学者たちは、ニーチェ思想こそ、真のキリスト教である、と考えていた、と主張する。

もとより半ばウソっぱちなのだから、なんのことやら、わからないのも当然。まず「ヴァイマール時代」というのは、第一次世界大戦に敗北した後のドイツヴァイマール憲法の時代で、1919年からヒットラーが総統になる33年までを指す。この時代、リッチュルやバルトの神学がはやったのも事実。ヴァイマール時代の「フロント世代」という術語は、敗戦後の最前線を自認する世代として、ベッセルなどにも見られるが、「神聖フロント世代」なる術語は、深井による(「1913年のルドルフ・ブルトマン」(2013))。しかし、20年代にニーチェがはやった、というのは、どうなのだろう。

23年から33年にミュンヘンで発行された雑誌『時代の合間』は、敗戦による権威崩壊後の自由主義や人間主義の宗教風潮に対し、あらためて「神の自己啓示」という超越論による神学再興、つまり、新正統主義を試みた。この雑誌の編集者が21年にゲッティンゲン大学のに潜り込んだカールバルト1886~1968)にほかならない。しかし、このサークルは、バルトの空回りで内部崩壊。代わって、次世代の、より行動的なボンヘッファー(1906~45絞首刑)が反ナチで活躍し始める。

深井は、このバルトとボンヘッファーの間を繋ぐために、存在しないレーフラーを捏造した。しかし、このバルトマンに対するレーフラーの批判には、あえて隠された別のモデルがいるのではないか。ハイデッガー(1889~1976)とブルトマン(1884~1976)だ。ハイデガーというと、フランスのマルセル(1889~1973)に対抗する無神論の実存主義者のように思われがちだが、教会管理人の息子で、バリバリの保守カトリックの神学生だった。それが、フライブルク神学教授になり損ねたのきっかけに、かんたんにルター派に宗旨替え。現象学者フッサールの助手を務めながら、ニーチェに心酔しつつ、ひそかに中世神秘主義を研究。また、ブルトマンは、ルター派牧師の息子で、チュービンゲン他で学び、21年にマールブルク大学の教授になって、バルトの新正統主義運動に参加。

ハイデッガーは、22年、バルトと同じゲッティンゲン大学に職を得、翌23年、マールブルク大学に移り、ここでブルトマンと神学を議論。24年、優秀なユダヤ女学生ハンナ・アーレントマールブルク大学に入る。ブルトマンは、彼女を弟子とし、迫り来る時代のユダヤ人差別から守ろうとする。ところが、ハイデッガーは、差別を逆にうまく利用して、彼女を愛人奴隷にしてしまう。26年、ブルトマンは『イエス』で、イエス本人の言葉との対話を試みる。一方、ハイデッガーは、27年に『存在と時間』の前半を公表して、翌28年には、ユダヤ人の師フッサールを追い出し、フライブルク大学の教授となり、その後は、ニーチェを担いでナチスの提灯持ち。これに対し、ブルトマンは、ボンヘッファーらとともに反ナチスの闘士として戦う。

しかし、ヴァイマール時代の神学の歴史的問題で、なぜ当時のキーマンであったはずのハイデッガーとブルトマンの決裂を隠さなければならなかったのか。両者の関係をアカデミックに論証し始めると、時代を概観する本の一章になど、とうてい収まらなかったからだろう。くわえて、じつは、ハイデッガーやブルトマンは、当時から日本の宗教人、大学人とも繋がりがとても深いのだ。そして、いまの日本のプロテスタント教会は、戦後の混乱期からずっといまだに内部の激烈な宗門争いを引きずっている。それも、世界的にジリ貧の狭い仲間内で。深井がドイツ敗戦後のヴァイマール時代のプロテスタント神学に関心を持ったのも、おそらく、それが現在の現実の相似形だから。これ以上は、恐くて言えない。


※ 私も駒場で荒井献先生に習って、実践的な解釈学を知った。だが、どうせ論証を端折るなら、最初からウソ(小説)の体裁で真実を語った方が安全。神学のことならヨタな拙著『悪魔は涙を流さない』もよろしく。

カール・レーフラーの神学とその時代