中国人は残業しない──それはもはや過去の話となった。どの業界も、残業、長時間労働は当たり前。今、中国人はどのような労働環境に置かれているのか? 中国・上海の投資コンサルティング会社に勤務する山田珠世氏がレポートする。(JBpress)

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IT企業で広がる「996」

 中国で今、長時間労働を指す「996」の是非をめぐる論争が大きな盛り上がりを見せている。

「996」とは、午前9時から午後9時まで、週6日間働くことを意味する言葉で、正式には「996工作制」(996勤務制度)。略して「996」と呼ばれている。

 筆者が住む上海で中国人の友人らと話をしていても、「昔の職場は996だった」「友人が今996で働いていて・・・」など、「996」はちょっとした“ブラック労働”の代名詞として話題に上るようになった。

「996」という言葉は、2016年10月、クラシファイド広告(いわゆる3行広告)大手の「58同城」が「996勤務制度」を実施していることがメディアに報道されたことで、世間に知られるようになったとされる。

 58同城が実施していた996では、残業代は支給されず、休暇を取ることも許されなかったという(これに対し58同城は「業務量の多い9~10月に実施したもので、常に強制しているわけではない」と反論している)。

 996をめぐる論争が激しくなったのは、IT企業に勤めるプログラマーが今年(2019年)3月下旬、同制度を批判するウェブサイト「996.icu」を立ち上げたことがきっかけだ。996.icuとは「996勤務制度で働くと、いずれ病気になりICU(集中治療室)行きだ」という意味なのだとか。同サイトには、同様に過酷な残業に苦しむIT企業の社員などから情報が寄せられ、この勤務体制を実施している企業が少なくない事実が明るみになった。

 サイトの立ち上げから1週間で、「996が常態化している企業」として、中国電子商取引(EC)大手の阿里巴巴集団(アリババグループ)や京東集団、中国通信機器大手の華為技術ファーウェイ)など有名企業を含む40社が名指しで書き込まれた。これがメディアでも取り上げられ、注目を浴びることになった。

 ちなみに同サイトには5月初旬までに、24万人超の「いいね」がついている。

アリババ会長が996を支持?

 これに対し、アリババの馬雲(ジャック・マー)会長が4月11日、社内のイベントに出席した際、996勤務制度を支持する発言をし、一気に論争に火がついた。馬会長の発言は次のようなものだった。

「個人的には、996で働くことができるのは、幸せなことだと考えている。多くの企業、多くの人が996で働きたいと思っていてもそのチャンスがないのだ。若い時に996で働かなければ、いつ996で働くことができるのか?」

 さらに自身について、「本日に至るまで、私は1日に12時間、1年に12カ月働いている」とし、自社の社員に対しては「我が社に入社するならば、1日12時間働く覚悟でいてほしい。そうでなければ、なぜ我が社に来るのだ? 我々は、1日8時間だけ気持ちよく仕事をするような者は必要ない」と言い切った。

 この馬会長の発言に、「アリババブラック企業」「自分の会社だからそういうことが言える」など批判が集中。馬会長は中国版ツイッター「微薄(ウェイボ)」で、「996を強制する企業で働きたい人などいない。996は非人道的で、不健康で、長続きしない」「996を擁護するつもりはない。ただ奮闘する者に敬意を表する」などと述べ、前回の発言を擁護するかのような“弁解”を重ねる結果となった。

強制はしていないものの・・・

 馬会長の発言に続き、京東集団の劉強東CEOや中国スマホ大手「OPPOオッポ)」の瀋義人副総裁もそれぞれ996に対する見解を発表した。劉CEOは「996を強制はしない。ただ、京東の社員は全力で奮闘する気持ちを持っていなければならない」、瀋CEOは「企業が996を強制するのは間違っていると思う。ただ、勤勉で努力をすることは優秀な者の共通点だ」などと述べ、IT企業トップの社員に対する要求が垣間見える形となった。

 それまでも、インターネット関連企業最大手の3社「BAT」(百度、アリババテンセント)をはじめとする中国のIT企業の社員が、ハードな勤務体制で仕事をしていることは有名な話だった。ただ今回の騒動を受け、華為(ファーウェイ)の社員が「996に耐えられずアリババに転職したところ、比較にならないほどハードな仕事を要求され、転職を後悔している」という話や、新興ECサイトの「拼多多(ピンドゥオドゥオ)」に入社して1カ月の社員による「昨日、午前1時過ぎに仕事が終わった時、社内にはまだ3割の人が残っていた。しかも日曜日だった」といった話など、過酷な仕事ぶりがメディアで報道され、広く知られるところになった。

 強制はしていないものの、中国のIT業界は“モーレツ”に働かなければ生き残れない環境が出来上がっているのだ。

日本のブラック企業よりまし?

 日本には、「996」で働いている人がきっと普通にたくさんいるはずだ。残業代がほとんど支払われなくても、だ。996はつまるところ1日12時間労働。「日本のブラック企業に比べれば、まだましだ」という意見もあるだろう。

 しかし、「中国人は残業しない」が過去の話になったことは間違いない。

 とくにIT業界の過酷さは日本に引けをとらない。ここ数年の中国IT業界の急速な発展は、従業員の長時間労働に支えられていたといっても過言ではない(従業員が高額な給与をと引き換えに、ハードな仕事をする選択をした結果でもある)。

 最近では、「会社が残業を強要することで、会社に忠実で勤勉な社員だけが残るよう淘汰している」といった指摘も聞かれる。社員をリストラすると多額の経済補償金を支払う必要があるが、自主退職ならばその必要がなくなるからだ。

 中国企業の“ブラック化”はますます進展しているようである。IT業界以外でも、製造業、サービス業、デリバリー業などさまざまな業界で、長時間労働が蔓延している。996.icuの「このままでは、集中治療室行きだよ」という悲痛な叫びが中国の働き方改革につながっていくことを願いたい。

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