(篠原 信:農業研究者)

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 女性は「逆算思考」が得意な人が多い。将来こうなりたいから、その前にこうなってなきゃいけない。そうなると来年にはこうなっておいて、そのためには今日からこれだけの時間を勉強して・・・と。

 たぶんこの能力は、育児経験によってさらに磨かれる。3時間ごとの授乳で極度の睡眠不足に陥り、フラフラになりながら家事を切り盛りした経験で。「この子が寝たら哺乳瓶を洗って、洗濯物たたんで、晩御飯の下ごしらえをして・・・」。授乳しながら、短い時間で効率よく家事を回すことをマスターする。

 この逆算思考があまりに有効なものだから、子どもにも逆算思考で勉強する意欲をかき立てようとする母親は多い。しかし私の指導経験では、「総領の甚六」(きょうだいの中で一番上が男の子)の場合、逆算思考の話は、どこか遠くのおとぎ話にしか聞こえない。

 私自身も総領の甚六で、母親から「このままじゃあんた、行ける高校ないよ!」と言われたが、「いいよ、働くから」と答えた。勉強した方が給料もらえて裕福な生活ができると聞かされても、「いま楽しい方がいい。勉強嫌いだし。嫌いなことひとつでも減らした方が得」と、馬耳東風。逆算思考は私にちっとも響かなかった。

 なぜ逆算思考が響かないのか。大人は、海千山千の怪物にしか思えないから。自分と同じ人間だとはちょっと信じられない。総領の甚六にとって、生まれたときから大人は大人。見上げるような巨人。そのため、大人にもかつて子ども時代があったと聞かされても、ピンと来ない。「昔から大人だった」ようにしか思えない「怪物」から話を聞かされても、もはや異世界の話。

 後続の弟妹だと話が違ってくる。兄貴がどれだけ勉強して(勉強しなくて)高校を決めたか、そばで見ている。兄貴の友人がどこの高校に通ったかも知っている。だから、一日どれだけ勉強すれば兄貴を超えられるのか、見当がつく。「兄貴よりは上」という目標を立てやすい。兄貴がどうなりそうかを基準にして、自分の将来の仕事とかも予想する事ができる。逆算思考が容易になる。

 ところが、男の子は比較的、刹那思考(今が楽しけりゃそれでいい)の傾向が強い上に、最初の子(総領の甚六)である場合、参考になる「少し年上のお兄さんお姉さん」がいないので、高校なるものの実感がまるで湧かない。「小中学校だけでもイヤイヤなのに、まだ勉強しろって? 高校は義務教育じゃないんでしょ? ましてや大学でもまだ勉強を続けるなんて。おお、ヤダヤダ」となる。

 将来の展望? なにそれ? おいしいの? そんな総領の甚六に、逆算思考の有効性を信じて疑わない母親がいくら話したところで、宇宙人が何か言ってる、という感じ。まるで実感がない。総領の甚六には、過去から現在までの自分は分かっても、未来はまるで見えない。未来が見えないのに未来の話をされても、まったくもって意味不明

 逆算思考によって、今為さなければならないことを明らかにし、着実に実践してきた母親にとって、将来のことをちっとも考えない総領の甚六の有り様は、理解不能。でも、総領の甚六には、未来がまったく見えていない。未来が分からないから、未来の話をされてもまったくピンと来ていない。ぜひそのことを知っておいてほしい。

男の子を動かす「使命感」

 総領の甚六に有効な話し方は何か。私の経験では、ほぼ例外なく効果を示すのは「使命感」。男の子は、誰かを守るヒーローになりたい。中学生くらいの思春期の男の子ならなおさら。そこから、学ぶことの意義を説いていく。

 私が塾をやっていた頃、面談でよく話していた内容。

「将来、君に好きな女の子ができて、デートしてる最中に悪い連中に囲まれたとしたら、君はどうする? 彼女をほっといて逃げるか? それとも彼女を先に逃がして、自分が食い止めるか?」

 こう話すと、男の子は目の色が変わる。

「もし彼女を置き去りにして、逃げたとしよう。君はきっと、一生、自分を許せなくなる。自分を責め続け、ずっとそのときのことを悔いることになる。君はそうなりたいか?」

 そう問いかけると、しっかりした目でこちらを見ながら、強くかぶりを振る。

「そうやな。そんなことは起きてほしくないけど、長い人生何が起きるか分からない。もしそんな目に遭ったら、女の子を逃がして、多勢に無勢、自分は半殺しの目に遭っても、なんとか食い止める。それが唯一、後悔しないですむ方法。君はそれができるとおじさんは見たが、どうだ、できるか?」

 強く頷く。

「人生には、悪い連中と戦うという分かりやすい場面だけじゃない。法律に違反せずに、だけどお金を巻き上げたりするズルい奴らもいる。もし君が結婚して、奥さん子どもができたとき、守れるだけの法律や経済の知識を、君は持ってるか?」

 戸惑いの目をしながら、かぶりを振る。

「お父さんお母さんは人生を生きてきて、そういう人達も残念ながら世の中にいることを知ってる。そういう連中から家族を守るには、知識がなければならない。その知識を生かす度胸もなければならない。今の君にそれがあるか?」

 そうか、という顔をしながらも、首を傾げる。

「そうやな。だから勉強するねん。将来、君に嫁さんや子どもができて、家族を守るためには、腕力だけじゃない、知力、気力を鍛えなあかん。これが勉強せなあかん理由や。分かったか?」

 そう言うと、ハッキリと頷く。

「悪いけどな、中学生の教科書の内容なんて、基礎の基礎。世の中で覚えなあかんことはまだまだたくさんある。こんなもん、お茶の子さいさいでやっつけてまえ! 難しい思うてるやろ? 大丈夫や! おじさんの話が分かる時点で、君は立派なアタマしとる! どうや、やれるか?!」

「はい!」としっかりした返事。

 このように、「誰かを守る」という、思春期の男の子をたぎらせる話の上に、勉学の必要性を載せた方が、動機が明確になりやすい。大学の銘柄とかはさっぱり分からなくても、将来の嫁さん、子どもを守るという映像は、今、好きな子を思い浮かべながらなので、実感が湧きやすい。

 勉学は、誰かを守るための試練、鍛錬だと位置づけられると、男の子は俄然燃える。

 男の子は、苦労はキライで面倒臭がる。逃避したくなる。しかし、使命を果たすための試練となると、やる気で燃える。男の子は基本、ヒーローになりたい。同じことなのに、「将来の利益のための苦労」なら逃げようとするが、「誰かを守るための試練」だと、受けて立つ! となる。

 逆算思考の得意な女性は、将来の苦労、面倒を減らすために今を頑張るという傾向がある。ところが、男の子は、今を楽しみたい刹那思考が強く、「将来苦労することになるよ!」と言われると、「いいよ、どこまでも逃げるから」となりやすい(私のことです)。未来の苦労を避けるためだと言われても、今の楽しみを犠牲にしたくない。

 だが、使命があるなら話は別。どんな苦労、面倒も「試練」ととらえて立ち向かう。ヒーローの心境で、むしろ楽しんでその試練を乗り越える。だから総領の甚六には、「使命感」を抱かせるのがかなり有効。

 もうひとつ。「現在好きなことを拡張できる未来」なら、食いつきがよい。ゲームが好きなら、ゲーム開発に必要な知識を教えてくれる大学や専門学校、虫が好きなら生態学で有名な大学の先生。運動が好きなら、体の動きを解析したスポーツ医学。現在の自分が大好きなことを、さらに拡張して楽しめると聞くと、ワクワクする。

 ただ、私の経験では、「現在を拡張した楽しい未来」より、「使命感」の方が、より戦闘意欲を湧かせるようだ。仮面ライダーで登場するザコキャラをぶっ倒す勢いで、勉学を片付けていく。ザコは相手にならない、ラスボスこそが本当の戦いだ、という気構えになり、「もうちょっと手ごたえのあるヤツはいないのか」くらいの勢いが出る。

 単純といえば単純。総領の甚六には、「使命感」を刺激すること、「現在を拡張した楽しい未来」を提示することのふたつが、とても有効。逆算思考で子どものやる気を刺激しようとしてもうまくいかないという人は、試してみるとよい。

一緒の空間で「時」を過ごす

 ただし、一回話しただけで、子どもが自分から勉強すると思ったら、大間違い。というか、まずもってそんなことは起きない。だから、そうした話をしたあと、「今日からお父さん(お母さん)の隣に座りなさい」と言って、毎日一定時間、机に一緒に向かうようにすること。リビングの食卓でもかまわない。

 総領の甚六は、どれだけの勉強をしなければならないのか、どのくらいの時間を勉強すればよいのか、見当がつかない。見当がつかないから無限にやらなきゃいけないようにも思われ、気が遠くなる。その結果、「もういいや。俺にはムリ」となる(私のことです)。

 お父さん、あるいはお母さんが、本を読むのでも洗濯物を畳むのでもよいから、隣に座っていると、子どもは落ち着いて学ぶことができる。「勉強しなさい」なんて言う必要はない。テレビやマンガ、スマホはなし、ということにだけして、大人が黙って座っていれば、子どもは自然にひと月くらいで「宿題でもするか」「勉強でもするか」となる。

 机に座る習慣さえつけば、後は大丈夫。時折、休憩の時間に、大人になると出会うことになる、さまざまな体験を話して聞かせるとよい。「さあ、また机に戻ろう」。それでオーケー

 弟妹は、お兄ちゃんが学んでいた様子から、どれだけ勉強しなければならないのかを瀬踏みする。だから、総領の甚六さえうまく軌道に乗せたなら、弟妹はほっといても大丈夫。

 けれど、総領の甚六は、瀬踏みすらできない。深いのか浅いのかも分からない。だから、共に机に向かう時間を親が共有する。そうすれば、不安が和らぐ。

 まとめると、総領の甚六は、

(1)逆算思考でお説教してもほぼ無効
(2)使命感を刺激すると、勉学は「試練」として楽しめるようになる
(3)現在の楽しみを拡張した楽しい未来を提示する
(4)机を並べる時間を共有する

が有効。試してみて頂きたい。

 そしてもし可能ならば、「使命感」の話は、親からより第三者から話してもらうとより効果的。親が話すと、思春期で反抗期な総領の甚六から反発を受けることが多い。だから、親戚のおじさんおばさんとか、近所の人とか、同級生の親御さんとか、信頼できる指導者の方に、そうした話をしてもらうとよい。同級生の親御さんと共謀して、互いに相手の子に話をするというのもよいかも。

 子育ては、家庭だけで完結することは難しい。子どもはいずれ家を出て、社会人となるのだから。社会の中で生きていく術を身に着けるには、親の話よりも、家の外の人の言葉の方が重みを増す。子育て家庭同士で連携し、子育てを助け合う関係を作れれば、もっと楽しく育児ができる社会になると思うが、どうだろう。

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