『日本の水産資源管理:漁業衰退の真因と復活への道を探る』(慶應義塾大学出版会) 著者:片野 歩,阪口 功


水産行政と消費者のモラルに迫る

昨年11月、「第一回まぐろミーティング」なる催しが開かれた。マグロ仲卸、大間マグロ漁師・荷主らに混じって、寿司(すし)の「すきやばし次郎」・小野禎一氏やフレンチの「カンテサンス」・岸田周三氏ら料理界の重鎮が壇上に立ったのが目を引いた。

その場で批判のやり玉に挙げられたのが、卵が熟した夏、産卵場に集まってきたクロマグロの群れを一網打尽にする「巻き網漁」である。大手水産会社の関連会社が営むもので、夏場に親魚は卵に養分を取られるし、大量に市場に入荷するため処理が雑になって身が焼ける。それゆえ身の部分は格安の刺身や缶詰になり、卵巣は魚の餌として二束三文で売られてゆく。まるで高級魚に対するテロリズムだ。それでも探す手間がかからず大間における一年間の漁獲量を一日で獲(と)れて効率が良いせいか、漁は毎年継続されている。対照的に大間の一本釣りは脂の乗った冬を最盛期とし、産卵期は資源維持のため禁漁にしている。

素人考えでも、子どもを産ませないで親を殺すのだから、クロマグロが激減して当然だ。けれども監督する水産庁はその関係は因果が確認できないとして、マグロの巻き網漁を擁護している。これには「まぐろミーティング」のみならず津島の沿岸漁業者も腹を立て、入港してきた巻き網漁船を漁船群で海上封鎖するという事件が発生している。

根底には、日本の水産行政がある。実際水産庁は、クロマグロに限らず水産資源の持続可能性そのものに関心が希薄ではないのか。それはなぜなのか、水産会社で買い付けに携わる片野氏と国際政治学者の阪口氏が厳しい筆致で追究したのが、本書である。

「このようなことを、水産学者でもない筆者たちが本書で指摘しなければならないことそのものが、政策への健全なインプットを日本の水産学が提供できていないことを示唆する」と阪口氏は述べる。水産庁と一部水産会社だけでなく主流派の水産学者もまた乱獲を免責するよう、国内世論を誘導してきた。専門家として著者たちに同調してきた勝川俊雄氏(東京海洋大学)や小松正之氏(東京財団)は、日本の学会では異端の存在だ。

彼らのグループが注目するのは、水揚げ量は世界で半世紀にわたって右肩上がりであるのに、日本周辺のみで激減したという事実である。それを地球温暖化や近隣諸国の進出のせいとする論理は、大筋で破綻している。現場の「自主管理」に任せてきた日本の水産行政が、乱獲を容認したのだ。かくして日本の海には取り過ぎで大物がいなくなり、漁業者は未成熟の幼魚や抱卵魚にも手を出して、収入が下がり続ける悪循環に陥ったのである。

こうした悪循環を断つには、ノルウェーのような「漁業先進国」にならい、科学的な根拠にもとづいて漁獲可能量(TAC)を漁獲能力以下に設定し、それを漁業者や漁船に割り振るIQ(個別割り当て方式)を採用すべきである。それが実施されれば競争は量から質へ転じ、漁業資源は回復するであろう。現に2011年の不幸な原発事故の後、放射性物質が拡散されたことで福島県周辺では漁獲が抑制され、マサバやマダラ、ヒラメの資源量は急回復している。

本書の核心は、こうした乱獲体質をもつ日本の漁業界が、遠洋漁業を通じて世界中で巻き起こした恐怖の描写にある(第4・第5章)。サンマなど各国の排他的経済水域(EEZ)を越えて回遊する魚については、公海で待ち構えて巻き網漁を行っても違法ではない。そのようにして中国や台湾の漁船が回遊中のサンマを公海で乱獲することに、日本人は被害者意識を抱いている。けれどもそれはここ百年にわたり日本自身がしでかしたことで、世界を辟易(へきえき)させたのと同じ構図だというのだ。

漁獲技術の革新によって動力や魚群探知機が登場すると、海洋資源は「根こそぎ」にされる可能性がでてくる。そして20世紀に入り国内でトロール船が沿岸漁業と摩擦を起こすと、日本政府は遠洋漁業を奨励するようになる。公海の漁獲は無尽蔵とみなしたのだ。こうして日本は、北太平洋からアラスカまで荒らし回る「海の暴れ者」となった。オットセイやスケトウダラを根こそぎにすると、各国は日本への恐怖から相次いで自衛ラインを宣言する。本書の白眉(はくび)はその先で「国連海洋法条約会議」のやりとりを描く筆致にあり、水産庁が資源維持を訴える世界にことごとく封じ込まれる様子には情けなくも笑えてしまう。

救いは昨年末、漁業法が70年ぶりに改正されたことだ。本書が説くように、TACと現実の漁獲量を一致させ、IQを導入するはこびとなった。ただし責任が求められるのは漁業者だけではない。漁業者の乱獲を支持してきたのは、最終的には消費者のモラルであったと著者は指摘する。闇ルートで売買された絶滅危惧種であるニホンウナギを嬉々(きき)として安価で大量消費してよいものか。日常生活のモラルにまで反省を迫る書である。

【書き手】
松原 隆一郎
1956年 神戸市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科教授。専攻は社会経済学、経済思想。著書には『経済政策』(放送大学教育振興会)、『ケインズハイエク』(講談社新書)、『日本経済論』(NHK新書)、共著に小池百合子都知事との『無電柱革命』(PHP新書)等がある。国土強靱化懇談会委員、無電柱化推進のあり方委員会委員を務める。

【初出メディア
毎日新聞 2019年5月12日

【書誌情報】

日本の水産資源管理:漁業衰退の真因と復活への道を探る

著者:片野 歩,阪口 功
出版社:慶應義塾大学出版会
装丁:単行本(304ページ
発売日:2019-02-06
ISBN:4766425804
日本の水産資源管理:漁業衰退の真因と復活への道を探る / 片野 歩,阪口 功
水産庁は水産資源の持続可能性そのものに関心が希薄ではないのか。厳しい筆致で追究