(黒井 文太郎:ジャーナリスト)

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 シリアで、アサド政権とロシア軍の無差別空爆による住民の殺戮がエスカレートしている。

 5月17日の国連安保理会合緊急会合では、国連人道問題調整室(OCHA)のローコック室長が「3週間に18カ所以上の医療施設が空爆などの攻撃を受けた」と報告。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」も、「5月に入って以降だけで、シリア北西部のイドリブ県とハマ県で、15カ所の病院が、アサド政権とロシア軍に計画的に破壊された。16以上の人権団体が活動停止を余儀なくされ、150万人の住民が必要な支援から断絶された。避難者は18万人に上っている」と指摘している。

 アサド政権とロシア軍が意図的に医療施設や救急団体を攻撃するのは、今になって始まったことではない。シリアではもう何年も以前から、こうした状況が続いており、一般住民の被害が続いてきた。彼らは民間人居住地域での無差別空爆、学校や市場などへの攻撃、化学兵器攻撃などの明白な戦争犯罪を、もともと常套手段としている。住民を地獄のような状況に追い込むことが、住民とともに暮らしている反体制派へのダメージになるからだ。

 こうした戦争犯罪が断罪されないのは、共犯者であるロシアが安保理で拒否権を持っているからである。したがって、今回のような会合は過去に幾度も安保理で開かれてきたが、アサド政権とロシアによる戦争犯罪を止めることはできない。安保理の機能は犯罪者であるロシアの拒否権によって、完全に停止しているのだ。

徹底攻撃を受ける反体制派の拠点

 アサド政権とロシア軍の一方的な空爆により、シリアの反体制派は後退を余儀なくされ、現在では主力はほぼ北西部の一部に退却している。具体的には、イドリブ県を中心に、ハマ県の一部とアレッポ県の一部にかけてのエリアである。

 しかし、そのエリアはトルコの国境と広く接していることから、トルコ軍も一部の監視所に展開していた。そのためロシアトルコが昨年(2018年)9月、停戦に合意。一時はアサド政権とロシア軍による住民殺戮も比較的沈静化していた。

 だが、アサド政権は過去にも停戦合意など守ったことがなく、停戦中に戦力の立て直しを進めると、4月下旬から再びロシア軍とともに、一方的な空爆を強化している。その猛攻に反体制派はさらに退却を強いられており、アサド政権は地上部隊も侵攻させている。その進撃もまた無差別砲撃を中心とするもので、住民の被害が急増している。

 イドリブ県とその周辺の反体制派地域は、シリア全土でもアサド政権の支配が及ばない最後の自由なエリアだった。広い範囲で教条的なイスラム過激派が支配している地域もあるが、そうした地域でさえ、アサド政権にもイスラム過激派の支配にも反対する住民デモなどが行われていた。まさに最後の砦といえる地域だった。

 そこにはシリア全土で順番に行われたアサド政権とロシア軍による徹底的な住民殺戮作戦で、それらの地域から撤退した反体制派兵士が集結している。7~9万人程度とみられる彼らには、もはや避難先はない。つまりアサド政権とロシア軍は、停戦のふりをした数カ月の間に態勢を整え、最後の殲滅戦を開始したわけである。

 前述したように、もはや逃げ場のない反体制派は必死に防戦しているが、彼らを殲滅するため、アサド政権とロシア軍は、前述したような医療インフラなどへの攻撃を強化しているという流れである。したがって、このエリアでは残念ながら、今後もさらなる住民の大虐殺が予想される。

制圧エリアで続く住民の拘束

 このように、シリアでは現在、北西部で凄まじい殺戮が進行中で、新たな避難民が大量発生している状況だが、それ以外の多くのエリアでは、反体制派が撤退してアサド政権が支配圏を確保したことで、住民への無差別空爆は停止された。

 しかし、それらのエリアでも、難民・避難民の帰還は遅々として進んでいない。なぜなら、そういった地域では多くの住民が反体制デモに参加した経験があるため、誰もがアサド政権の報復を恐れているからだ。

 実際、アサド政権は制圧したエリアで住民の拘束を続けており、多くの人々を刑務所に送っている。そこでは厳しい拷問が繰り返されており、裁判もない処刑が日常的に行われている。また、刑務所に送られなくとも、強制的に徴兵して反体制派との戦いの最前線に送りこまれている男子も多い。

 たとえば、人権団体「シリア人権ネットワーク」は、2018年のアサド政権による不当な拘束が5600件あったとしている。これは1週間に100人以上というペースで、2017年より25%増えている。アサド政権の支配が強化されると、それだけ増加するのだ。

ピンハネされる復興支援金

 そんなひどい戦争犯罪が継続中にもかかわらず、アサド政権とロシアは現在、拡大した占領地域での復興のため、資金の提供を国際社会に呼び掛けている。

 ただし、そうした資金はすべてアサド政権が受け取り、国連機関にも援助団体にもシリア国内での事業への自由なアクセスは認めていない。そのため、明らかに支援金の中抜き(ピンハネ)が横行している。

 それだけではない。たしかに支援金の一部はアリバイのために人道支援にも使っているが、それ以外のほとんどが使途不明になっている。つまり、現在も住民殺戮を継続中のアサド政権の体制立て直しという意味での復興資金になっているわけだ。

 こうしたアサド政権への資金提供の中心になっているのが、本来は国際的な開発の支援を担う「国連開発計画」(UNDP)だが、その歴代の幹部が日本人職員だということもあって、日本政府が資金の多くを提供している。つまり、これだけの戦争犯罪を継続中のアサド政権に、日本の税金が提供されているのだ。

 こうしたことについては、「同じ日本人つながり」ということで、NHKなど日本のメディアがその様子を肯定的に報じることもあるが、UNDPのこうしたやり方には、国連人権人道問題調整事務所(OCHA)系メディアが批判記事を掲載するなど、問題を指摘する声も現場ではある。

EXCLUSIVE: UN shelved 2017 reforms to Syria aid response
(独占記事:国連はシリア支援の2007年の改革案を棚上げした)
The Humanitarian (formerly IRIN News)

NYタイムズが暴いた刑務所の実態

 このように、さらに住民の被害が拡大しているシリアの紛争では、アサド政権の人道犯罪が最大の問題なのだが、そうした実態を暴いた「ニューヨークタイムズ」のスクープ記事が、現在、シリア問題を追っている海外の研究者や記者から賞賛されている。

 同紙が5月11日に報じたその記事は「シリア秘密拷問刑務所の内幕~バシャール・アサドはいかに反対派を弾圧してきたか」という記事で、執筆者は同紙の元ベイルート支局長だったアン・バーナード氏である。

Inside Syria’s Secret Torture Prisons: How Bashar al-Assad Crushed Dissent

 バーナード氏は、シリア刑務所からラフィク・シェハデ軍事情報部長に送られた大量の死亡者報告書などの内部文書を入手した。それには、大量処刑が命令として行われていたこと、アサド大統領にも報告されていたこと、当局者が将来の訴追を恐れていたことなどが示されていた。

 同紙のスクープ記事は、こうして大量の拷問・処刑の「証拠」を白日の下に晒すとともに、生還できた人々も直接取材し、その凄まじく非道な実態を伝えた。具体的な拷問の手法なども判明しているが、男女ともに酷い性的拷問を受けるケースが非常に多いという特徴があった。

 同記事によれば、この秘密拷問処刑刑務所は、先代のハフェズ・アサドが構築したもので、20年以上の期間に1万7000人が消されたという。

 それは2000年に現在のバシャール・アサドが父親の跡を継いだ後に、さらに強化された。政治的に不当に拘束された総人数は、数十万~100万人とみられるが、そのうち現在も消息のわからない人数は約12万8000人に上る。そのうち、少なくとも2011年の紛争発生後に密かに「消された」と思われる人数は、10万人を超えるものとみられる。凄まじい人数だ。

 この報道は欧米で大きな反響を呼んだ。米国では公共放送「PBS」が5月13日バーナード氏へのインタビューを「シリアでは10万人以上がアサドの刑務所に入れられ、そして戻らなかった」と題して放送した。

In Syria, more than 100,000 have entered Assad’s prisons ─ and never returned

 さらにニューヨークタイムズ5月17日、補足記事として「シリアの秘密拷問刑務所についての質問と回答」という記事を出している。

Questions and Answers About Syria’s Secret Torture Prisons

 ちなみに、バーナード氏は、前述したアサド政権とロシアが国際社会に復興資金の提供を呼び掛けていることに対し、そうした資金が秘密拷問刑務所のようなアサド政権の恐怖支配の復興資金となることを指摘している。

国民の40人に1人が殺害されている

 なお、この「10万人以上」という数字がどれほど突出しているのか、シリア紛争の全体の犠牲者数と比較してみると、その割合の大きさがわかる。

 人権団体「シリア人権監視団」が今年3月15日に発表した報告によると、2011年以降の8年間で、犠牲者総数は推定57万人以上。これは紛争前の総人口が約2200万人だったことからしても、全国民の40人に1人が殺害されているという、凄まじい人数だ。

 同監視団では、そのうち身元や死因が特定できたケースを約37万人、把握している。そのうち、民間人の犠牲者は約11万人だ。そのうち、ロシア軍イラン系部隊も含めたアサド政権陣営によって殺害された人は約9万4000人に上る。

 このうちアサド政権の刑務所で殺害されたことが確認された人が約1万6000人とされているので、「アサド政権側に殺害された民間人(刑務所で処刑された人以外)で、身元が判明しているケース」が約7万8000人となる。

 それも凄まじい数字だが、それらの数字と比べても、「アサド政権の刑務所で不当に拘束され、その後の消息が不明な人」が10万人以上というのが、いかに大きな数字かわかる。シリアの人々にとって、アサド政権の空爆も恐怖だが、突然身柄を拘束され、拷問されて処刑される恐怖が、どれほどリアルなものかがわかるだろう。

 ちなみに、同報告によれば、ISが過去に殺害した民間人で身元が判明している人数は約6000人。その他に、ISが不当に収監して消息不明になっている人が約4500人いるという。

 もちろんISの残酷な行為は許されないが、それでもアサド政権の「10万人以上」はケタが違うレベルである。シリア紛争の報道ではISの残虐性ばかりが注目されたが、アサド政権の人道犯罪は、それをはるかに上回る。

ロシアが発信するフェイクニュースに要注意

 ところで、5月17日ロシア政府の宣伝機関「スプートニク」が「シリアイスラム過激派化学兵器を使ったテロを準備中」とのフェイク情報を報じた。ロシアがこうしたフェイク情報をわざわざ流すということは、逆にアサド政権が再び化学兵器攻撃を実行する布石の可能性があり、警戒する必要がある。

 なお、この「シリアの反体制派が自作自演化学兵器テロをしている」というフェイク情報は、ロシアの宣伝機関がいまだに発信し、アサド擁護のブログやSNSアカウントがせっせと拡散しているが、それがいかに偽の情報工作であるかは、筆者も機会があるごとに検証記事を書いてきたし、テレビでも明言してきた。

 その決定版ともいうべき検証が、英BBCの看板番組「パノラマ」で2018年10月に放送された。その日本語書き起こし記事が今年2月、BBC日本語版サイトにアップされたので、いまだに「シリア化学兵器攻撃は反体制派の自作自演かもしれない」との疑念を持っている方に、ぜひお薦めしたい。

◎「シリア内戦:化学兵器はどのようにアサド政権を支えたのか」(2019年02月4日

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