金日成総合大学に通うアレック・シグリー氏の身分証

◆「北朝鮮の東大」に豪人留学生が在籍
 北朝鮮金日成総合大学は、同国のエリートが集う最高学府であり、政府の根幹となる人材を多数輩出するいわば“北朝鮮の東大”ともいえる。

 その実態は明らかにされていないが、同大学の博士課程に、日本人の妻を持つオーストラリア人学生が留学している。アレック・シグリーさん(29歳)である。

 欧米に時折存在する「朝鮮ファン」の一人に過ぎなかった彼が、金大への留学を夢見るようになったのは2011年

 そうして念願叶い、2018年4月に入学が許された。入試はなく、「自己紹介書」と、健康診断書の提出のみだったという。妻の森永友果さんとは中国の大学に留学していたときに出会い、現在は日本と北朝鮮の遠距離婚生活を送る。

 最初のデートの誘いは、「僕の部屋で北朝鮮の切手を見ませんか」だった。友果さんは当初、北朝鮮についてまったく興味がなく「変わった人だな」という印象しかなかったというが、熱心なアプローチと誠実な人柄に陥落。約5年の交際を経て結ばれた。

 友果さんも現在はすっかり「知朝家」となり、日朝関係や在日コリアンの問題にも関心を寄せるようになった。アレック氏が帰国した際は、朝鮮の学生用カバンを夫婦お揃いで持ち歩くほど。

◆金大の学費は年間3000~3500ドル
 ちなみにカバンは、男子用、女子用とあり、女子用はデザインに多少ひねりを加えていることが窺える。異性用のデザインが好きなので持っていたい、という人は今の所いないとか。

「平壌カバン工場」のロゴ入り

こちらは女子用

女子大生用」と書かれた商品タグがついている

 金大の学費は3000ドル、博士課程の場合は年間3500ドルと格安。寮費(生活費)は1日11ドルだ。「寮で出る料理は美味しいし、生活にまったく問題はありません」という。

 大学の寮では、朝鮮の学生とも交流があるが、部屋は別々となっており、外国人留学生の部屋はインターネットと、外国書物の持ち込みが可能。

 オンラインゲームも可能で、以前部屋でゲームをして1位になった際、主に韓国のゲーマーの間で「この北朝鮮アカウントは誰だ!」と騒動になったという。

 このことを知った筆者の知人の韓国人は、「韓国人ゲーマーの間で話題が持ちきりでした。しかし、ようやく謎が解けた」と語る。

◆研究テーマは「欧米とは異なる北朝鮮の恋愛スタイルについて」
 夢にまで見た朝鮮での生活を謳歌しているというアレック氏だが、高ぶるあまり、時には調子に乗りすぎてしまうこともそうだ。

 街を自由に出歩くことも許されているため、一度平壌と他地域の境まで遠出をした際は、学生証を持っていなかったため留置所に入れられてしまった。だが、そこでは北朝鮮兵士の意外な姿に触れた。

「友達をタクシーで待たせている状態で捕まってしまったんです。ドアの小窓から目だけ出してこちらを覗いている人民軍兵士に向かって、必死に謝罪して事情を訴え続けたのが記憶にあります。しかし彼らは終始、親切でした。小窓から目だけ出した状態で色々と気を遣ってくれて……(笑)。僕の朝鮮語を褒めてくれて、『勉強頑張れよ』だなんて。最後は向こうも笑っちゃっていましたね」

 また百貨店で、人民しか買えない部類の児童用オモチャを売ってくれと直談判し拒否されるも、なぜ自分がそれを購入しなければならないか熱弁をふるい、特別に購入を許されたというエピソードも。

 肝心の授業は、基本的に教授とのマンツーマンスタイルで行われる。現在は、文芸作品からみる北朝鮮の恋愛スタイルテーマに卒論を執筆中で、将来的には欧米初の朝鮮文学研究者になることが目標だと話す。

「朝鮮の恋愛スタイルはもちろん、欧米とは異なります。あくまで小説に描かれているパターンが研究対象ですが、街に出て実際の恋愛模様の観察もしてみたいですね」

金大で使用している、アレック氏のテキストノート

 北朝鮮の文学といえば当然他国にはなじみがなく、思想性が先行するものが多いが、中には1987年に出版され韓国でもベストセラーとなった「青春頌歌」など娯楽性も含む作品も珍しくない。アレック氏はそうした隠れた要素を一つ一つ拾って咀嚼したいと話す。

◆日本のアニメ好きのクラスメートと休暇にアキバ訪問も
 金大は現在、残念ながら日本人学生は受け入れていないが、彼の同級生には日本のアニメ好きの韓国系欧米人もおり、寮の部屋には当該作品のポスターも。休暇の際はともに秋葉原を訪れ、「オタ活」をした後に北朝鮮に戻ることもある。外国人には開放的な北朝鮮の一面を見て取れる。

 実際に、日朝政府間交渉が停滞し、日本政府が渡航自粛を求めているにもかかわらず、日本人の訪朝者がここ数年で劇的に増えている。北朝鮮政府も観光誘致に力を入れており、各地に観光特区を設置・拡大し国際社会に対し開放的なイメージアピールしている。

 北朝鮮といえばネガティブイメージばかりが先行されるが、どの国も、暗部だけが実像ではない。アレック氏らのような外国人は、北朝鮮と他国間の民間交流のニーズを反映しているといえる。

 実際にアレック氏も朝鮮専門旅行会社「TONGIL TOURS」も主宰し、日本人の旅行者の仲介も取り扱っている。6月からは北朝鮮での短期語学留学ツアーも開催予定だ。

 また彼は金大での生活ぶりを、ブログでも発信している。日朝両政府関係に進展がない中、彼の発信する情報には一抹の価値があるといえよう。

【安宿緑】
編集者ライター心理学ニュース分析プロジェクトNewsophia」(現在プレスタート)メンバーとして、主に朝鮮半島セクションを担当。日本、韓国、北朝鮮など北東アジアの心理分析に取り組む。個人ブログ

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