「ウチは日本一不幸な少女や」

YouTubeのTMS(トムス・エンタテインメント)アニメ55周年公式チャンネルにて、アニメ「じゃりン子チエ」の1話から3話までの公開が5月10日より始まった。1話の視聴回数はすでに47万回を突破。先に公開された「ルパン三世」や「あしたのジョー2」などよりも視聴回数が多いのは特筆に値する。それだけ待ち望まれていた作品なのだ。

はるき悦己による原作は、単行本が3000万部を超える大ヒット作。休刊の危機が囁かれていた『漫画アクション』を救う“神風”とも言われた。ちなみに次の“神風”は7000万部超の『クレヨンしんちゃん』。発行元の双葉社の漫画賞の名前は「カミカゼ賞」と名付けられた。

アニメが放送されたのは1981年から1983年にかけて。その前に吉本興業オールスターを声優として起用した映画版が公開されている(81年4月)。監督(チーフディレクター)は「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」などで知られる巨匠・高畑勲。映画版には朝ドラなつぞら」のモデルとされるアニメーターの奥山玲子がメインの原画スタッフとして参加していた。

大阪の下町が舞台とあって関西地方では絶大な人気を誇り、最高視聴率は29.1%を記録。その後も関西ではしょっちゅう再放送されていたので、なじみの深いファンも多いはずだ。

タレント吹き替えの最高峰、西川のりおのテツ
舞台は、電車のガードの近くに木造の商店が雑然とひしめきあっている大阪の下町(劇中に登場する「西萩」という地名はかつて大阪市西成区に実在したらしい)。

主人公のチエは家業のホルモン焼きの店をひとりで切り盛りする気丈な小学5年生。赤い髪留めとゲタがトレードマークで、嫌みな同級生は棒でぶん殴るし、酔客のおっさんどころかヤクザとも渡り合うが、学校の授業参観で異常な父親をクラスメイトに見られると泣いてしまうナイーブさも持ち合わせている。演じる声優は、天才子役と言われた中山千夏。

チエの父親、テツは「ヤクザ脅して金まきあげたろかな」というセリフが物騒この上ないハチャメチャな乱暴者(実際にヤクザをぶん殴ってカツアゲする)。働きもせずにバクチをしてばかりで、チエに養ってもらっている状態というとんでもない父親だ。演じる漫才師の西川のりおにとってはまさに当たり役で、つい先日流行っていたツイッターのハッシュタグ「#最高のタレント吹き替えを挙げる」でも絶大な支持を集めていた。

その他にも、チエとテツのまわりにはブレーンバスターを得意にする婆さん(テツの母親)や賭場を開くオッサン、ヤクザ酔っぱらいやロクデナシなど、アクの強い顔触れがゴロゴロ。二本足で歩くハードボイルドな猫、小鉄(永井一郎)とライバルのアントニオ飯塚昭三)、そしてアントニオJr.(山ノ内真理子)の存在も欠かせない。

猥雑な大阪の下町がものすごく丁寧に描かれており、アニメ特有の飛躍した表現や、ドタバタ調のギャグアニメ的な味付けはほとんどなされていない。下町ならではの人情もあるのだが、だからといって「下町人情もの」ではけっしてない。客のおっさんは平気で一人で店を切り盛りするチエから勘定をごまかそうとするし、問題はテツの暴力でしか解決しない。

ヤクザもいる、ヤクザが恐れる乱暴者もいる、アル中もいる、子どもを騙そうとする酔客もいる、イヤミな富裕層もいる、賭場もある、暴力もある。それらが、ただそこにゴロッと置かれている。ライターのてらさわホークは「じゃりン子チエ」の原作について「読んだことのない人には想像もつかないほどクールかつドライな作品なのである」と評しているが、アニメ版もまさにそのような作品だと思う。けっして何かを美化するようなお話ではないし、教訓もない。

特に何かが解決することもなく、チエをはじめとする登場人物たちは喜怒哀楽をふりまきながら、ただ精いっぱい今日を生きる。そして、明日にちょっと希望を持つ。「明日はまた明日の太陽がピカピカやねん」というチエの言葉がいいじゃないの。

じゃりン子チエ」と「世界名作劇場
アニメ「じゃりン子チエ」は間違いなく傑作だが、高畑勲監督のファンからは関心があまり高くはないようで、たとえば小谷野敦「高畑勲の世界」(青土社)でも言及はほんのわずかしかない。

だが、当の高畑監督は「じゃりン子チエ」にノリノリだった。アニメ化に際して原作を徹底的に分析し、映画版の作画作業をわずか5カ月で終わらせている。「かぐや姫の物語」は8年かかっているからものすごい差だ。アニメーター大塚康生は、「高畑さんの最短制作期間」と振り返っている。

高畑監督の代表作といえば、「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」という「世界名作劇場」(クレジットは演出)を挙げる人も多いだろう。この「世界名作劇場」についての高畑監督の一文が、驚くほど「じゃりン子チエ」と共通している。少々長いが引用してみよう。

「家庭的に幸せとはいえない主人公が明るくけなげに生きてゆく姿をたっぷりと一年かけて描きあげる。原作をダイジェストするのでもなく、いたずらに事件主義で表面的なドラマを追加するのでもなく、むしろ傍役を含めおのおのの人物像を豊かにふくらませる。物語の大きな流れは原作の進行にまかせ、そのなかで主人公の日常にいわば密着取材して彼等の一日一日の生活(生き方)を克明に追いかける」(「映画を作りながら考えたこと」文春文庫)

じゃりン子チエ」でやっていることそのまんまである。「じゃりン子チエ」は大阪下町版「世界名作劇場」なのだ。

じゃりン子チエ」は「アルプスの少女ハイジ」のキャラクターデザイン・作画監督である小田部羊一(奥山玲子の夫でもある)も参加しているので、両作品の類似を語る人がたまにいるのだが(実際、チエの横顔がハイジそっくりになる)、筆者はどちらかといえば「赤毛のアン」に近いと思う。

主人公が「いい子」ではないところも似ているし、何より「ウチは日本一不幸な少女や」というチエの嘆きがアンそっくりだ。高畑監督は「赤毛のアン」について「作者(筆者注:モンゴメリ)が登場人物に対して一定の距離をもってやっている」と評しており、自身も「登場人物に一定の距離を持ちながら作っていけば良い」と思うようになったというが、その手法を踏襲したのが「赤毛のアン」の直後に制作した「じゃりン子チエ」だったのである。

ディズニーの長老、フランク・トーマスとオーリー・ジョンストン(「白雪姫」や「ふしぎの国のアリス」などの原画、作画監督)は映画「じゃりン子チエ」の字幕版を見て、暖かい視線としっかりした人間描写は、私たちディズニーが到達し得なかった素晴らしい作品です」と激賞したという。高畑勲演出と西川のりおの演技はディズニーをも揺るがしたと言える。

とりあえずTMSさんはぜひとも3話以降も期間限定でいいのでYouTubeで配信してほしい! そして「金曜ロードSHOW!」はジブリアニメもいいけど、さっさと映画「じゃりン子チエ」を放送すべし!(放送できない描写だらけだけど)
(大山くまお

『じゃりン子チエ 新訂版1 』はるき悦巳/双葉社アクションコミックス)