日韓の間に突き刺さった、いわゆる慰安婦問題。日本側からは、元慰安婦の女性に首相からのお詫びのレターをやお見舞金の支給など、さまざまな対応を提案してきた。しかし、そのたびに慰安婦の支援団体などからの強い反発があり、いまだ最終解決に至ってはいない。慰安婦問題がなかなか解決しないカラクリを、前回に引き続き、田原総一朗氏が、元在大韓民国特命全権大使である武藤正敏氏に聞いた。(構成:阿部 崇、撮影[田原氏、武藤氏]:NOJYO<高木俊幸写真事務所>​)

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韓国以外の国々が了承した「アジア女性基金」による解決

田原 日韓の最大の懸案になっている慰安婦問題。日本もいろいろ解決の道を探ってきました。韓国だけじゃなく、その他のアジアの国々の元慰安婦の女性への補償と名誉回復を目的としたアジア女性基金を、国民から寄付を募って作っている。

 この寄付金も相当集まって、韓国以外の国の人々はこのスキームでほぼ了解してくれている。韓国も最初は、それでOKすると言っていた。

 しかし途中で挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会。現・日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯)が強く反対して、態度が変わっちゃった。

武藤 韓国は「慰安婦の問題は国交正常化交渉の時に取り上げていないから、未解決だ」という主張です。

田原 佐藤栄作さんとの交渉の時に取り上げていなかったと?

武藤 はい。

田原 あの時はまだ韓国自身も慰安婦の存在についてよく分かっていなかったんじゃない?

武藤 慰安婦の存在については知っていました。戦時中の韓国では、若い女性が独身のままでいると慰安婦として連れていかれるからというので、親が娘を、どんな相手とでもいいから結婚させたりしていたんです。身分が違う人とでもね。だからみんな慰安婦の存在は知っていました。

 ただ国交正常化交渉では、韓国がこの問題を取り上げなかったんですよ。

田原 どうしてかな?

武藤 私が想像するに、やはり慰安婦だった人たちは、終戦後、故郷に帰ってから、「慰安婦として貞操を蹂躙された」ということから周囲から蔑まれ、非常に辛い時期を過ごしてきた。終戦から十数年が過ぎ、結婚もし、子どもも出来、ようやく普通の生活に慣れてきた。そのタイミングで慰安婦問題を日本との交渉で取り上げると、その人たちをまた苦しめることになってしまう、と。そういう配慮があったのではないかと思います。

 その心情はよく分かります。同じ立場だったら私も同じように思います。だから、日本政府としても「慰安婦問題は解決済み」というのが原則的なポジションではありますが、やっぱり日本政府としては、人道的にこの問題に向き合わなきゃいけない。そういうことで、政府としてもいろいろやってきたわけですね。

田原 つまり65年の時には、決着じゃなくて、取り上げなかったということなんだ。

武藤 韓国は、「その問題を取り上げなかったから未解決だ」と主張していますが、こういう問題は、日本から「慰安婦の問題もありますが、この補償はどうしましょうか」なんて切り出す話じゃないでしょう。しかも、国交正常化交渉の末に結ばれた日韓基本条約には、「ここで議論しなかったことも含めてすべてが解決済み」と書いてある。だから、法的には「解決済み」なわけです。その線は日本でも譲れないわけです。

 それでも国際世論に訴えたら韓国に味方する人もいるでしょう。日本の中にも、人道的観点からこの問題に対処すべきという考えもある。そこで、アジア女性基金という仕組みを考えたわけです。

 人道的に考えれば、慰安婦だったおばあさんたちにお見舞金を差し上げるべきです。だた、法的に解決済みとなっている問題なので、日本政府からお見舞金を出してしまうと、それが他の問題に波及してしまう。だけど、国民に広く募った「国民募金」という形であれば、日本政府からの直接の償いという方式を取らずに、日本国全体としてお詫びの気持ちを示すこともできる。非常に考えられた仕組みだったのです。

 もちろん日本の外務省は、慰安婦に対する「お詫びと反省」を表明した河野談話を発表するも、アジア女性基金の構想を発表するときも、事前に韓国政府にブリーフしています。全く韓国政府に伝えず、いきなり日本側が打ち出して、後で韓国から「こんなものダメだ」と言われたら、むしろ関係が悪くなってしまいますから。だからどこかでこの問題を落ち着かせるために、韓国側とある程度すり合わせをしました。

 ただ、当然、韓国の主張を全部取り上げたりはしていません。日本として取り上げられるポイントは取り上げて、そうじゃないものはダメだと言いました。そういう経緯があったものですから、アジア女性基金はあくまで日本の自主的な措置として発表しましたが、韓国側も「われわれの考えをすべて反映したものではないが、日本側として努力した結果であるので協力する」という反応でした。

慰安婦団体には問題を解決するインセンティブがない

田原 それが途中から慰安婦団体があれこれ言い出してダメになってしまった。よく分からないのは、慰安婦の人たちを救済する取り組みに、なぜ慰安婦団体が反対するのか、なんですよ。

武藤 慰安婦団体にとっては、この問題を解決させるインセンティブがないのでしょう。

 挺対協の共同代表の一人は、配偶者ときょうだいがそれぞれ北朝鮮と深く関わっていることが分かっています。つまり慰安婦団体と言いながら、実態はかなり政治的な団体なのです。だから毎週水曜日に大使館前に来てデモもしているわけです。

 そういう人たちですから、自分たちが100%満足する内容じゃない合意を日韓両政府でなされてしまったら、彼らのレゾンデートルなくなってしまうと思っているのではないでしょうか。

田原 彼らが満足する決着っていのはどういうものだろう。

武藤 たぶん「慰安婦日本軍が強制的に連行していきました、全ての法的な責任は日本政府にあります」と認めて、きちんと謝罪する、ということでしょうね。

 しかし韓国の国民にちゃんと理解してほしいのは、日本はすでに謝罪しているということです。歴代総理が見舞金を支給する時に反省と謝罪のレターを出しているのですから。

田原 その後も慰安婦問題解決の努力は続けられ、安倍さんと朴槿恵さんとの間で2015年に慰安婦合意がなされますね。そもそもあれは、どっちから動き出したんですか。

武藤 あのときも、やっぱりアメリカから「何とかしろ」と言われたんですね。

田原 当時はオバマ政権かな。

武藤 ええ。そんなこともあって安倍総理も「なんとか収めないといけない」と思っていたし、朴槿恵さんは父親である朴正煕がこの問題を解決しないまま日本と国交正常化したという負い目があるから、「最終的には自分が何とかしなきゃ」と思っていたわけです。

 2015年は、ちょうど日韓国交正常化50周年の年でもありました。そこで、記念のレセプションをソウルの日本大使館と東京の韓国大使館で同じ6月22日に開催し、それぞれに首脳が出たわけです。それ以降、朴槿恵さんの態度は「日韓関係ちゃんとやらなきゃいけない」という前向きなものへと、ずいぶん変わってきました。

 さらにこの年の終戦記念日の「終戦70年」の談話の中で、安倍総理は「反省と謝罪」の言葉を入れたわけですね。

田原 村山さんが総理大臣の時の談話と同じように、「反省と謝罪」を言った。

武藤 韓国内の反応は、「あれは村山元総理の受け売りだ。安倍総理自身の言葉じゃないじゃな」というものでした。

 それを受けて朴槿恵さんは「これは村山さん以降の日本政府の立場であって、それは未来永劫、日本政府の変わらない立場なんだ」と肯定したんです。そうしたら、韓国マスコミの論調も一変したんです。

安倍総理の言葉は、自分の言葉ではないので不十分だと思うが、それでも朴槿恵大統領は肯定的に評価した」という感じでトーンダウンしたんですね。

 そういう積み重ねがあって、その年12月、安倍総理朴槿恵大統領との間で慰安婦合意がなされた。

画期的だった安倍-朴槿恵の慰安婦合意

田原 あれは画期的な合意でしたね。

武藤 私も、これは日韓にとって一つの大きな前例になると思いました。

 日韓双方がお互いに譲れることは譲って合意したわけですね。つまり日本側は戦時中の軍部の関与のもとに多くの女性の名誉と尊厳を深く傷つけたことについて、政府は責任を痛感しているとしましたが、法的な責任や人道的な責任ということについては明確に触れることは避けました。そして日本政府は新たに韓国政府が作る「和解・癒し財団」に10億円を拠出するとした。

 韓国側は、もう二度とこの問題を国際的にも持ち出さない、最終的、不可逆的な解決とするということを確認した。

 そうやってお互いに譲り合ったわけです。これは非常にいい前例だと思ったんです。ところがそこで猛烈な批判の声を上げてきたのがやはり挺対協でした。

田原 安倍さんと朴槿恵さんとの間では、慰安婦の問題は日本がお金を出すことで一応解決すると思ったんですね。その状況が変わったのは・・・。

武藤 文在寅氏が大統領になってからです。彼は、朴槿恵さんが罷免された後に行われた大統領選に、慰安婦合意の過程を検証することを公約として立候補していました。そして大統領就任後は、「国民の大部分が情緒的に受け入れられていない現実がある」と言い出して、実際にタスクフォースを立ち上げて検証作業に入った。

 その検証の結果として、「公開されている内容以外にも秘密合意があるからダメだ」ということで、合意内容の履行をやめてしまったわけです。

田原 そもそも慰安婦合意に反対の声を上げた挺対協って、メンバーは何人くらいなんですか。

武藤 詳しくは知りませんが、活発に活動しています。毎週水曜には、雨が降ろうが雪が降ろうが、ソウルの日本大使館前でデモをやっています。

田原 今でもですか。

武藤 はい。実際に慰安婦だった方で、挺対協に属している人はほんの数人です。ほかに、元慰安婦の人は「ナヌムの家」で生活しています。

 慰安婦合意を結んだ朴槿恵さんの行動は、過去の政権とは違っていました。それまでの韓国政府は、元慰安婦といっても挺対協とかナヌムの家としか接触していなかった。そういうところに所属している元慰安婦おばあさんたちは、お互いに顔色を見合わせて、「こんな合意ダメだ」としか言えない状態になっているわけです。

 ところが朴槿恵さんは、和解・癒し財団の理事長を通して、全ての慰安婦と接触したわけです。その結果、47名いた元慰安婦の方々の7割の人が受け入れて、支援金を受け取ったのです。合意を受け入れなかったのは3割でしかないんです。

田原 3割って言ったら・・・。

武藤 10人ちょっとです。しかも、受け入れなかったその3割の人たちはナヌムの家とか挺対協に属している人たちなんですよ。それ以外の人は受け入れているんです。それなのになぜ「国民の大多数が情緒的に受け入れられていない」ということになるのか。非常に不思議です。

 恐らく受け入れなかった3割の人にとってみれば、ここで解決しちゃうともう自分たちが運動する意義がなくなっちゃうから反対したのでしょう。しかもその人たちは、文在寅氏を支持するグループですからね。だから彼は「国民の大多数が情緒的に受け入れない」と言ったのでしょう。

 だけど、まずは受け入れた7割の人たちの気持ちになってほしいと思います。あの人たちは、もうこの問題を早く片付けて、ゆったりと老後を過ごしたいと思っているはずです。日本からの支援金を受け取り、謝罪も受け、そしてこの問題を過去のものとして、元慰安婦という束縛から離れて、ゆっくりとした老後を送りたいと思っていると思いますよ。そういう7割の人たちの気持ちを、文在寅氏は踏みにじっているのです。

かつて自分がまとめた政府見解を大統領になったら反故に

田原 そこで韓国の国民的な常識として、「7割が賛成したらいいじゃないか」という声は盛り上がらないんですか。

武藤 言えないでしょうね。そんなことを言ったら、「親日だ」って批判されますから。韓国で「親日」のレッテルを貼られることは、非国民と言われるのと同じ意味を持ちますから。

 だけど、本心では、「もういいんじゃないか」と思っている人は相当いるし、そもそも慰安婦問題に関心を持っている人自体が本当に少数になってきています。

 ソウルにいわゆる「慰安婦博物館」が出来たり、あちこちに慰安婦像や徴用工像が設置されたりするのはなぜかと言えば、そういう問題への国民の関心が薄れているからです。だから、「なんとか記憶に留めておかなければ」ということで、モニュメントをたくさん作るのです。

田原 もうひとつ、韓国のことでよく分からない問題があります。朴槿恵さんが高裁判決で、懲役25年、罰金およそ20憶円なんていう途方もなく重い刑罰が科せられていますが、なぜあんな重い刑罰になるんですか。

武藤 徴用工の裁判を見ても分かりますが、韓国の司法は無茶苦茶なんです。

田原 徴用工の問題も、実は以前「佐藤栄作朴正煕の会談では個人の問題を処理していないじゃないか」ということで問題化しましたが、2005年に当時の政権が日韓国交正常化交渉の過程を検証し、元徴用工の個人請求権は日本から韓国に供与した3億ドルの資金に包括的に勘案されていたので「解決済み」として、個人に対する補償は「韓国政府が責任を負う」と言ったわけですよね。

武藤 盧武鉉政権の時ですよね。そして、当時の青瓦台の幹部である文在寅氏も、その政府見解をまとめるのに深くタッチしている。それを自分が大統領になったらひっくり返しているわけです。卓袱台返しもいいところですよ。

田原 自分が当事者として取りまとめた政府見解を、自分でひっくり返しちゃんですからね。

最高裁の判事経験もない人物を最高裁長官に

武藤 もともと文在寅氏は、2000年に三菱重工に賠償を求めて元徴用工らが起こした訴訟で、当初、原告弁護団のメンバーでした。ですから徴用工問題にはかなり深くかかわっていました。

 そして大統領に就任から100日目の記者会見で、「個人の請求権は残っているというのが憲法裁判所や最高裁の判例だ」と述べるのです。

 その翌月には、最高裁の長官に、春川地方裁判の前所長である金命洙をわざわざ任命しています。それまで最高裁の判事をしたこともない、人権派として知られる人です。そういう人物を引っ張り出して、自分の主義主張に合うような判決を出させている。それで「自分は責任がない、司法の判断だ」って言われても、納得しませんよね。

 しかも今年1月には、金命洙の前の最高裁長官・梁承泰を、「朴槿恵政権時に、徴用工裁判で日本企業に賠償を命じる判決を故意に先送りした」として逮捕してしまうのですから開いた口がふさがりません。

 さらに同じ1月に、文在寅氏が勝利した大統領選の際に「不正プログラムを使ってネット上の世論捜査をした」との容疑で逮捕されていた文大統領の腹心、金慶洙・慶尚南道の知事に、懲役2年の実刑判決が下ると、与党である「共に民主党」は「これは前最高裁長官・梁承泰を逮捕したことによる報復だ」と反発して、金慶洙に実刑判決を下した裁判官にことを「弾劾すべきだ」と大騒ぎしている。

 そうやって与党や自分の側近たちに司法介入させておいて、文在寅氏自身は、「自分は司法当局の判断を尊重する」なんて言うんですよ。もう言っていることとやっていることがバラバラで、ハチャメチャな政権なんですね。最近朝鮮日報の主筆がコラムを書いて、文大統領の2年前の就任演説は「ウソの饗宴」だと言っていますが、大統領がそういう人だとは情けないですよね。

田原 それ以前の問題として、韓国の裁判所の判断というのはおかしいという指摘を、韓国支局で長く取材をしてきた日本人記者から聞いたことがあります。というのも、朴槿恵さんを有罪にしたのも、要するに裁判所が国民におもねっているからだという指摘です。その指摘についてどう考えていますか。

武藤 国民情緒におもねっている、というのはその通りです。

 日本の最高裁の裁判官も国民情緒を考慮することがある、と聞いたことがあります。ただ、それが政治的、外交的に大きな影響を与えそうな案件については判決を控えている、と。しかし韓国はダイレクトに国民情緒に従って判決を下しているわけですね。これが日本と韓国の司法の大きな違いだと思います。

 田原さんがおっしゃるように、朴槿恵さんはあんな有罪判決を受ける筋合いはないです。だけど、懲役25年、罰金20億円なんていう判決が下ったのは、文在寅氏の影響ですよ。

田原 このままいくと、朴槿恵さんは釈放されないまま刑務所で亡くなる可能性が高いですよね。

武藤 その可能性はありますね。だけど、李明博さんが釈放された例もあります。彼も糖尿病なんかでだいぶ体調が悪かったようです。獄中で亡くなったりすると、後々、文在寅氏が叩かれるかもしれない、ということで保釈をしたのでしょう。朴槿恵さんも腰痛などの持病があるようですが、果たしてどうなるのか・・・。

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