Point
■犬が口を大きく開けてリラックスしている表情は、多くの人に犬が「笑っている」と思わせる
■実際のところそれが「笑顔」なのか、偶然そのようにみえているのかは定かではない
■犬は様々なヒントからこちらの感情を探り、心を通わせようとしてくれるため、コミュニケーションの手段としての「表情」はあまり重要ではない
「笑う犬」は存在するのか。
大きく口角を開き、下を垂らしてこっちを見つめる犬がいたら、あなたは犬が自分に笑いかけていると思うに違いない。
しかし、犬は本当に「笑顔」をみせてくれているのだろうか?人と同じように、喜びや満足を表現するために表情を緩めているのだろうか?
コミュニケーションの基本はアイ・コンタクト
多くの研究が、人間と犬の間には他の種にはみられない特別な絆があるといったアイデアを支えてきた。たとえば、犬は人間の視線を受け止め、他の動物にはできない「アイ・コンタクト」が可能であることが分かっている。
「Current Biology」に掲載された研究では、犬と狼の興味深い違いが示された。狼がエサの入った容器が開けられないと判断すると、ただ諦めて容器から遠ざかったのに対し、犬は開けられないことが分かると、人間に対して熱い視線を送った。この結果は、犬は人間が協力してくれることを知っていると言い換えることもできる。
「Science」に掲載された別の研究では、犬と人間が見つめ合っているとき、社会的なつながりを感じる上で重要な役割を果たすホルモン「オキシトシン」が、同じレベルで増加していることを明らかになった。
いずれのケースにおいても、私たち人間と犬をつなぐコミュニケーションの重要な手段は「アイ・コンタクト」だ。しかし、そのときの「表情」に関してはどういった意味を持つのだろうか?
犬が作り出す表情として、特に印象的なのは内側の眉毛を吊り上げて困ったような顔をみせる、いわゆる「子犬の目」だ。この表情に心を撃ち抜かれた経験がある人も多いだろう。
あざとい「子犬の目」はわざと?
「子犬の目」には驚くべき効果がある。「Facial Action Coding System:FACS(顔面動作符号化システム)」といった表情感知システムを犬に応用し、保護施設で調査をおこなったところ、「子犬の目」を多用する犬ほど早く、里親と巡り合うことができたことが判明したのだ。そして、この表情以上に効果の強いものはなかったとのことだ。
さらに、その仕草が「故意的」であるかどうかの調査もおこなわれた。具体的には、エサを持っている人間と持っていない人間に対して、犬が態度の違いをみせるかといった実験を実施したのだ。
結果は愛犬家にとって嬉しいものとなった。そこにエサがあろうとなかろうと、犬は人間に対して同じだけあの悩ましげな表情をみせたのだ。
人間は大昔に犬を飼いならす際に、無意識にその表情をみせた犬を選び取っていた可能性がある。なぜなら「子犬の目」の表情は、どこか悲しげであり、同情を誘うものだからだ。
これが人の愛情のトリガーとなっていた可能性はあるが、だからといって犬がこの表情をうまく利用しているわけではないということが、実験から明らかになった。
「笑顔」の研究の難しさ
では、「笑顔」に関してはどうだろうか。人間からみて笑っているようにみえるときの彼らの表情は、どんなことを意味しているのだろう。
犬の表情をめぐる諸研究の問題点は、その結論がどうしても主観的になってしまうといった点だ。犬を擬人化して捉える表情の研究では、どうしても誤った解釈が起こってしまいがちなのだ。
とはいえ、これに関する客観的な研究も存在している。「Scientific Reports」に掲載された研究は、犬が「笑っている」と認識される、リラックスして口を大きく開けている表情は、遊んで欲しいときなどのポジティブなシチュエーションでよくみられることを明らかにしている。
しかし、これを本当に「笑顔」と呼んでいいのか、それとも犬が無意識に浮かべるこの表情が、人間にとって偶然笑っているようにみえているのかは定かではない。
この疑問に晴らすためには、FACSのようなシステムを用いたさらなる客観的な研究が必要となる。特定の表情が、どのシチュエーションのどういったモチベーションで作られているのか、その相関関係を探る作業が必要となるのだ。
この事実に、長年あの表情を「笑顔」と思ってきた愛犬家は少し戸惑うかもしれない。しかし安心して欲しい。たとえ犬が笑っていないとしても、犬と人間の特別な絆を証明してくれる指標は他にもある。
大事なのは心を通わせること
たとえば犬は、人間のジェスチャーを理解し、それに高い精度で従う唯一の動物だ。生物学的に人間に最も近いとされているチンパンジーでさえ、犬のように上手に私たちの意図を汲み取ることはできない。
また、犬にとって「好み」な人間の声色があるようだ。ある研究では、犬が「いい子だね〜」といったような言葉をかけてくれる人間だけでなく、高いピッチで歌うような声を好むことが明らかになった。
つまり、犬が私たちに本当に笑いかけてくれているのかどうかは、実際のところ大きな問題とはならない。4本足の友人たちは、驚くほどに微妙なニュアンスを嗅ぎ分け、私たちのことを理解してくれているのだ。
すなわち、私たち人間が犬とのコミュニケーションのためにすべきことは明確であり、それは犬に対して、こちらの感情を伝えるためのヒントをたくさん与えてあげることだ。
あなたが笑顔で優しく接すれば、きっと犬も温かな態度を返してくれるはずだ。そして、その表情をあなたが「笑顔」と感じるのであれば、詳細な研究をするまでもなく、犬と心の通じ合ったあなたにとってそれは真実に他ならない。
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