時間SFメタフィクション、高橋源一郎『官能小説家』の壮絶

前号の滞貨が大量にあるので無駄口を叩く間もなく本題に入る。古橋秀之サムライレンズマン』(徳間デュアル文庫★★★は、E・E・スミスの遺族から承認を受けた正規の《レンズマン》スピンオフ長篇。パスティーシュとしての完成度は抜群に高く、小説的な面白さは本家を凌ぐ。キニスンやトレゴンシーなど本家レギュラー陣も登場するが、われらが主人公は、特殊鋼製の日本刀を振り回すアルタイル柔術の達人シン・クザク。〝アメリカ
SF作家が日本文化を誤解して生み出したキャラ〟って設定で、それがらみのギャグはもちろん、原典ファン感涙のネタも満載されている。子供時代《レンズマン》に熱狂した(古橋秀之を知らない)中年読者にも強く推薦したい。ただし、古橋ファンの観点から言うと、原典へのリスペクトが強すぎ。だいたいオレにとってのレンズマンは、「太陽系? そんなものは民間人に任せておけ」とばかりにどんどん話がでかくなる荒唐無稽なスケールアップ感覚がキモなんで、これじゃまだまだおとなしすぎるね。原典を完膚なきまでに破壊するフルハシ的暴走が見たかったのに──ってのはないものねだりか。なお、これに合わせて──というわけじゃないんですが、原典の《レンズマン》も小隅黎の新訳、生賴範義の新カバーシリーズの再刊がスタートしている。未体験の若い人はこの機会にぜひ。

『サムライ・レンズマン』(徳間書店) 著者:古橋 秀之

茅田砂胡『スカーレットウィザード外伝』(中公Cノベルズファンタジア)★★☆は、外伝と言うより新シリーズの序章、あるいは《スカウィ》と《デル戦(デルフイニアせんき)》のブリッジノベル。いずれにしても単独では評価しにくいが、前シリーズの潔すぎる結末が不満な読者は必読。三月に出るらしい続篇(?)での新展開を刮目して待ちたい。

『スカーレット・ウィザード外伝―天使が降りた夜』(中央公論新社) 著者:茅田 砂胡

続いてノンフィクションを二冊。日本SF作家クラブ編『SF入門』(早川書房は、タイトル(および年少読者向けを意識した造本)が激しく間違っていることを除けば楽しく読めるSF作家エッセイ集。作品ガイドでは、弓原望が書いた「スター・ウォーズ」の項目が爆笑で(帝国側から書かれた「新しい歴史教科書」)、そういう〝SF作家の話芸〟が読みどころなんだけど、それを楽しむためには、当然、とっくの昔にSF入門を済ませていることが要求される。むしろ第3章の「SFの現場」的な内容を前面に押し出したほうがよかったかもしれない。巻頭の各国SF史も含めて、SF初心者よりSFマニア向けの一冊。

『SF入門』(早川書房)

『中国科学幻想文学館』上下(大修館書店)は、なんとびっくり中国SF史の概説書。『桃源郷の機械学』で知られる武田雅哉が担当する上巻は、清朝末〜中華民国期が対象。大陸的なSFほら話が悠揚迫らざる語り口で次から次へと紹介される。涙香や春浪の古典SFが当時の中国SFに影響を与えたって話も面白い。一方、『SF入門』でも中国SF史解説を担当した林久之著の下巻は、中華人民共和国成立後が対象。文革当時の涙なくしては読めないエピソードが興味深い。すぐ手に入る中国SFの邦訳がほぼゼロという現状を前提に書かれているので、中国のSFなんか全然知らないよという人でも安心して読めます。

『中国科学幻想文学館〈上〉』(大修館書店) 著者:武田 雅哉,林 久之

以上、宿題をざっと消化したところで、リチャードパワーの英文学ネタ人工知能SF長篇『ガラテイア2・2』(若島正訳/みすず書房)★★★を──と思ったら先月号で風間賢二氏にひと足早く紹介されてしまったので、かわりに高橋源一郎の日本文学ネタ時間SF(?)長篇『官能小説家』(朝日新聞社)★★★を。『日本文学盛衰史』と同様、メタフィクション的な仕掛けと意図的な時代錯誤を満載、明治の文豪たちが大挙登場するが、こちらは新聞連載だけあって、長篇としてのプロットが(タカハシ作品としては)きちんと存在し、(タカハシ作品としては)非常にわかりやすい。明治文学の自己暴露はワイドショウ的なスキャンリズムと表裏一体だよね、ってのがたぶん出発点。しかしそれを描くために(かどうかは知らないが)現実の世界でもスキャンリズムを実践できるのは、いまどきこの人ぐらいじゃないですか。しかも、その現実(自分自身の浮気と、そこから派生した三角関係)を、森鴎外・樋口一葉・半井桃水の三人に投影してそのまんま書いちゃうんだからすさまじい。新聞小説の特性を生かした虚構/現実の相互乗り入れ実験としても、身を捨ててる分だけ『朝のガスパール』より上。この大胆かつひねくれた自己暴露には心から敬意を表したい。現代にやってきた漱石と鴎外の掛け合い漫才とか、随所にちりばめたギャグも秀逸。しかしこんな小説が朝日新聞に連載されてても特にスキャンダルにもならないあたりが、現代日本文学の最大の悩みなのかもしれないと思った。

『官能小説家 』(朝日新聞社) 著者:高橋 源一郎

同じ高橋源一郎でも、《波》連載をまとめた『ゴヂラ』(新潮社)★★のほうは、前記二作の残り滓をつぎはぎした感じで、ほとんどまったく笑えない(悪の首領が「乙葉の声でしゃべる小池栄子」に変身するとこは笑ったけど)。いちばん面白かったのは、巻末の初出表示の注意書きかも。

『ゴヂラ』(新潮社) 著者:高橋 源一郎

さて、ジャンルSFの今月イチ押しは、『雨の檻』以来となる菅浩江の第二SF短篇集、『五人姉妹』(早川書房★★★。日本文芸家協会の短篇選集にも選ばれた表題作は、父親によって成長型人工臓器の実験台にされた女性がバックアップ用に育てられた四人のクローンと次々に対面する話。その他、ブラッドベリ的なラブストーリーに量子論ネタを組み込んだ「箱の中の猫」、AIによる人格シミュレートと大衆芸能の世界を接続した「賤(しず)の小田巻」など、科学ネタを叙情的に料理するしっとりした作品が主流。科学的論理の転がし方よりも感覚的・審美的なイメージが重視されるのが持ち味で、その分、一般読者にも訴求力が高い。他に、《博物館惑星》シリーズの番外篇「お代は見てのお帰り」、書き下ろしの「ホールド・ミー・タイト」など、いずれも高水準の全九篇を収録。

『五人姉妹』(早川書房) 著者:菅 浩江

今月最後の一冊は、筒井康隆の少女小説『愛のひだりがわ』(岩波書店→新潮文庫)★★★。帯には「〝マジック・リアリズム〟で描く、愛の冒険」とあるけど、あえて分類すれば、「近未来を舞台にしたエブリデイ・マジックものの成長小説」でしょ。ヒロインの「左側を守ってくれる存在」という発想が秀逸で、なんてことない話なのにきっちり読ませるのはさすが筒井康隆

『愛のひだりがわ』(新潮社) 著者:筒井 康隆



【この読書日記が収録されている書籍】

『21世紀SF1000 』(早川書房) 著者:大森 望



【書き手】
大森 望
1961年高知生まれ。書評家・SF翻訳家・SFアンソロジスト。著書に『21世紀SF1000』、『新編・SF翻訳講座』、《文学賞メッタ斬り!》シリーズ(豊崎由美と共著)、《読むのが怖い!》シリーズ(北上次郎と共著)など。アンソロジーに《NOVA 書き下ろし日本SFコレクション》、《不思議の扉》の各シリーズのほか、『星雲賞SF短編傑作選 てのひらの宇宙』など。訳書にコニー・ウィリス『ブラックアウト』『オールクリア』など多数。2013年には『NOVA』が第34回日本SF大賞特別賞を受賞。

【初出メディア
本の雑誌 2002年4月号
時間SFメタフィクション、高橋源一郎『官能小説家』の壮絶