これまでにも何度か書いてきた通り、おれはさしてモテる人間というわけではない。だが、さしてモテないなりに、意地でも絶対に口にしたりネットに書き込んだりしなかった文言がある。それが、ネットでよく見る「ただしイケメンに限る」というアレだ。

【画像】一目でわかる今日の結論

●「ただイケ」とはいうけれど、イケメンについて考えたことはありますか?

 「ただしイケメンに限る」という言い回し、インターネットでよく見るのは、モテ指南みたいなものにくっついている形である。例えば「料理をする男性は女性からの好感度が高い」というような話に「※ただしイケメンに限る」という形でくっついてくるわけだ。多少モテそうな行動をとろうがモテ指南に従おうが、それでモテるのはイケメンに限った話でしょ……というニュアンスの文言である。

 確かにまあ、本当にモテない人というのは世の中にいるだろう。周囲から言われたことやこれまでの行動から、「自分はモテない」という自覚を内在化させてしまったパターンもあるとは思う。モテるためにいろいろ行動することに怖気付いたり「キャラじゃないし」と内面化していたりする人が、先回りして「でもどうせイケメンじゃないと最初から話にならないんでしょ」と開き直るのは、十分ありうる話だろう。そういう人が「はいはいそんなのイケメンだけの話でしょ」と開き直ってしまう心理はわからんでもない。

 しかし、実際のところこの「ただしイケメンに限る」という言い回しには「モテたい」という以外の、ひがみっぽい感じのニュアンスも漂っているように思う。要するに、「めちゃくちゃモテたいというわけではないけど、概念としてのイケメンになんとなくひがみ意識を持っている」という人もいるのではないかという話である。

 この、ふんわりとした概念としてのイケメンというのが、けっこうクセモノなのではないかとおれは思っている。「モテるのはイケメンだけ」って言ってるのに、具体的なイケメン像がぼやけているのでは話にならないと思うのだ。

 もちろん顔がかっこいい人間はいろいろな局面で有利なこともあるだろう。しかし女性は言うほど付き合う男性に容姿の良さを求めていないという調査結果は、ちょっと検索すればけっこうたくさん出てくる。しっかりした付き合いを考えた場合、男の側の見た目というのはものすごく重要かと言われるとそうでもないようだ。

 見た目のいい人としか付き合いたくないという女性はそりゃ実存しているが、そこはもう「人による」としか言いようがないので「女はイケメンが好きなんでしょ」と巨大な主語で話をするのは無理がある。最終的に1対1の人間の話である以上、ことルックスに限ったことなら案外なんとかなると思うのだ。

イケメンとは何かを知りたければ、「仁義なき戦い」を見ろ

 そしてもうひとつ、「イケメンとは何か」という話である。前回このコラムに書いたのだが、おれはけっこう男を眺めるのが好きだ。正統派二枚目を見れば「なるほど美形だ」となるし、ゴツい男性も「胸板があるとやっぱり洋服が似合うなあ」とか思うし、スティーブ・ブシェーミみたいなヨレヨレのおじさんにも他にない魅力があると思う。多分、一般的な男性よりは男性を見慣れている方だろう。

 そういう立場からすると、「ただしイケメンに限る」と言っている人のうち、どれほどが「イケメンとは何か」という点について真面目に考えているのかという疑問が湧いてくるのだ。

 これは無根拠な予想だが、「イケメン=女が好きなジャニーズとかEXILEみたいなの」くらいの認識ではなかろうか。そりゃまあ確かに、ジャニーズ的な顔が好きな女性は多いだろう。しかし彼らはアイドルであり、アイドルは顔の他に曲や振り付けやその他の文脈のような要素がまとわりついている。そんな複合的な存在に対し、「イケメンか否か」という部分だけを見るのは短絡的だろう。

 さらに言えば、EXILE TRIBE(というかLDH)の人のルックスは相当に多様である。岩田剛典のような、まあそりゃ誰がどう見てもイケメンだわなこれは……という容貌の人もいるのだが、例えば小林直己や関口メンディーのような、「いわゆるイケメンっぽい見た目」ジャンルに収まっていない人もいる。

 しかし彼らは総じてめちゃくちゃ動いて踊るし、自分がどうしたら面白くかっこよく見えるかを考え抜いている。そうした主に肉体言語的な工夫により、彼らもやはりどう見てもイケメンなのだ。LDHを褒めちぎりたいわけではないのだが、「イケメンとは何か」という問いに「ちゃんと考えて手を打つことで、そもそものイケメンという単語の指す範囲を拡張する」という回答を出しているところは、世の男性にとって希望の持てる話だと思う。

 「イケメン」という単語が持つ意味合いは本当はずっと広い。さらに多様なイケメンの姿を確かめたいのなら、ぜひ一度「仁義なき戦い」を見てほしい。モデル体形(というか実際にメンズモデルをやっていた)のすらっとした菅原文太。革ジャンからタキシードまで、常に服装をチェンジする松方弘樹。理不尽な親分でありながら、出てくるだけで画面がパッと明るくなる金子信雄。はち切れんばかりのピチピチ感が漂う若い頃の梅宮辰夫。とぼけた風貌でありながら異常に生命力がありそうな田中邦衛。エトセトラエトセトラ……。

 全員見た目の方向性は見事にバラバラだが、主演級から大部屋俳優まで、男たちが生き生きと敗戦直後の広島で元気に暴れまわっている。おれはもう全員をイケメンと言いたいし、しっかり見れば「こいつら、かっこいいのでは?」と思わされてしまうようなエネルギーにあふれている。世界にひとつだけのヤクザたちが互いに騙し合い殺しあうギャングスタパラダイスを見れば、「ただしイケメンに限る」などという言い様がいかに間口が狭くなんにも考えていないものか、しみじみとわかるはずだ。

 というわけで、ことあるごとに「ただしイケメンに限る」みたいなことを言ってインターネットでクダを巻く人には、ぜひとも往年の東映実録路線ヤクザ映画を見てほしい。顔が多少よかろうが悪かろうが、そんなことは関係ない。そこには本物の生き様がある。少なくとも、大学時代のおれは実録路線の映画に出てくるめちゃくちゃで多様な男たちに救われた。あのガタガタと揺れまくる手持ちカメラの映像を見れば、多少モテなかろうがそんなことで男や女の価値は左右されないという勇気が湧いてくるはずである。

ねとらぼGirlSide/しげる

今回のお題は「※ただしイケメンに限る」。この言葉を使ったことがある人に聞きたい、その「イケメン」とはなんなのか?