文在寅政権が誕生して以来、韓国は、日本との関係ばかりか、アメリカとの関係もギクシャクし始めた。その文在寅氏が熱心だったのは、北朝鮮との関係構築だったが、米朝首脳会談が不調に終わった北朝鮮からは、もはや「仲介役」としての役目は期待されていない。外交に活路を全く見いだせなくなっているように見える韓国はいったいどこに向かっているのか。田原総一朗氏による、元在大韓民国特命全権大使・武藤正敏氏のインタビュー第3弾。(構成:阿部 崇、撮影[田原氏、武藤氏]:NOJYO<高木俊幸写真事務所>​)

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<第1回:朴槿恵・前大統領はなぜあれほど攻撃されたのか
 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56428

 第2回:慰安婦問題の解決を阻んでいるのは誰だ
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「国のかたち」を急速に変容させる文在寅政権

田原 昨年11月、韓国海軍が海上自衛隊の哨戒機にレーダー照射する事件があって、大騒ぎになりました。あの一件、武藤さんはどう見ていました。

武藤 いろんな説がありました。あの時、あの付近に北朝鮮の漁船が来ていて瀬取りをしていたんだとか、北朝鮮の船はスパイ船だったとか・・・。真相は分かりませんが、いずれにしても何か露見しては都合の悪い状況を隠すために照射したんじゃないかと思います。

田原 どこに国でもそうだけど、軍事的衝突になりそうな行動については、政府よりも軍の方が慎重なものですけどね。

武藤 韓国ではいま、政府と軍の関係が変わってきているんです。朴槿恵政権までは、青瓦台の秘書室長が合同参謀本部議長を呼びつけて、国防部内の人事に口を挟もうとするものなら、「出しゃばりすぎだ」と批判されてきました。

 ところが今は、青瓦台の局長にもなっていない人間が、国防部の幹部を呼びつけて、あれこれと人事の話をしていると言います。

田原 そんな関係になっちゃったんだ。

武藤 国防部はもう完全に青瓦台の影響下に入っちゃっているんですよ。

 だけど文在寅政権になって以降、変わってきているのはそれだけじゃないんです。いま政権中枢では、閣僚や青瓦台の主要ポストに学生時代に民主化運動に関わった人を多く起用するようになっています。中には逮捕歴がある人もいます。そうした進歩的な政治思想を持った人たちが、政権中枢に入り込み、さまざまな部門をがっちり握り始めているんです。

 その人たちが中心になって進めているのが、国家情報院、そして警察・検察といった統治機構の要となる情報機関、捜査機関の権限を縮小する構造改革なのです。改革を進めている人たちは、自分や同志が軍事政権下で逮捕されたり弾圧されたりした経験を持っていますから、そもそも国家権力に良い感情を抱いていません。その彼らが中心となり、軍や捜査機関、情報機関の組織改革、任務改革を大々的に進めているわけで、韓国という国家はいま「国のかたち」をすごい勢いで変容させているのです。

 さらに付け加えるならば、閣僚クラスの顔ぶれも、文在寅氏のお気に入りで固めています。ハノイでの米朝会談決裂後、韓国では閣僚人事が行われました。そこで7人も入れ替えがあったのですが、外交・安保の要である外交部長官の康京和、国家安保室長の鄭義溶というお気に入りの2人は留任しました。2人はアメリカと意思疎通が十分取れていなかった、と言われていますけどね。

 逆にこの閣僚人事で代えられたのが統一部長官の趙明均。彼はずっと南北関係をやってきた人で、北朝鮮、それからアメリカがいまどう考えているのかを冷静に見てきた人でした。後任は、ずっと「南北の経済交流を進めるべきだ」と言ってきた金錬鐵です。

 また、2カ月も空いていた中国大使のポストに就いたのは、少し前まで青瓦台の政策室長として、経済政策を取り仕切ってきた張夏成です。彼は、所得主導成長政策の大失敗で更迭された人物で、外交安保の経験は全くありません。そんな人をわざわざ中国大使に充てたわけです。もう情実人事としか言いようがありません。

 こうした構造改革や情実人事の結果、今の韓国は危機対応力が全くなくなってしまいました。しかもフレキシリティも失われてしまった。何より問題は行政府の人々がやる気をなくしていることです。うまくいけば支持活動家が手柄を横取りする、失敗すれば責任をなすりつける。こういう政権になってしまったのです。

 専門性もありません。状況をきちんと分析できていません。だから米朝首脳会談の決裂を受けても、文在寅氏は「北朝鮮が寧辺の核施設を破棄するなら非核化に向けて不可逆的な段階だ」、「開城工業団地と金剛山観光を再開しないといけない」なんて発言しています。

 この発言にはさすがのアメリカも呆れかえっているわけです。なにしろ、対北朝鮮政策については、韓国がずっとミスリードしてきたわけです。「北朝鮮は非核化を実施する」と言っている、なんてアメリカに伝えておいていたのに、あの結果です。

 それで米朝会談が物別れに終わってしまい、「きちんと制裁を維持していくことが北朝鮮を変えさせる道だ」とアメリカ側が改めて明言しているときに、しきりに南北の経済交流を訴えている。アメリカが呆れ返るのも当然です。

文在寅氏が夢見る「南北連邦制」

田原 果たして文在寅さんは、北朝鮮に非核化を求めているんですか、求めていないんですか。

武藤 おそらく、「非核化よりも大事なことがある」と思っているんじゃないですか。

田原 南北統一ですか?

武藤 統一とまでは行かなくても、連邦制を基にした連合国家として仲良くするということだと思います。もうひとつは、朝鮮半島で戦争が起きないようにすることを重要視しています。ただ、非核化についてはいつも優柔不断なことを言っていますね。

田原 お互いに仲良くなれば、別に北朝鮮が非核化しなくてもいいという考え方なのかな。

武藤 それくらいのことを思っているのかも知れません。

田原 文在寅さんはしきりに日本にケンカを売っていますが、それで最終的には何を狙っているんですか。

武藤 私は、文在寅氏は日本にケンカを売っているつもりはないと思います。

田原 だけど、彼のこれまでの言動は明らかにケンカを売っているじゃないですか。

全てにおいて「俺が正しくて、お前が間違っている」の発想

武藤 文在寅氏は今年年頭の記者会見で、「日本はもっと謙虚になるべき」と言ったじゃないですか。

田原 言っていました。

武藤 「謙虚になれ」ってどういうことかと考えると、要するに「謙虚になって全て俺の言うことを聞け」ということでしょう。

 彼が言う「歴史の見直し」だって同じことですよ。全て自分が正しい、自分に正義がある、周りのやつらが間違っている、と考えている。だから日本に対しても、「俺たちが考えている歴史認識が正しい、お前たちの認識は間違っている、だから俺たちの言うことを聞け」ということですよ。だから慰安婦問題でも徴用工問題でも、あんな好き勝手なことが出来るんです。

田原 ということは、これから日韓が融和の方向に向かうことは・・・。

武藤 ないと思います。文在寅氏は「自分に正義がある」と信じ込んでいますから。

田原 日本とケンカしても、韓国には何のメリットもないのにね。

武藤 その通りです。だけど、情実人事で危機管理能力が失われた政権だから、日韓関係改善については優柔不断な態度を取り続けたまま、何の動かないという結果になるのではないでしょうか。

田原 僕は、文在寅さんが日本にケンカを売ったら、実は北朝鮮金正恩が困っているんじゃないかと思うんです。というのも、北朝鮮が本格的に経済復興をするとするなら、絶対に日本の経済援助が必要になりますよね。トランプもそう言っているじゃないですか。「日本から経済援助しろ」と。

武藤 そうです。だから、もしも核の問題が片付いて「北朝鮮を支援しよう」ということになったら、日本が加わらなかったらとても出来ない。

田原 というか、日本しかないですよね。そんなことは金正恩もよく分かっているともう。

武藤 ええ。分かっていないのは文在寅氏だけです。

田原 なんだろう、それって・・・。

武藤 要するに彼は、歴史の見直し、南北融和、所得主導成長政策。この3つしか考えていないんです。

田原 その結果、金正恩を困らせることになってもいいんですかね。

武藤 そこまで考えが及んでいないんだと思いますよ。

 よく安倍総理に対する意見として、「文在寅と胸襟を開いて対話して、日韓関係をよくせよ」なんていう指摘をする人がいますが、相手が「国益を考える大統領」だったらそれも可能です。自国の国益を考えれば、「何のメリットがあるのか、日本と上手くやらないといけないじゃないか」と、どこかで気づきますから。でも、文在寅氏は国益を考えていない。だから胸襟を開いて話したって分かり合えないんです。

北朝鮮問題にしか興味を示さなかった文在寅

田原 2年ほど前になりますが、自民党幹事長の二階俊博さんが、安倍さんの特使として、中国の習近平さん、韓国の文在寅さんと立て続けに会いに行ったことがありましたよね。日本では、慰安婦合意の再交渉をしようとしている文在寅さんに対して、二階さんがどういうことを言うのか注目されていたわけですが、文在寅さんと会談したとき、二階さんは慰安婦のことを言わなかったんですよ。そうしたら文在寅さんは、日本は弱腰になっていると思ったのか、「こんなことやってほしい、あんなことやってほしい」とあれこれ注文を出してきたらしい。

武藤 文在寅氏というのはそういう人です。目の前にいるときには調子のいいことを言うけれど、実際にやっていることは全然違う。「ウソの饗宴」という朝鮮日報主筆のコラムを思い出してください。文大統領の言葉を信じてはだめです。行動を見るしかないです。私は文在寅氏には、彼が朴槿恵さんと大統領を争っている選挙の時に一度だけ会ったことがありますが、変わった人だなという印象でした。

田原 どういう人でした。

武藤 有力候補にはみな会っておきたいと思ったので、面会の申し入れを何度もしたのですが、スケジュールの都合を理由になかなか会ってくれない。それで何度目かの時に、「どこにでも出向きますから」ということでお願いしたら、「釜山の事務所でなら時間が取れる」というので釜山まで出向きました。

 面会の当日、私はまず彼の盟友である盧武鉉の墓前に花を手向け、それから文在寅氏に会いに行きました。盧武鉉墓参りをしてきたことも彼に伝えたうえで、「日韓は協力すればこれだけ互いに組むメリットがある関係だ。第三国での協力などもやっていけば大きな利益になる」なんていうことを縷々説明しました。

 しかし、それに対して彼からはコメントも質問も一切ありませんでした。彼が口にしたのは「日本は北朝鮮とどういう関係を作っていくのか。韓国と北朝鮮の統一について日本はどう考えているのか」と。それだけです。

 そのときに同席したのが、徐薫(ソ・フン)という今の国家情報院院長です。かつて国家情報院の元第3次長で、盧武鉉政権時に北朝鮮とのパイプ役を担ってきた人物です。故・金正日総書記が韓国の官僚で唯一名前と顔を知っていた人物、と言われています。

 そんな人物を側に私と面会した文在寅氏は、北朝鮮との関係にだけ関心があって、日本との関係については無関心なんだなと感じました。

田原 しかし、いくら北朝鮮に関心があると言ったって、あんな言論の自由もない社会主義国家がそんなに魅力的なんですかね。

武藤 文在寅氏は人権派弁護士で、日本に対しては人権についてさんざん言いますが、北朝鮮の人々の人権については何も言いませんよね。

田原 はっきり言って、北朝鮮に人権なんてないじゃないですか。

武藤 ないけれど、人権派弁護士である彼は、それを問題視しない。

田原 なぜ北朝鮮に対してそれを言わないんだろう。

武藤 彼は北朝鮮にゴマをするだけです。盧武鉉政権当時、国連が北朝鮮の人権非難決議案の採択の際、韓国はどういう態度を取るべきかなかなか決めかねていたんです。その時、大統領秘書室用だった文在寅氏は、「じゃあ、北の意見を聞いてみよう」と言って、北朝鮮にお伺いを立てたんですよ。結局、北朝鮮からは「表決では責任ある立場を取ることを望む」という返答を受けて、韓国は棄権に回ったのです。この「北へのお伺い疑惑」は、当時の韓国外相の回想録にも書かれています。そんなふうに、北のご機嫌取りばかりに熱心なのが今の韓国大統領なのです。

田原 そんなことをして、文在寅さんはいったい何がしたいのかな。

武藤 北と仲良くしたい、財閥を潰してより公平な社会を作りたい、そんなことを考えているんじゃないでしょうかね。

田原 財閥潰すのは悪くないと思うけど、韓国では相変わらず財閥が権力を持っていますよね。なぜ潰れないんですか。

武藤 だって韓国経済は財閥のお陰でもっているようなものですから。財閥を潰したら韓国経済が壊滅的な打撃を受けますよ。ちょっと前に韓国の景気が良かったのだって、輸出型の財閥系企業の業績だけよかったまでですから。それもいまは傾いてきていますけど。

田原 いま韓国の景気は悪化していますよね。特に雇用がメチャクチャです。だから韓国の若い人が「日本で就職したい」と言い始めている。

武藤 昔は韓国の人たちは、「大嫌いな日本ために働いてやるんだから少し給料を多くよこせ」っていう態度でした。それがいまでは日本の企業で働きたくてしょうがなくなっている。

「どうにも手の付けようがない大統領」

田原 それに、韓国政府が日本にケンカを売っているっていうのに、日本では韓国からのインバウンドがどんどん増えている。

武藤 観光客も去年は750万人と、中国に次ぐ多さです。地震や集中豪雨の影響で伸び悩んだ時期もありましたが、その影響がなかったら中国と1位を争っていたはずです。

田原 文在寅さんは日本にケンカを売っているけれど、韓国の国民は日本を嫌いじゃないんですよね。

武藤 基本的に韓国の人たちは日本のことが好きです。

 でも、徴用工裁判の判決にあったように、日本企業の資産差し押さえなどがあったら、日本政府としても黙っているわけにはいかない。でも判断を、日韓間で設置する仲裁委員会や国際司法裁判所にゆだねるようなことになれば、韓国に分が悪い判断が下されるかも知れないので、彼らはそんなことは絶対に認めません。

 そうなると、次なる手段として浮上するのが、韓国に対する経済的な圧力です。具体的には、関税をかけるとか、あるいは半導体産業には不可欠なフッ化水素の輸出を止めるとか、そういう話になってくる。

 しかし、ここで考えなくてはならないのは、第二次大戦後、国交正常化から50年の歳月をかけて、やっと韓国の一般の人々が日本を好きになってくれているという現状です。もしここでフッ化水素の輸出を完全に止めて、韓国経済の命脈を断つようなことをしてしまえば、日本に親しみを感じ始めた韓国の人々は何と思うでしょう。戦前日本は軍事力で韓国を支配した、今度は経済力で痛めつけるのか、と思ってまた反日になっていくはずです。それは決していいことじゃない。

 だから文在寅大統領に対する対応と、未来の日韓関係、これを分けて考えないといけない。

田原 その考え方はとても大事ですね。

武藤 じゃあ韓国に対してどうしていけばいいのか。今度、北朝鮮に対して国連の制裁が出ましたよね。だけど韓国はその制裁破りをしている可能性があります。例えば、昨年9月に、文在寅氏が平壌を訪問したときに、韓国から飛行機が4機、平壌入りしています。通常、首脳外交のときには首脳が乗る飛行機と予備機の2機が飛ぶのです。しかしこの時は、それ以外に2機飛んでいる。白頭山に行くときに必要な防寒具を運んだ、なんて説明をしていますが、そんなもののために飛行機が2機も必要なわけがない。実際に何が積まれていたかなんて分からりません。こんなかたちで、韓国は多くの制裁破りをしている可能性が極めて高い。

 ですから、韓国がそういう制裁破りをしている証拠を掴んで、それについて国連で「韓国はけしからん」と徹底的に糾弾すればいいと思う。それが文在寅氏にとっては一番堪えるはずです。

田原 繰り返すけど、問題は、日本とケンカして、文在寅さんにはメリットがないと思う。

武藤 ないですよ。でも、それが分からないのが文在寅政権の問題。とにかく、彼は国益を理解しない人なので日本は困っているんです。文在寅氏が韓国の国益をきちんと理解している人なら、安倍総理だって日韓関係でもっとやりようが出てくるんですけどね。

田原 国益を理解していれば、ケンカするよりも仲良くしたほうがいいに決まっている。

武藤 そうなんです。それが分からない文在寅政権は、もうどうにも手のつけようがないというのが偽らざる実感です。

(了)

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