2019年4月、ブラックホールシャドウの撮影に成功し、アルマ望遠鏡など天文学の国際プロジェクトが注目を集めた。その史上初の成果を生み出した「電波望遠鏡」とは、どのようなものなのか。そして、私たちの宇宙に何をもたらすのか。国立天文台 野辺山宇宙電波観測所の立松健一所長が、電波望遠鏡で探る宇宙の謎を解説する。(JBpress)

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1. なぜ天文学? なぜ電波望遠鏡?

 いつも聞かれる質問があります。

「なぜ天文学研究をやっているんですか?」

 私の答えは、ちょっと大上段ですが、「人類の知的好奇心を満たすため」です。

 今から、約400年前にガリレオ・ガリレイが小さな望遠鏡で夜空を見ました。彼の驚きは想像に難くありません。月のクレーター、木星の衛星、土星の耳(後年に輪と分かる)。太陽黒点も発見しています。

 それから400年間、人類はより大きな望遠鏡を作り、我々の宇宙を探ってきました。お金持ちのパトロンを得て、さらには国家プロジェクトとして。一国で作れる望遠鏡の大きさに限界が来た現在は、天文学の大型プロジェクトは国際協力のもとで進みます。

 人間の定義を考えましょう。二本足歩行、火の使用、言語の使用。しかし、私には「知的好奇心」こそが、人間が人間たるゆえん、に思えてなりません。

 誤用を恐れなければ、「人はパンのみにて生くるものに非ず」(新約聖書マタイ伝)。子供は、「なぜ」「どうして」を親に聞きます。これは我々の遺伝子に組み込まれている性質。我々はどのような世界に住んでいるのか(宇宙)。我々はどこから来たのか(生命の起源)。これを知りたいという衝動があるのは、我々が人間たるゆえんではないでしょうか?

 私は、電波天文学研究を行っているので、「なぜ、電波望遠鏡が必要なのか?」も、よく聞かれます。国立天文台は、ハワイのマウナケアに、1枚鏡(鏡が1枚のガラスでできている)では世界一の大きさを誇る「すばる望遠鏡」(口径=鏡の直径が8.2m)を持っていて、非常に遠くの銀河を発見するなど大きな成果を上げています。

 なぜ、「すばる望遠鏡」だけではだめなのか? これをご説明します。

2. 電波で見える宇宙

 我々の「目」は、波長が1μm弱の可視光を見るように「設計」されています。可視光は、「太陽」からの光です。我々の目は、太陽からの光が、いろいろな「もの」(木、地面、動物、などなど)によって反射されることによって、その「もの」を認識しているわけです。夜になると、太陽の代わりに、電灯や蛍光灯という太陽の代替品を用いて生活しています。

 太陽は、表面温度が6000度の「大人の恒星」です。電灯や蛍光灯は、これをまねて、数千度~数万度の温度に対応する可視光を出しています。夜、電灯や蛍光灯を消して、空を見上げると、何が見えるでしょうか? 答えは、太陽のような「大人の恒星」、太陽の仲間たちが見えます。これが星空です。

 みなさんも、自分自身、家族、親しい友人に子供が生まれたり、成長して幼稚園、学校に入ったり、成人したりすると、うれしいですよね。定年退職する友人をお祝いしたりします。

 宇宙も、未来永劫変化がないものではなくて、天体が生まれ、成長し、そして死んでいきます。その人生は、短いものでも1000万年程度、我々の太陽でも110億年と、我々の人生に比べてはるかに長いですが、それでも寿命があります。

「宇宙は真空」などとよく言いますが、厳密には真空ではありません。ごく薄いですが物質で満たされています。もし完全に真空だったら、星が生まれてくることができずに困りますね!

 どのくらい薄いかというと、地球の大気に比べ10の21乗、すなわち、1兆分の1のさらに10億分の1の薄さですが、それでも物質(気体と、若干の塵)で満たされています。星と星の間を埋めているので、我々は「星間物質」と呼びます。これが、太陽のような恒星や地球・木星・土星のような惑星の材料なのです!

 星間物質は、濃いところと薄いところができます。濃いところは万有引力の力で、まとまってゆきます。これが宇宙に漂う「雲」です。主成分が分子ガスなので、天文学者は「分子雲」と呼びます。

 これらの分子ガスで構成される星間物質は、光学望遠鏡では見えません。宇宙のあらゆる物質は電波を出しており、さらにその物質の状態によって出てくる電波の波長が異なります。そこで、電波望遠鏡を使って観測すると、この星間物質がよく観測できるのです。

 図2に、可視光で見たオリオン座と電波で見たオリオン座の比較を載せます。どうですか、全然違うでしょう?

3. オリオン座を観測する理由

 私自身、オリオン座の研究を主に行っています。オリオン座天文学者に人気です。星空にあまり関心のない人でもオリオン座は知っている人が多いです。なぜでしょうか?

(1)四角の中に「三つ星」があって、形が覚えやすい、(2)明るい星が多い、(3)(左上のベテルギウスを除いて)星が青白く、きれい、(4)オリオンの大星雲がある、といったところでしょうか。(1)は偶然ですが、(2)(3)(4)の事実は、実は天文学の研究においても、オリオン座が重要な理由です。オリオン座では重たい星が生まれているということです。

 おうし座生まれの人は、いらっしゃるでしょうか? 実は、私は、おうし座生まれです。おうし座がどこにあるか知っていますか? オリオン座の右上です。おうし座生まれの人でも、おうし座がどこにあるのか知らないという人が多いのではないでしょうか。オリオン座に比べて、おうし座は地味です(失礼!)。どの研究でもそうですが、比較研究が重要ですね!

4. 電波望遠鏡で探る宇宙の謎

 人間にも体重差があります。大人の人間で考えると、軽い人で40キロ、重たい人で150キロぐらいでしょうか。人間の大人の体重差は3倍程度。それが恒星の場合、大人の恒星で体重差がなんと1000倍、すなわち、3ケタもあります。人間で例えると、最も重たい人が150キロとして、最も軽い「大人の人」が150グラムという計算です。実際には、赤ちゃんが3000グラムぐらいなので、その20分の1。身近なものでは、ハムスターぐらい。このようなすさまじい体重差があるのです。そして、その理由がまだよく分かっていません。

 もう1つの謎は、双子率。人間の場合は双子、三つ子は少ないですが、恒星の場合は、双子・三つ子の方が多いのです。太陽は、少数派。オリオン座では、おうし座に比べて、双子率が低そうだという統計があります。

 3番目の謎は、星団。どうも星は、集団で生まれたり、孤立して生まれたり、いろいろな生まれ方をします。オリオン座の中心のオリオンの大星雲付近では、星が大量に(数百個程度)集団で生まれています。地味な「おうし座」ですが、おうし座にも、プレアデス星団(すばる)という若い星団があります。どこで星団が生まれ、どこでは孤立して生まれるのか?

 我々は、電波望遠鏡を用いて、このような宇宙の謎を調べています。どうですか? 面白いでしょう? 野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡で撮影した電波写真を図3に示します。

 もちろん、電波は目で見えないので、これは約10日間かけて観測した電波望遠鏡の観測データを計算機の中で解析して、画像にしたものです。

 このような研究を基にして、現在までに分かっているのは、おうし座に比べて、オリオン座の雲のかたまりは約100倍重たいこと。そして、重たい雲のかたまりが生じる理由は、雲の中の乱雑な運動(電波のドップラー効果で調べられます。「乱流」と呼びます)がオリオン座でより大きいからだと分かっています。オリオン座で重たい星が生まれるのはこれが理由のようです。

 また、オリオン座おうし座では、雲の回転の様子が異なるらしいことが、我々の研究で見えてきています。これは星の双子率のオリオン座おうし座での違いに結びついているかもしれません。今後の研究が楽しみです。

 星の集団での誕生については、私が野辺山45m電波望遠鏡の観測で、もうすぐ星団が生まれそうと同定していたオリオン座の中の場所を、研究指導した大橋聡史君(現 理化学研究所)が中心となってアルマ望遠鏡で観測し、雲のかたまりが数個に分裂している様子が見つかりました。数個の星が生まれる星団の誕生の場所が初めて克明に見えてきたのではないかと思っています。

 アルマ望遠鏡は、野辺山宇宙電波観測所での実績を基に、日本の国立天文台などが南米チリ標高5000mの場所に国際協力で建設した、人類最強の電波望遠鏡です。これまで最強の望遠鏡は、ハッブル宇宙望遠鏡(視力600)でしたが、アルマ望遠鏡はそれを10倍超える視力6000で宇宙の謎を探ることができます。

 野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡は、1982年に完成した当時、ミリ波という波長数ミリの電波を観測するミリ波望遠鏡として世界最大でした。現在でも、世界最大級かつ、世界最高齢の大型ミリ波望遠鏡です。人類の知的好奇心を満たすべく、これからも現役で頑張っていけるように頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。

 また、アルマ望遠鏡では、人類史上初めて惑星誕生の現場の観測に成功、最も遠い宇宙の観測の成功、ブラックホールシャドウの人類初めての撮像の成功など、わくわくする成果が出ていますので、こちらもあわせてご注目ください(https://alma-telescope.jp/)。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ブラックホールの写真、一体何を写したものなのか?

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図1:筆者が所長をつとめる野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡。ハイテク技術と、ブラックホールの発見などの電波天文学における成果によりIEEEマイルストーンに認定された。