筆者は相談現場でひきこもりのお子さんとお会いし、お話をする機会もあるのですが、皆さんそろって口にするのが「お金」の不安です。「親子でお金の話をするのはタブー」というのはもう昔の話。「お金」の見通しを親子でしっかりと共有する方が望ましいケースもあります。

長男に残せるお金は300万~400万円

「今は親のお金で何とか生活できていますが、親が死んでしまった後、お金はどのくらい必要になるのか分からず、とても不安です」

 あるご家族と面談していた際、ご長男(34)は視線を落としたままつぶやきました。

 お父さま(60)もお金の不安を口にされました。

「現在は(定年後の)継続雇用で働いています。給料は現役の頃の半分くらいになってしまいました。妻(59)はずっと専業主婦だったので、これから仕事を始める予定は今のところありません。長男にお金を残してあげたい気持ちもありますが、せいぜい300万~400万円くらいになりそうです。これじゃあ、どうしようもありませんよね…」

 しばらく、重苦しい沈黙が続きました。ご家族のお金に対する不安がひしひしと伝わってきます。そこで、筆者はこう提案しました。

「お金の不安ははっきりさせてしまった方がよい場合もあります。親亡き後、どのくらいお金が必要になりそうか、大まかに試算してみることにしましょう」

 ご長男が65歳から、親亡き後の生活を始めると仮定して、収入と支出の大まかな見通しをご家族の意見を伺いながら立ててみました。

【長男が65歳から一人暮らしを始めた場合の収入・支出】

■収入 公的年金 月額6万円(介護保険料天引き後と仮定)

■支出 月額12万円
(内訳)
基本生活費 月額7万円
家賃 月額5万円

82歳までに1224万円不足する計算

 作成した一覧表に書き込みをしながら、筆者は説明しました。

「収入の6万円から支出の12万円を引くと、月6万円の赤字になります。仮に、ご長男が平均余命の82歳まで生きたとして、65歳からの17年間、一人暮らしをする場合、6万円×12カ月×17年=1224万円不足します」

「結構大きな金額ですね…これだけのお金を長男に残せるかどうか」

 そう言ってお父さまは小さなため息をつきました。お母さまとご長男の顔にも不安の色が浮かんでいます。

「さて、大まかな不足額が分かったところで、ここからが本番です。これから将来に向けてどうすればいいのか、一緒に考えていきましょう」

 ご家族の不安を払拭(ふっしょく)するように、筆者は言いました。

「お金」の不安と向き合った長男の決断

 見通しを立てた後、ご家族とお話しながら「今後収入を増やせないか」「支出を減らせないか」などの検討をしていきました。すると、ご長男がぽつりとつぶやきました。

「やっぱり仕事をして少しでも稼げるようになりたいです…」

 ご長男は高校生の時に不登校となり、その後、自宅にひきこもるようになりました。今まで、アルバイトなどの仕事をしたことはないそうです。

 そこで、筆者は、月に数万円でも見通しは大きく改善するというお話をしてみました。

「仮に、1年後の35歳から仕事を始めて、60歳になるまで月3万円を貯蓄に回したとすると、3万円×12カ月×25年=900万円になります。親御さんが残せそうなお金と合わせれば、取りあえずの見通しは立ちそうです。ご長男に自信がついてもう少し稼げるようになれば、見通しはさらに改善しますよ」

 すると、ご長男は胸の内を語ってくれました。

「月3万円でもいいんですね。びっくりしました。今までは仕事というと『月20万円くらい稼げるようにならないとダメなんじゃないか』というイメージが頭の中にありました。それが自分にはものすごいプレッシャーで『そんなの無理』といつも思っていました。だから、何をしても無駄だと勝手に諦めていました。でも、今のお話で『何とかなりそうだ』という気持ちも少しは出てきました」

「仕事を始めることに自信がない場合、若者サポートステーションなど就労を支援してくれる施設もあります。最初は小さな一歩でいいので、できることから始めてみてくださいね」

はい。そうしてみます」

 ご長男は控えめな笑顔でそう言いました。

 今回のご家族のように、親子で将来のお金の見通しを共有することで、お子さんが新たな一歩を踏み出そうとするケースもあります。お金の見通しを共有する際のポイントは、将来を悲観するのではなく、できるだけ前向きになるようにご家族で話し合っていくことだと思います。

社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田裕也

お金の見通しを共有することが、新たな一歩につながることも