以前、「IT業界の新人には、パソコンに触れたことのない人もいる」という趣旨のSNS投稿が話題になりました。「うそでしょ」「信じられない」といったコメントが多く寄せられ、衝撃を受けた人の多さがうかがえました。しかし、パソコンができないのにIT業界に来る若者は、実際にいます。なぜ、そのような人がいるのでしょうか。そして、パソコンができないのにIT業界に入った人はその後、どのような道を歩むのでしょうか。業界の実情をご紹介します。

IT業界は「人月商売」

 そもそも、なぜ、パソコンができないのにIT業界を志望する若者が存在するのか、疑問に思う人も多いでしょう。原因の一つは、IT業界の慢性的な人手不足です。企業側は、人材を一人でも多く獲得したいと考えているため、若者が入社を希望すれば、たとえパソコンが使えなくても採用するのです。

 その背景には、IT業界におけるシステム開発の「人月(にんげつ)商売」があります。システム開発に必要な費用を「金額」ではなく「人月」で表し、1人の人材が1カ月でこなせる作業量を「1人月」という単位で数えるのです。個人の能力で計るのではなく、1人当たりの単価が決まっており、チーム全体としての仕事を評価し、対価を支払うのです。

 人月商売で最も重要なのは、メンバーの頭数をそろえることです。そのため、パソコンスキルの有無にかかわらず、「頭数をそろえるための人材」が必要となります。そのさまは「人身売買」とやゆされることもあるほど。

 チームの仕事ができてさえいれば、「一人一人がどれだけの仕事をしたか」という細かいところまでは問われません。つまり、実際には、仕事のできる技術者が新人の何倍も働くことで新人の足りない分を補い、トータルの仕事量を維持しているわけです。

 このような構造があるため、中間層の人材は独立してフリーランスになり、企業には能力が高い人材と新人のみが残る傾向にあります。

パソコンが使えない社員は何をしている?

 パソコンの使い方を知らずにIT業界を志望し、「頭数をそろえるための人材」として雇われた社員は、実際の現場でどのような仕事をしているのでしょうか。

 そもそも、「クリック」「ダブルクリック」「コピペ(コピー・アンド・ペースト)」といった基本的な用語すら通じない場合は、言葉や指示が理解できないので、最初の段階で作業自体が難しくなります。意味の分からない単語や文章があれば、辞書を引く回数が増える上、タイピングが遅いと入力に時間がかかるため、仕事がなかなか進みません。教えている方もイライラするので、作業を隣で見ていてもらうのがよいのですが、それさえ先輩の操作が速すぎて追いきれず、メモすらろくに取れないという状況に陥ることもあります。

 そうした人材は、単純作業や、現場の補助的な作業をさせられる場合が多くなります。教える時間を取った方がコストがかかるので、結果的に“座っているだけ”の時間が長くなりがちです。人によっては、大きな苦痛を伴うことになるでしょう。

 配属されるプロジェクトによっては、放置されたことで入社半年後も学生の時と変わらないスキルの人もいます。スキルが上がらないので、次の現場でも補助的な作業をさせられることになります。これを繰り返す悪循環に陥る人もいますが、企業側としては、そうした人材でもお金を稼げる現場に入れてしまうので、抜け出すのが難しくなるのです。

先輩に恵まれれば成長できる

 では、パソコンができないのにIT業界に入った人が実際に働き始めてから、パソコンの知識や技術を習得することは可能なのでしょうか。

 筆者は、たとえパソコンができなくてIT企業に入った人でも、会社の先輩に恵まれれば、伸びる可能性はあると考えています。先輩が「興味のスイッチ」を入れてくれて、パソコンが面白いものだと気付くことができれば、「知りたい」「勉強したい」という意欲が湧いてくると思います。実際に、先輩の丁寧な指導で、技術力がどんどん身に付く人がいます。

 もちろん、自ら勉強することも必要です。自分で勉強するからこそ、知識や技術は身に付いていくものです。積極的に学ぶ人には、確実に伸びるポテンシャルがあります。パソコンができなくても、IT業界に入って成長したいと思う人は、新人を育てようとする高い意識のある先輩がいる会社かどうかを見極めることも大事なのではないでしょうか。

ITジャーナリスト 久原健司

パソコンができないのにIT業界に入ったら…