人口世界第4位、その88%がイスラム教徒と世界最大のイスラム人口を擁する東南アジア諸国連合ASEAN)の大国インドネシアが揺れている。

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 4月17日に投票が行われた大統領選挙で選挙管理委員会(KPU)によって続けられていた開票作業が終了し5月21日に正式な集計結果が発表された。現職のジョコ・ウィドド大統領が55.50%、約8561万票を集め、全34州中21州で多数を占め、再選続投が決まった。

独自調査を基に「勝利宣言」する候補者

 これに対し対抗馬の元陸軍戦略予備軍司令官で野党グリンドラ党のプラボウォ・スビヤント氏は44.50%、約6865万票と13州での勝利にとどまり、2014年の大統領選に続いて一敗地にまみれた。

 KPUという公の機関が投票後約1カ月もかけて行った綿密で厳正な集計で決まった大統領選の結果だが、プラボウォ陣営は「選挙に不正があった」としてこの結果の受け入れ拒否を表明したことが、KPU発表を受けた5月21日、22日にジャカルタの一部で騒乱状態が起きる原因となった。

 そもそもプラボウォ氏は投票前の世論調査で不利が伝えられた時点から「世論調査結果は操作されており、信用するな」と早くも牽制し、4月17日の投票直後から複数の民間調査機関が伝え始めた「結果速報値」でも軒並み劣勢となったのを受けて「自陣営の独自調査では60%を獲得して勝利している」と一方的に勝利宣言して、「プラボウォ内閣の閣僚名簿」まで発表、勝利確信を支持者に訴えた。

 こうした「迷走」にも関わらずテレビや新聞で連日伝えられるKPUの開票状況でもプラボウォ氏の獲得票は常にジョコ・ウィドド大統領に10ポイント前後水をあけられ、その差が大きく縮まることは最後までなかった。

デモ参加者に現金

 当初KPUの集計結果は22日が予定され、同日に合わせてプラボウォ陣営、支持派は大規模なデモを予定していた。「選挙の投票、そして開票で多くの不正があった」と訴えて選挙のやり直しを求める国民的運動へと拡大することを狙って、フィリピンマルコス独裁政権を打倒したことにちなむ「ピープルパワー」を掲げたのだった。

 ところが、KPUの結果発表が1日早まり、21日午後から夜にかけてジャカルタ中心部タムリン通りに面した選挙監視庁(Bawaslu)とKPUのあるメンテン地区に多くの群衆が無統制に集まり、一部が警備警戒に当たる警察・軍と衝突、騒乱状態になった。

 タムリン通りにつながるタナアバン地区では21日深夜から22日未明にかけて群衆が警察施設や車両、屋台などに放火するなど暴徒化し、混乱の中で市民6人が死亡する事態となった。

 タムリン通りでも投石、花火に警察は催涙弾、放水で対抗、多数の負傷者と逮捕者を出した。

 警察は逮捕したデモ参加者から多数の白い封筒を回収、中に現金30万ルピア(約2300円)が入っていたことから「デモ参加者は政治的動機とは無関係の手当てをもらって周辺地域から駆けつけた貧困層住民である」と発表。

 さらに複数死者の死因が銃撃によることに関し「治安部隊は今回の鎮圧で実弾を所持していない」と治安部隊側の発砲を否定、群衆から押収したという拳銃や小銃、実弾を会見で示して「事態を悪化させようとするプロボカトールの犯行」を印象付けた。

インドネシアのプロボカトールの正体

 1998年のスハルト長期独裁政権を打倒した民主化運動の高まりの中でよく使われたこの「プロボカトール」とはデモや集会で市民に紛れ込みアジテーションや投石、あるいは刃物や銃器を使用して事態を悪化させ、治安部隊との衝突を「演出」させる「扇動者」のことで、集団で同時多発的に事態悪化を企図することで知られている。

 今回再びその「プロボカトール」という一定年齢以上の国民には懐かしくもおぞましい言葉が出たことで、騒乱の構造が垣間見える。

 インドネシアで武器や爆弾を所持できるのは本格的なテロ組織と治安部隊だけであり、チンピラや不法集団程度では火炎瓶、刃物がせいぜいである。つまりプロボカトールは退役したかあるいは現役の警察官、兵士ないしその関係者であることが大半であるのだ。

 目つきが鋭く、短髪で体格も引き締まり、符丁を用いた独特の会話などがプロボカトールの特徴とされ、武器の入手が容易であることも警察官・兵士が「扇動役」を果たしているとされる裏付けとされる。

 もちろん黒頭巾やマスクで人相を隠し、正体は絶対に暴露されない細心の注意をしているので、プロボカトールが逮捕されることもその正体が明らかにされることもない。

 タナアバン地区では21日の午後9時過ぎには一般のデモ隊は解散したが、その後深夜にかけて突然現れた約100人が過激な行動に出て騒乱状態に陥ったといわれ、この集団がプロボカトールに率いられた一群だった可能性が極めて高いと指摘されている。

イスラム教徒一部の先鋭化

 デモには多数の白装束に身を固めたイスラム急進派の人々も多く参加していた。その多くは「イスラム擁護戦線(FPI)」に所属する人々で、指導者のハビブ・リジック・シハブ師はポルノ法違反などで容疑者認定されて、現在サウジアラビアに「逃亡中」だがプラボウォ氏とは懇意。プラボウォ氏は選挙期間中「大統領になったら指導者を迎えに行く」とまで公言していたほどの仲である。

 今回の大統領選を通じてインドネシアイスラム教が二分化されたとの指摘があるが、それはあくまで旧来からの「穏健派と急進派」という構造がより鮮明化し、急進派がさらに先鋭化したというのが正しい見方だろう。

 プラボウォ支持派はFPIや若者層に「強いイスラム」、そして最終的には「イスラム中心の社会改革実現」を目指し、現在スマトラ島北部のアチェ州でしか適用されていないイスラム法(シャリア)の汎用を企図しようとしていた。

 だがそれは大多数を占めるイスラム穏健派には受け入れらないことで、特にジョコ・ウィドド大統領と組んで副大統領候補となったマアルフ・アミン氏はイスラム教穏健組織を束ね、一致団結させる重要な役割を果たしたといえる。

 従って21、22日の大規模デモに参加したのはFPIを中心とする一部急進派に留まり、イスラム教徒を糾合するような大規模な運動には宗教的な面でも発展しなかった。

 そういう意味ではジョコ・ウィドド大統領が次の5年間で修復しなくてはならない国の分断化は一部先鋭化したイスラム急進派を抑えこみながら多数のイスラム穏健派と社会的少数派といわれる国民の間で鮮明になった2極分解である。

 国是「多様性の中の統一」そして「寛容」が宗教的、民族的、性的少数者などへの普く倫理規範ではなく、イスラム教徒によるイスラム教徒のためのものになり下がってしまった実情をどう解決していくかが問われることになるといえる。

急務の課題は両者の「和解」

 デモ参加者に現金の封筒を配った黒幕は誰なのか、投石用の石や瓦礫を積んだ車はプラボウォ氏が率いる「グリンドラ党」の医療支援車だった。開票結果発表前に押収された投票前の大量の投票用紙の宛先はグリンドラ党関係者だった。

 プラボウォ氏は陸軍時代、民主化運動活動家を拉致、拷問した秘密部隊「バラ部隊」に関わっていた疑いで陸軍を追われた経緯があり、当時の関係者がプラボウォ氏周辺で暗躍して「汚れ仕事」や「闇の任務」を請け負っているといわれている。

 こうしたことから今回の騒乱状態の背後関係は、大方の予想は「プラボウォ氏」とされている。しかし、実態はプラボウォ氏の思いを忖度した周辺で暗躍する退役あるいは現役の治安関係者とみるのが妥当である。

 それだけにユスフ・カラ副大統領らが中心となって仲介中とされるジョコ・ウィドド大統領とプラボウォ氏の直接会談による「和解(リコンシリアシ)」で事態の収拾を図ることが目下の急務であり、その実現が新たなジョコ・ウィドド大統領の船出に灯る赤信号を、青信号に変える重要な契機となることだけは間違いないだろう。

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5月22日、ジャカルタの選挙監視庁(Bawaslu)本部の近くで抗議する人々(写真:ロイター/アフロ)