先日公表された金融審議会市場ワーキング・グループによる「高齢社会における資産形成・管理」報告書(案)がちょっと話題になりました(https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/market_wg/siryou/20190522/01.pdf)。

JBpressですべての写真や図表を見る

 国が公的年金の限界を認めて個人の自助努力を呼びかけたことが大きな理由です。ほかにも本報告書では「資産寿命」の延ばし方と心構えを提案。金融機関に対しては顧客本位の業務を徹底するよう促す内容になっています。

 公的年金の限界は以前から指摘されていたことです。国がそれを認めたことの是非はさておき、筆者が気になったのは「資産寿命」という言葉です。

資産寿命を伸ばして安心したいが

 本報告書によると資産寿命とは、「『生命寿命』や『健康寿命』と関連して、老後の生活を営んでいくにあたって、これまで形成してきた資産が尽きるまでの期間。資産寿命が尽きた後は年金などのフローの収入のみで生活を営んでいくこととなる。」とあります。 

 最近の統計では日本人の平均寿命は男性81歳、女性が87歳。一方の健康寿命(寿命において健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)は男性72歳、女性75歳とされており、それぞれ9~12年の差があります。老後資金は長く働くことで準備したいと考えても、現実的に難しい期間があるわけです。多くの人はできるだけ資産寿命を延ばして、安心して老後生活を迎えたいと考えるはずです。

高齢社会における資産形成の心構えを提案

 NPO法人日本ファイナンシャル・プランナーズ協会(日本FP協会)がまとめた「世代別比較 くらしとお金に関する調査2018」によると、資産寿命を延ばすために必要だと思うこととして、「現役で働く期間を延ばす」(41.3%)、「生活費の節約を心がける」(40.9%)、「健康に気を配り医療費を削減する」(31.5%)、「若いうちから少しずつ資産形成に取り組む」(29.2%)、「共働きや副業で収入を増やす」(25.6%)などが挙げられています(n=1200、複数回答可)。

 本報告書ではこれらの調査結果を踏まえながら、高齢社会における資産の形成・管理での心構えを「現役期」「リタイヤ期前後」「高齢期」に分けて提案しています。

 現役期は「長寿化に対応し、長期・積立・分散投資など少額からでも資産形成の行動を起こす時期」、リタイヤ期前後は「リタイヤ期以降の人生も長期化していることに対応し、金融資産の目減りの防止や計画的な資産の取崩しに向けて行動する時期」、高齢期は「資産の計画的な取崩しを実行するとともに、認知・判断能力の低下や喪失に備えて行動する時期」と定義しています。

 たとえば、現役期の具体的な対応策として以下の4点を挙げています。(1)早い時期から資産形成の有効性を認識する、(2)少額からであっても安定的に資産形成をおこなう、(3)自らにふさわしいライフプラン・マネープランを検討する、(4)長期的に取引できる金融サービス提供者を選ぶ――。それぞれに具体的な説明がついており、なかなか踏み込んだ内容となっています。

長期投資のメリットを信じられるか

 筆者が本報告書を読んで改めて感じたのは「長期投資」の意味です。

「長期・積立・分散投資をできる限り早めに始めて『時間』を味方にした資産形成をおこなうことが、特に有効に作用するものと考えられる」(現役期)。

「高齢社会では、リタイヤ後もまだ20~30年の人生が続くことを前提に、中長期的な資産運用(長期・積立・分散投資など)の継続・実行とその後の計画的な取崩しの実行が挙げられる」(リタイヤ期前後)。

 平均寿命が伸びて、老後生活の期間が以前より長くなりました。それに伴い準備したい資金も増えることになります。一方で、投資期間を以前より長くすることも可能になったわけで、まさに「時間を上手に活用して資金寿命を伸ばす」ことがより大事になっています。

 一般にいわれる長期投資のメリットは、(1)投資期間が長くなるほど、収益のブレが小さくなり安定する、(2)収益を再投資していくことで複利効果が得られ、さらなる収益拡大が期待できる、あたりでしょうか。投資対象を分散させながら積み立てで長期投資して収益を待つのが、個人の資産運用の基本です。しかしながら、その長期投資の効果を本当に信じている人はどのくらいいるでしょうか。

株価はなぜ長期的に上がるのか

 資産運用は結果、つまり残した金額がすべてです。積立・分散投資を30年間おこなったとして、安定していたとしてもその結果が損益プラスマイナスゼロ付近では意味がありません。複利効果が期待できるといっても、最終損益がマイナスだったら複利も何もないのです。

 確かに過去の実績では、長期投資によって資産が増えることが見て取れます。たとえば、東証株価指数(TOPIX)が設定されたのは1968年1月。TOPIXは設定時を100として指数化されており、50年以上経った現在まで15倍以上になっています。ざっと計算して、年率平均5.6%程度の利回りということになります(税金などのコストは考慮しない複利として)。

 株価は短期的に上下しながら、長期では上がっているのは事実。ではなぜ、株価は上がるのでしょう。構造的に上がる仕組みになっているのでしょうか。その理由に納得できれば、安心して長期投資に臨むことができるはずです。

企業と人の経済的欲求が株価上昇の源泉

 株価には理論的に適正と思われる価格が存在します。理論価格や適正価格などと呼ばれ、M&A(企業の吸収・合併)などで用いられています。適正株価は企業の経済的価値を1株あたりに換算したものととらえ、「企業が現在保有する資産」と「将来稼ぐであろう利益」を加えたものとされています。

 ニッセイ基礎研究所金融研究部の井出真吾氏は、長期的に株価上昇が期待できる理由を、適正価格を使って次のように説明しています。

「株式の適正価格は、自己資本(資本金や過去に稼いだ利益の蓄積など)と将来の予想収益(現在価値に換算)の合計で決まる。一般に企業は稼いだ利益の一部を自己資本に加算する。赤字が続かない限り長期的には自己資本が増えるので、株価も上昇するということだ」

(*)「若い世代の資産形成 Part2」(基礎研レター2019年5月16日)より

 企業が自己資本を使って、より売り上げを高め利益を増やす活動をおこない、そこで得た利益をまた自己資本に加えて利益を増やす努力をする。この繰り返しが事業であり、その集合体が経済活動ということなのでしょう。つまり、企業とそこで働く人びとの、より豊かになりたいという経済的欲求が源泉となって株価を長期的に押し上げていくというわけです。

株価は上がると楽観的に信じる

 筆者自身はこの説明を目にしたとき、なるほどと思いました。もちろん、これは理論上の説明であって、実際には赤字続きの企業もあるし、適正価格とかけ離れた評価(株価)になっている企業もあります。だからこそ、個別銘柄に投資するよりもインデックス投信などで分散しながら長期投資することに大きな意味があります。

 長期投資を継続するポイントは、株価は長期的に上がると信じること。そのベースになるのは、資本主義経済における企業と人間の欲求です。まさに、アダム・スミスが「国富論」で提唱した市場経済の自動調節機構「神の見えざる手」。株式市場を活用した長期投資には、株価には暴落や低迷期もあるがいつかは必ず上がると信じる楽観的な視点が欠かせないのかもしれません。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「投資初心者向け」という言葉には要注意

[関連記事]

老後生活に必要な月額生活費はいくら?

好調なリート、その理由と今後の使い方