樹脂素材の適度な弾力性と高い復元力を寝具に活用し、大ヒットしている高機能マットレス「エアウィーヴ」。

 あの浅田真央錦織圭といった一流アスリートが、長年愛用していることでも知られており、JAL国際線のファーストクラスビジネスクラスにも導入されている。

 こうした実績の増加に伴い、エアウィーヴ社の売上高は、2010年度の年間4億円から、2018年度には144億円までに成長した。まったくの異業種から寝具業界に本格参入し、成功を勝ち取ったのが、代表取締役会長兼社長の高岡本州氏だ。

エアウィーヴ
エアウィーヴ代表取締役会長兼社長、高岡本州氏
 2016年11月の「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」では見事日本代表にも選ばれた、寝具業界の風雲児が「道のりは平坦ではなかった」と語る、紆余曲折に満ちた高岡会長とエアウィーヴの軌跡とは? 本人に聞いた――。

「地方の小さな戦国大名の跡取り息子」だった

――異業種からノウハウゼロで参入。しかも画期的な寝具をイチから開発して、大ヒットさせるなんて、まるでドラマのような展開です。

高岡本州(以下、高岡):もともとは父親が創業し、コツコツ経営していた日本高圧電気という配電機器メーカーの二代目社長をやっていました。父親から会社を受け継いだのが37歳の頃でしたが、後に伯父が経営する樹脂成型機(釣り糸を作る機械)の製造会社も任されることになります。ただ、競合他社に押され、市場には活気がなく、事業継続は厳しい状況でした。

――若くして、火中の栗を拾うような厳しい局面に立たされてしまったんですね。

高岡:私は、三河(愛知県)の生まれの人間。言うなれば、地方の小さな戦国大名の跡取り息子みたいなものでした。伯父の会社が倒産して伯父が保有する日本高圧電気の株式が外部に流出してしまえば、日本高圧電気の経営に悪影響を与えるのは、火を見るよりも明らかでした。

 父と一族が築き上げた会社、そこで働く従業員たちの生活を、私が守らなければなりません。当時、「このまま伯父の会社を潰してはいけない」と思ったのを今でも覚えています。

樹脂成型機のメーカーから寝具業界に参入する転機

ベッドマットレス
ベッドマットレスS03(構造図)
――高岡会長の感じた大きな逆境がエアウィーヴを生み出すきっかけになったと。

高岡:今にして思えばそうかもしれません。それで状況を打開すべく、いろいろ思案して辿りついたのが寝具でした。

――どうして樹脂成型機からいきなり寝具に?

高岡:若い頃の交通事故が原因で、長年、ムチ打ち症を患っていて、ベッド用品では何かと苦労した経験がありました。また、伯父の会社は釣り糸や漁網を作る成型機を生産していたのですが、クッション材を作る技術も持っており、「このクッション材に技術改良を加えて、良質なマットレスを生産することができる」と思ったのです。うまくいけば、我々のような新規参入組でも受け入れてもらえる余地があるかなと。

予想以上だった「寝具業界の壁」

エアウィーヴ
反発力の強い素材はまったく受け入れてもらえなかった
――なるほど

高岡:ところが、全然ダメでした。最初は素材を寝具メーカーや家具メーカーに売り込もうとしたのですが、当時の主流は低反発のウレタン素材。我々が取り扱う反発力の強い素材はまったく受け入れてもらえませんでした。

 そこで、1年かけてエアウィーヴを開発しました。しかし、そこでもつまずいてしまいました。なぜなら寝具業界でモノを言うのは、長年かけて培った会社のブランド力と、売り場面積確保のための販売チャネル。いくら店舗に営業をかけても、参入障壁は高く、新参者が意気揚々と入り込める売り場スペースはなかったのです。

――普通ならその段階で諦めてしまいそうです……。

高岡:いやいや、一族と社員の命運がかかっていますから(笑)。そこで、我々は徹底的なプルマーケティングを実施しました。つまり、自発的に話題作りをして、こちらからプロモーションを仕掛ける戦略です。

 まず手始めに、国立スポーツ科学センターというオリンピック選手がよく訪れるスポーツ科学の中枢施設に、エアウィーヴを置かせてもらえるようにしました。すると、あの北島康介選手が使ってくれるようになって、すごく良い評価をいただけた。「有名アスリートの反応=商品実績」を活用して、寝具売り場の責任者を説得するんです。

「北島康介選手のお墨つき」から徐々に勢力を拡大

――あの北島康介選手から太鼓判を押してもらえれば、寝具売り場にも入り込めそうです。

高岡:わずかな面積でもいいので売り場を確保できれば、「エアウィーヴってなんだ!?」とウワサを聞きつけたテレビ局や新聞社が取り上げてくれる。そうすると、翌日には商品知名度がアップしているので、次は大丸や松坂屋といった業界大手の売り場面積も確保できる。そうやって、少しずつエアウィーヴユーザーを増やしていきました。

――まさに三河から天下を統一した徳川家康のように、逆境に耐えながらジワジワ勢力を拡大していったんですね。

高岡:だから、2007年に創業して、最初の3年間はとにかくブランディングに必死でした。もちろんその間は収益なんてほとんどありませんから、私個人の名義でも借金があり、本当に大変でした(笑)

 2010年にようやく売上高が3億円を超えたんですが、2011年浅田真央さんにブランドアンバサダーになっていただいたこともあり、ブランディングの効果が一気に売上高となって現れ、2014年には100億円を突破するまでに成長しました。

2020東京オリンピックに焦点を絞る

エアウィーヴ

――そこから海外展開もされていますよね。

高岡:そうなんです。でも、海外展開は本当に難しい。実は2016年アメリカでエアウィーヴの市場を作ろうと20億円投資しましたが、マーケティングの段階で失敗してしまいました……。まあ、豊臣秀吉の朝鮮出兵ではありませんが、意固地になって二度やると豊臣家も滅びてしまいましたからね。とりあえず今は1回でやめとこうと判断しました(笑)

――今後の展開などがあれば教えてください。

高岡:実は今、2020東京オリンピックで使われる寝具に、エアウィーヴを提案させてもらっています。それと、2019年から病院・介護向け寝具の世界にも進出しまして、日本最大の床数を抱える藤田医科大学病院にエアウィーヴが導入されました。

 ですから、将来的に再度海外進出があるとすれば、国内の新規事業で体力をしっかり蓄えてから、2020東京オリンピック以降に改めてチャレンジしたいという野望はありますね。

<取材・文/永田明輝 撮影/林紘輝 画像提供/エアウィーヴ

【永田明輝】

関西でよく売れていた某実話誌の編集を経てフリーライター化。愛好するジャンルは裏社会・心霊オカルト陰謀論フィギュアおもちゃなど

エアウィーヴ代表取締役会長兼社長、高岡本州氏