海外旅行へ向かう空港の受付、帰省先へ急ぐ駅のホーム、渋滞中のサービスエリアの車中で、満面の笑みを浮かべる父(夫)、母(妻)、そして子。10連休中には、そんなほほ笑ましい家族が何度もテレビの液晶に大写しになりましたが、一方で、休暇先で父や子が不在という家族も一定数存在します。不在の理由は、仕事の都合がつかなかったからではありません。今回取り上げるのは、夫婦げんかの末、別居に踏み切ったケースです。

 ところで「婚費(こんぴ)」という言葉をご存じでしょうか。正式には婚姻費用といい、夫婦が別居している場合、収入の多い側が少ない側に渡す生活費のことで、ほとんどの場合は夫が妻に支払います。妻が夫から生活費をもらえるのは、内助の功があるからこそ。別々に暮らし、夫の食事を作らず、夫の服を洗わず、夫の部屋をきれいにせず、もらえるものだけもらえるのだから、「いい身分」だと思われるでしょうか。

 もちろん、別居中の夫婦には離婚が視野に入りますが、生活費は、別居ならば妻と子、離婚したら子だけなので、生活費を最大化したいならば、離婚しない方が得策なのは言うまでもありません。

 しかし、筆者の元には、「生活費を払ってくれない」という妻からの相談が過去474件あります。過去の相談者を都道府県別に分けると、生活費を渡さない夫の県民性が見えてきます。例えば、大阪在住の夫(31件、6.5%)は金に対する執着が人一倍強く、一度握った金は二度と離さないという感じで、自分の金は使わないのに人に金を使わせようとする傾向があるようです。

 そして近年、公務員の飲酒事件や不祥事が多発している福岡(16件、3.3%)では、やはり酒に溺れる夫が多く、酒代がかさむので常に金欠状態。そして、酒にまつわるトラブルも多く、酒乱に愛想を尽かした妻子に逃げられるというのが典型的なパターンです。

 まずは、大阪出身の夫に悩まされる川野里奈さん(42歳、仮名)の苦悩を紹介しましょう。

妻の財布をチェックするのに、自分は無駄遣い

「私は再婚です。二度と離婚したくないと思い、耐えてきました」

 里奈さんは、そんなふうに苦しい胸のうちを吐露してくれました。里奈さんは20代の頃に離婚を経験しており、同じ過ちを繰り返したくないという一心で、我慢に我慢を重ねてきたのですが…。

 大阪出身の夫(36歳)はとにかく束縛が強いタイプ。例えば、夫と一緒に住んでいた時は、少しでも機嫌を損ねると「携帯を見せろや!」と大声を出し、里奈さんのスマホを奪い、「パスワードを入れろ! しばいたろか!!」と詰め寄るだけでなく、里奈さんの銀行の通帳やスケジュールの手帳、手持ちの財布をこっそりチェックした痕跡も残っていたのです。さらに、「勝手なことをすなよ!」と、里奈さんが母親や女友達に会うことを制限するようになり、里奈さんは精神的に追い詰められていったのです。

「私が(毎月の携帯代を)3000円で我慢しているのに、あっちは好き放題使って2万円を超えている月もあるし! シャワーも20分くらい出しっぱなしだし!」

 里奈さんは、ネット上のフリマオークションで安物を探すそうです。しかし、夫は何食わぬ顔で新品を買ってくる始末。携帯代や光熱費無駄遣いしているに、自分の浪費を棚に上げて家計の節約を強いる夫を、里奈さんは許せませんでした。しかし、里奈さんが少しでも文句を言おうものなら大変。大阪出身で弁の立つ夫に「たいがいにせいや! 扶養から外すぞ!!」と一喝され、黙り込むしかなかったのです。「このままじゃ、生活費や教育費で手いっぱいで老後資金なんてたまりませんよ」と里奈さんは嘆きます。

「(夫と)会うのが嫌なので、8時半まで帰らないでほしいと伝えました」

 里奈さんは夫の束縛から逃れるべく、夫が帰宅する前に食事や入浴を済ませ、帰宅後は自室に隠れるという形で距離を置いたのですが、一緒に暮らしている夫婦が顔を合わせないのは明らかに異常です。里奈さんは、だんだん食事が喉を通らなくなって食が細くなり、わずか3カ月で体重が6キロも減ってしまったそう。

「6キロも痩せちゃったんだよ」

 食費の増額を期待した里奈さんは皮肉交じりに伝えたのですが、ケチな夫は「ああ、そう」という感じで相手にされなかったそうです。

病気の息子のために増額を望むも…

 ところで、里奈さんの夫はどのような人物なのでしょうか。1浪して医学部に入学し、卒業後は母校の大学病院に就職して年収は1500万円。毎月の手取り額は60万円超なので、わざわざ妻に圧力をかけて家計を締めさせ、お金を浮かさなくてもよさそうですが…。

 いよいよ、里奈さんが我慢の限界を迎えようとしていた矢先、束縛生活は思わぬ形で終わりを告げたのです。どうやら、夫は勤務先の同僚である看護助手の女と付き合い始め、女の家に入りびたり、自宅へ全く戻らなくなったのです。結果的に、里奈さんはようやく恐怖の対象である夫の存在から解放されたのですが、安堵(あんど)の時間もつかの間。今度は、お金の問題が降りかかってきたのです。

「(毎月)30万円はないと足りないのに、向こうで好き勝手やっているみたいで…」

 夫は里奈さんにクレジット式の家族カードを使わせる形で生活費を渡していたのですが、クレジット限度額は30万円。しかし、夫の利用額が20万円を超える月もあり、里奈さんが自由になる金額は10万円に満たないこともあったのです。

「息子(12歳)は重度のアトピー性皮膚炎があり、診療や治療、食事面でも特別な配慮が必要で出費もかさむため、少しでも増額してほしいんですが…」

 里奈さんは涙ながらに訴えますが、息子さんの学費として毎月20万円(私立の一貫校の寮に入っているため)、住宅ローンとして毎月13万円、自宅の水道光熱費として5万円、インターネット代として毎月3万円は夫の口座から引き落とされているので、「ほんまによく言うわ! 通帳から落ちている分があるから無理やろが!!」と夫は首を縦に振らなかったそう。元々、アトピー持ちなのは夫ではなく里奈さんなので、夫が「俺には関係がない!」と責任を転嫁してきても里奈さんは何も言えなかったそう。

 夫は、毎月20万円を何に使っていたのでしょうか。恐らく、女の気を引くためのプレゼント代、愛し合うためのホテル代、そして、飲酒中に移動するための交通費なのでしょう。「彼女のためなら」と大盤振る舞いを続けている最中、里奈さんが「息子のために!」と連呼したところで夫は何食わぬ顔でこう言うはず。「ないものはない!」。なぜなら、夫は「なぜ、お金がないのか」に気付いていないなのだから。このように考えると、婚費を増額したいのなら、女を詰問し、不倫を解消させ、出費を停止することが先決です。そうすれば、浮いた不倫デート代を婚費に回してもらうことができるかもしれません。

「私が(息子を)育てていくんだから、けちをつけないでほしいです。現在の状況は夫のわがまま。こんなこと(不倫)がなければできた生活と同レベルの生活を保証すべきじゃないですか」

 里奈さんは正論を重ねますが、仮に夫が「嫁に見つかったから」という理由で別れを切り出し、女の家から追い出され、行き先に窮したとして…本当に妻子のところへ帰ろうとするでしょうか。「どの面下げて戻っていいか分からない」と気まずい気持ちが先立てば、実家に戻ったり、ワンルームを借りたりする可能性が高く、また、自尊心や社会的地位、収入の高さを考えると、里奈さんに頭を下げたくないはず。

 里奈さんは夫という存在を失い、父親不在の子育てを余儀なくされることが予想されるのですが、夫は「衣食住を共にする」という父親の役割すら果たそうとしないのだから、せめてお金は出すべきでしょう。里奈さんの切なる願いが、守銭奴の夫の心に届くことを祈るばかりです。

※「下」に続く

露木行政書士事務所代表 露木幸彦

夫が婚費を払わずに悩む女性も多い…