2017年に第一子を授かり、パパとなった、お笑いトリオロバート山本博さん。息子くんとの生活の中で感じた「?」や「!」をマンガに描き、昨年7月からインスタグラムで発信。そのイラストをもとに、山本さんがパパ芸人ならではの気づきを綴る本連載。第30回は、山本さんとボクシング続編。ボクシング愛と、父親としての在り方について語っていただきました。

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■せっかくプロボクサーになったのに……
運動不足解消のために、と始めたボクシング。でも、ジムの会長から「お前は天性のハードパンチャーだ」とおだてられ、自分でも、「俺、センスあるわ!」とのめり込んでいった話を前回しました。今回も引き続きボクシングについて。プロボクサーとしてデビューした経緯から話をさせてください。

自分でいうのもなんですが、すっごくいい試合だったんです!ジムで教わる以外にも、自分で工夫して練習を重ねたらどんどん上手くなって、プロボクサーのライセンスを取ることができました。

でも、おかげさまで本業の芸人の仕事が忙しく、ライセンスはあるのに一度も試合をしないまま、36歳になろうとしていました。

プロボクサーって、ルールで37歳になったら引退しなきゃいけないんです。せっかくライセンスを取ったのに何もできないまま失効はしたくない。もうこれは無理矢理やるしかないな、と試合実現に向けて動き始めました。

デビュー戦KO勝ち。山本博・幻の新人王説
36にもなって体が動くのか?今まで通りの仕事しながら、満足のいく練習はできるのか?と正直不安は大きかったです。でも、もしやらなかったとしたら、自分が60歳になったときに過去の自分を振り返って、「いやお前、あの1年がんばっときゃよかったじゃん」とぼやくはず、と思ったんですよね。

会長も、「お前が本気で戦えるレベルに戻せるんだったら試合を組むぞ」と言ってくれて、36歳の最後の1年をかけて、試合を実現させるために本気になってトレーニングを積んだんです。

そして2014年11月26日ボクシングの聖地・後楽園ホールでの試合がついに実現しました。相手も新人で、デビュー戦同士の試合。でも、10歳も年下の選手だったので、もうエネルギーが全然違いました。

それでも、僕はなんとKO勝ちを収めることができたんです。さらに付け加えると、その相手、僕に負けたあとは8戦8勝8KOで、東日本スーパーフェザー級新人王に輝いたすごいボクサーなんです。

彼のおかげで、僕としては「幻の新人王?」みたいな気持ちにさせてもらってます(笑)。今、その彼は「ジロリアン陸」というボクシングネームで頑張っています。彼が有名になってくれればくれるほど、自分もがんばった甲斐あったなって思えるので、今も彼の試合は応援に行っています。

■在りし日の映像の力で、父親としての威厳を見せたい
ボクシングを経験したことで、今、夢中になっている子育てに生きることがあるとすれば、息子にいつか自慢できること、ですかね。僕が父親になったのは38歳のとき。なかなかのおっさんです。今は問題ないですけど、息子がもう少し大きくなったとき、「親父ってどんだけ動けんの?」とか、「親父って若いときどんだけできたの?」みたいに思うんじゃないかなと思って。

それこそ運動会とかで、まわりがみんな若いパパばかりで、ボロボロに負ける姿を見られるかもしれないじゃないですか。そうなったときに救いになるのが、ボクサーとして戦って勝った試合の映像なんです。いつの日か思うように体が動かなくなって息子にバカにされそうになったとき、って想像するのもなんですが、「いやいやいや、プロで試合やりましたけども」と、在りし日の映像の力で、父親としての最低限の威厳は見せられるかなって。

ただ、その映像を自分からは見せたくないんです。願わくば、YouTubeかなんかで息子に見つけて欲しいんですよね。勝手に見つけて、「えっ!? これ、親父??」って思わせたいんですよ(笑)。その方が、「パパはこんなことをしてたんだぞ」と自慢するよりも感動してくれるんじゃないかと勝手に夢想しています。

でも、本当に壮絶な、シーソーゲームの滅茶苦茶いい試合だったんです。親父の株もちょっとは上がるんじゃないかな、という淡い期待を今から抱いています。こういう仕事をしていると、本来は「勝手にyoutubeアップしちゃダメだよ」とか、「削除してください」と言わなきゃいけない立場なんですけど、僕のプロボクサーとしての試合だけは、息子が見つけるまでYouTube上に残っててほしいですね。
(mamagirl

掲載:M-ON! Press