米国の対日観と対中観は反比例する:牛場元駐米大使

 今、分裂する米国で数少ないコンセンサスができているとすれば、それは中国に対する恐怖心だ。

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 かって吹き荒れたイエローぺリル(黄禍論)とは比較にならないほどのインパクトがある。

 背景には、中国からの集中豪雨的な輸入は留まるところを知らず、対米貿易黒字額は2758億ドルにまで達した貿易の不均衡がある。

 さらに米企業への技術移転強要、知的財産権の侵害、非関税障壁、為替操作、サイバー攻撃、スパイ活動などで、ついに米国の堪忍袋の緒は切れてしまった。

 軍事面では海洋権益拡大を図る中国の軍事力行使は南シナ海、東シナ海で活発化している。北東アジアにおける米国の覇権を脅かす動きが続いている。

 反中派で知られるジョン・ボルトン大統領補佐官の対中強硬姿勢が一定の評価を得ているのもこうした中国の動きに対する対中警戒感で政財官の間にコンセンサスが出来上がっているからだ。

 これまで中国に気兼ねして台湾との目立たぬつき合いが続いてきた。

 ところがボルトン補佐官は5月中旬訪米した台湾の国家安全保障会議の李大維秘書長と公然と会談した。

 米国と台湾の安全保障担当高官が会談するのは、1979年に断交以来初めてだ。

 戦後、米国が北東アジアから東南アジアに至る大海で謳歌してきた覇権を中国が脅かし始めた。

 これに対抗した米国の対中威嚇行動も今年に入って目立ってきた。台湾海峡には米艦艇が「航行の自由」作戦の名の下で毎月航行しだしている。

 ドナルド・トランプ政権と激しく対立している野党民主党も、こと対中政策では一致している。

 民主党が多数を占める米下院では5月7日、「台湾は米国のインド太平洋戦略に不可欠な存在」として定期的な対台湾武器売却を確認する決議案を全会一致で可決している。

 法的拘束力はないもののトランプ政権の対中強硬策を米議会が承認するシンボリックな意味合いを持っている。

 トランプ大統領の訪日は、近隣諸国から見ると日米軍事同盟の確かさを内外に示す一大政治ショーと映ったはずだ。日米関係は現在、戦後最良の状況にあると言っていい。

 戦後の日米外交で大きな役割を演じた外交官、牛場信彦元駐米大使がかって筆者にこう言ったことがある。

 「米国人の対日観、対中観には一つのフォーミュラ(一定の方式)のようなものがある。対日観が良いときには対中観は悪くなり、対日観が悪くなると、対中観は良くなる」

 今年2月時点での米国人の対日好感度は86%(非好感度11%)なのに対して、対中好感度は41%(非好感度57%)だ。

https://news.gallup.com/poll/1624/perceptions-foreign-countries.aspx

中国から駆り出された「亡霊」の数は2万人

 そうした折、米国人の対中警戒感を少しでも和らげようとする本が出た。

 むろん著者が当初からそれを狙ったものではない。本書を書くにあたっての調査研究は数年前始まっていた。

 ただ読む読者としては、やはり出版のタイミングにある種の政治的な意味合いを感じ取ったとしても致し方ないところだ。

 本書のセールスポイントはこれだ。

 「広大な米大陸を鉄路でつなぎ、現在のアメリカ合衆国の経済・流通・人的交流の大動脈を作ったのは中国人たちだった」

 タイトルは、『Ghosts of Gold Mountain: The Epic Story of the Chinese Who Built the Transcontinental Railroad』(ゴールデンマウンテンの亡霊たち:米大陸横断鉄道を築いた中国人の物語)。

 ゴールデンマウンテンカリフォルニアで発見された金山のこと。ゴールドラッシュに正比例するように鉄道敷設が始まった。

 亡霊とは、そのために駆り出された2万人の中国人労働者のことを指している。

 著者は、スタンフォード大学歴史学者のゴードン・H・チャン(張少書=70)博士。

 7年前に同大学に「北米大陸鉄道建設に従事した中国人労働者に関する研究グループ」を立ち上げ、徹底した調査研究を行ってきた。その研究成果をまとめたものだ。

 同教授は米国におけるアジア移民史の権威として知られる。これまでにも『Asian Americans, an Interpretive History』(アジアアメリカ人:歴史概観)などの名著を著している。

 北米大陸横断鉄道の敷設に多くの中国人労働者が従事していたことは米国人も知っている。だが、その実態になると、ほとんど分かっていなかった。

 チャン博士らの調査研究はその背景を膨大な資料や現地調査で明かした学術書だ。

 チャン博士らの研究プロジェクトは、米カリフォルニア州にある名門スタンフォード大学で進められた。

 同大学の創立者は、この大陸横断鉄道建設にヘンリー・E・ハンティントン氏らとともに資金を投じ、完成後は鉄道事業で巨万の富を得たリーランド・スタンフォード氏(もともとは雑貨商経営者。のちにカリフォルニア州知事)だ。

 チャン博士は出版に際してのインタビューでこう言い切っている。

 「中国人労働者の貢献がなければ、スタンフォード氏も金持ちにはなれなかったし、大学も創立などできなかった」

 確かに鉄道事業で富豪になったスタンフォード氏は大学を創立した。またハンティントン氏はロサンゼルス近郊のサンマリノに豪邸を建て、その後ハンティントン図書館兼庭園として公開している。

中国労働者の大半は広東省珠江三角洲出身者

 北米大陸を横断する鉄道敷設は1863年から1869年の6年間の間に行われた。まだ南北戦争1861~1865年)が続いている最中だった。

 東部の鉄道網はミズーリ川を超えてネブラスカ州オマハまで到達していた。

 西部開拓が進む中で、この鉄道を西海岸まで伸ばすべきだとの声が高まっていた。1862年には太平洋鉄道法が制定された。

 同法により国策会社としてユニオン・パシフィック鉄道とセントラル・パシフィック鉄道とが設置された。

 ユニオン・パシフィックはオマハから西へ。セントラル・パシフィックはカリフォルニア州サクラメントから東へ。

 双方が落ち合うのは準ユタ州(当時)のプロモントリーサミットだった。開通した1896年5月10日、大々的な開通記念式典が催された。

 それまで多くの危険を冒して大陸を横断していた駅馬車時代に終止符を打ち、東海岸と西海岸を結ぶ経済の大動脈ができたのだ。

 特にセントラル・パシフィック鉄道敷設は、シエラネバダ山脈越えの大工事だった。しかも南北戦争のあおりを受けてそれまで工事に駆り出されていた黒人の労働力は全く見込めなかった。

 そこで白羽の矢を立てられたのは、通称「苦力」と呼ばれる中国本土の若い中国人たちだった。

 清国はアヘン戦争後、英国との南京条約や米国との望厦条約といった不平等条約で領事裁判権を英米を奪われてしまった。その結果、誘拐まがいで英米に自国民を連れ去る「苦力貿易」が登場する。

 米大陸横断鉄道建設に従事した中国人労働者約2万人は、こうした「苦力貿易」として渡米した短期労働者だったのだ。

 チャン博士はこう綴っている。

 「まだ南北戦争の戦火が立ち込める1864年、東西を一路で結ぼうと計画された大陸横断鉄道の敷設現場に多くの中国人の群れが集まった」

 「それから5年、中国人労働者たちはシエラネバダの山にトンネルを掘り、焼けつくような暑さのネバダやユタの大平原に鉄路を敷く過酷な労働に従事するのだ」

 「工事は、厳寒の雪の中でも、夏の灼熱の砂漠でも続けられた。連邦政府が決めたロードマップスケジュール通りに敷設は行われなければならなかったからだ」

 「トンネル工事には粗悪なダイナマイトが使われ、労働者の中からは死傷者が続出した。駆り出された約2万人のうち約1200人が死亡した」

 「その大半は広東省の珠江三角洲(珠江河口の広州、香港、深圳、マカオを結ぶ三角地帯)出身者だった」

 これら「苦力」はどんな人たちだったのか。同博士らは、彼らの渡航記録、賃金支払い記録、写真、手紙や日記など米中両国に残されていた文書を集め、「名もなき人たち」の軌跡を追っている。

 奴隷労働に耐えかねた中国労働者たちは、賃金値上げや労働環境の改善を訴え、1867年には1週間にわたって約2000人がストライキに突入した。

 1869年に大陸横断鉄道の敷設が完成するや、中国人労働者は職を失った。

 米国政府は要らなくなった中国人労働者を厄介払いしようした。路頭に迷う中国人を待ち構えていたのは白人による人種差別と偏見だった。

 1868年には米国と清国との間で相手国への移民の自由を認める「バーリゲーム条約」が結ばれたものの、中国人に米国帰化の権利を認めたものではなかった。

 職を失った中国人たちは帰国するか、厳しい人種差別の中で生きざるを得なかった。

 1871年にはロサンゼルスで反中国人暴動が発生、白人群衆は中国人をしばり首にしたのをきっかけに中国人数人を殺害した。77年にはカリフォルニア州チコでも反中国人暴動が起こった。

 そして1881年、米議会は中国系移民を20年間停止する法案を可決成立。

 チェスター・アーサー第21代大統領は拒否権を行使するが、翌82年には中国系移民を10年間禁じた中国人排斥法に署名する。

建設完成後、厄介払いされた中国人労働者

 チャン博士はこう結論づけている。

 「大陸横断鉄道完成から数年経つと、中国人労働者の労働を必要としなくなった米国は露骨な人種差別に転じた」

 「米議会は中国人排斥法を成立させた。西部に住んでいた中国人は白人群衆から襲われ、殺され、切り裂かれた」

 「米国、そして世界では今、鉄道建設に携わった『苦力』に代わって、エネルギーに満ち溢れた中国人が巨大なインフラプロジェクトに従事し、グローバルな影響力を発揮している」

 「かってはインフラ整備のために移民の労働力をあれほど欲しがっていた米国は、今、国家プロジェクトとして移民の流入を防ぐために国境に壁を作ろうとしているとは、歴史とは何という皮肉なことだろう」

 それだけではない。中国人労働者を送り出していた中国は、今や習近平国家主席の下、経済・軍事大国として米国と対峙している。

 米中の事実上の覇権争いは今後激しさを増すことはあっても終わることはなさそうだ。

 大陸横断鉄道完成から今年で150年。これから先150年後の米中関係はどうなっているのだろう。

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ネバダ州ハンボルト平原の鉄道建設現場で働く中国人労働者たち(Department of Special Collections, Stanford University Libraries)