アナログな側面の強い法律業界にIT技術を導入し、改善を図る「LegalTech」。国内ではFinTech等と比べると普及が遅れていた領域だが、2018年11月16日には一般社団法人LegalTech協会(以下、LegalTech協会)の設立が発表される等、にわかに注目を集めはじめている。

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保守的な業界を変えるLegalTech

 法務領域は、デジタル化が遅れていると言われる領域の一つだが、実際はどうなのだろうか。法律のプロである弁護士業界を例に、実情を押さえておこう。

 日本弁護士連合会が取りまとめた『弁護士白書2017年版』の特集資料「弁護士の業務におけるITの活用に関する現状と課題」に掲載されている、同会の正会員を対象に行われたアンケート結果によると、実は弁護士業務のIT化が進んでいる様子が見て取れる。

「弁護士業務に導入しているITのツール等」に関するアンケート結果(複数回答可、以下同様)を見ると、およそ66.8%の回答者が「他の弁護士や事務局とのメール、チャットやメッセンジャー、グループトーク等によるやり取り」をしていると回答。また、「オンラインでの登記情報提供サービスの利用」や「他の弁護士や事務局とのファイル共有」をしている弁護士も多い(共に約64.6%)。

 しかし、さらに同資料を見ていくと、事務所や弁護士間においてデジタルツールが導入されている一方で、依頼者とのやり取りに関しては、依然として紙媒体の資料を郵送や手渡し(約89.2%)、ファクシミリ(約73.4%)といった旧来の手段を用いるケースが多いようだ。さらに、元より紙媒体の資料だけでなく、電子データについても回答者の80%が「データ印刷後、紙媒体でやり取りしている」と答えている。

 士業だけでなく、企業法務についても「書面でのやり取りが多く、昔ながらのアナログな事務作業が多い」という印象が根強く残されていたが、近年はLegalTech系サービスの登場によって少しずつ状況が変わってきた。

注目の国内サービス事例

「法律にまつわる課題」や、その解決につながるテクノロジーは多岐にわたるが、今回は企業法務に関係する領域を中心に紹介する。契約書をはじめとする法務書類の作成・管理や知財戦略といった法務の最適化は、健全な企業活動を支える上でも極めて重要な基盤となる。各領域ごとに、代表的なサービスや注目の事例を見ていこう。

【法律文書作成】

HolmesHolmes
 契約書の作成から締結、管理といった、契約書にまつわる煩雑な業務を最適化するデジタルプラットフォーム。用意されたテンプレートを使って簡単に契約書を作成できるほか、社内承認プロセスをHolmes上で「見える化」し、部署を跨いだ確認・修正作業で生じるコミュニケーションコストを大幅に削減できる。電子契約だけでなく、紙の契約書も含めて一元管理できるため、契約書の検索やバージョン管理も容易になる。

 2018年10月より世界的に広く使用されている電子契約サービス「ドキュサイン」と提携しているため、Holmes上でドキュサインを使った契約書の締結を行うこともできる。

LegalForce(LegalForce)
 2019年4月2日に正式リリースされた、AIを搭載した契約書自動レビューソフトウェア。作成した契約書のファイルをアップロードし、類型や自社の立場を入力すると、瞬時に不利な条文や欠落条項を指摘。担当者によるチェックと併用することで、抜け漏れや見落としを防ぐことができる。

 さらに、AIに「リスクあり」と判断された箇所については、指摘ポイントとあわせて弁護士監修の参考条文例が表示されるため、修正作業が発生した際にも素早く対応できるようになる。また契約書作成時にも、あらかじめ用意された雛形集「LegalForceライブラリ」を利用可能。加えて、過去に作成した契約書をデータベース化することで、過去の契約書や自社の契約書雛型から条文単位で文言を検索し、活用することもできる。

【電子契約】

クラウドサイン(弁護士ドットコム)
「紙と印鑑」を「クラウド」へ置き換え、PCだけで契約作業を完結させることができる電子契約サービス。PDF形式で作成した契約書をクラウドサインへアップロードして取引先へ送信。確認依頼メールを受信した取引先の担当者がクラウドサイン上で契約書に押印すれば、契約の締結が完了する。契約締結のスピード化や郵送代・紙代・インク代・印刷代を削減できるほか、契約書原本をクラウドで一元管理することで、コンプライアンスの強化を図ることもできる。

 2015年10月のサービス開始以降、2019年3月時点で導入社数は4万社を突破。累計契約締結件数は50万件、導入地域も世界34カ国に達しており、受発注や入社書類のやり取り等、様々なシーンで活用されている。国内のLegalTech市場を牽引するサービスの一つといえるだろう。

【商標出願】

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 オンライン商標登録支援サービス。商標検索から書類作成、提携弁理士とのメッセージのやり取りといった、一連の作業やステータスを管理・サポートする仕組み。

 特に、個人でやろうとすると時間がかかってしまう事前調査において、同サービスでは独自開発のAIを導入し、商標の権利範囲を簡単かつ適切に検索可能にしている。企業における知財戦略の重要性が高まる中で、知財部のような専門組織を置いていない中小企業やスタートアップからの需要は今後も増していきそうだ。

【法人登記】

Graffer法人証明書請求グラファー)
 オンライン上で法人の登記簿謄本と印鑑証明書の取得手続きを完結できるサービス。登記簿謄本の取得手数料に加えてサービス利用料がかかるため、単純に考えると自ら法務局に出向く場合に比べて割高になるものの、リニューアル前のサービスである「Graffer法人登記簿謄本取寄せ」は、2018年1月のリリースから約1年間で1500以上の企業・団体等から利用されている。

 政府も行政手続きのデジタル化を進めており、法務省を通じて登記簿謄本や印鑑証明書をオンライン上で申請できる仕組みを提供しているが、平日の限られた時間にしかアクセスできない等の問題を抱えており、普及には至っていない。行政手続きを最適化したいというニーズは高そうだ。

【ビザ取得・管理】

one visa(one visa)
 外国籍労働者を雇い入れるために必要な在留資格(ビザ)の取得申請・管理を支援するサービス。システムが対象従業員から直接、申請に必要な情報を収集してくれるほか、約40種類の中から適切な書類を自動で選定してくれる。また申請を提携行政書士に頼む場合も、業界最安値(1件につき5万円)での依頼が可能だ。

 ビザの取得後もチャットによるサポートサービスや期限管理機能を通して、外国人社員の活躍をサポートすることができる。

リーガルリサーチ】

●Legal LibraryLegal Technology
 データベース化された法律専門書を自由に横断検索し、中身まで閲覧できるクラウド型リサーチツール。2019年夏頃予定の正式リリースに向けて、現在開発が行なわれている。同サービスや、開発を行なうLegal Technologyへの注目度は高く、現在、実証実験に向けて有斐閣や弘文堂、現代人文社のような法律専門書を手掛ける老舗出版社との連携も進んでいる。

 これまで、リーガルリサーチを行う際に法律専門書をあたる手法は、信頼性が高い反面、検索性に難があった。また、インターネット上の検索サイトを利用する手法は手軽な一方、信頼できる情報に辿り着けるとは限らないという難点を抱えていた。

 同サービスのように、情報源は信頼ができる書籍のまま、WEB上で簡単に必要な情報を引き出せる仕組みがあれば、是非利用したいと思うのは弁護士だけではないはずだ。

【集団訴訟支援】

enjin(クラスアクション)
 日本初の集団訴訟プラットフォーム。自分が受けた被害をプロジェクトとして登録し、同じ被害を受けた仲間を募集することができる。十分な被害情報が集まると、独自審査を通過した登録弁護士の中から選任弁護士が付き、他の被害者たちと共に解決にあたることができる。

 集団訴訟では弁護士費用を被害者全員で分担でき、これまでは費用負担のため泣き寝入りしていた「少額被害者」も訴訟に参加できる可能性が生まれる。2018年5月のサービス開始から10カ月あまりで登録者数は1万5000人、被害者額は累計163億円に達しており、注目度の高さがうかがえる。

 なお、クラスアクションの代表取締役CEOで弁護士の伊澤文平氏は、国内のLegalTech市場の活性化を図るLegalTech協会の代表理事を務めている。

今後の展開

 電子契約サービス等、大手企業を中心にある程度認知や導入が進んでいるものも存在するが、他の「X-Tech」業界に比べると発展途上といわれるLegalTech。しかし、今回見てきたサービスの多様さからもうかがえる通り、多くの可能性が眠る領域だ。

 例えば、2019年4月1日に「労働基準法施行規則」が改正されたことで、労働契約を締結する際、これまでは書面での交付が義務づけられていた労働条件の明示手段に、FAXや電子メール、SNS等が加わった。Holmesはこの変化に対し、外食業や小売業・宿泊業等の多店舗展開企業向けの雇用契約ソリューション「Holmes for 店舗」をリリースすることでいち早く対応している。分野を問わず、法規制が変化するタイミングとは、LegalTech市場にとってチャンスと捉えることもできるだろう。

 LegalTechサービスの価値や本質とは、単なる「労務の効率化」だけではないはずだ。もちろんその側面もあるだろうが、「限られた専門家や専門書に集中していた知識や情報を、より広く自由に活用できるようにする」ための仕組みも求められていることは間違いない。政府主導でシェアリングエコノミーやデータのオープン化が推進されている潮流を考えると、今後も「法律知識・情報の共有」という観点から、AIやオンライン上のプラットフォームを活用したサービスが増えていくのではないだろうか。

 法治国家に住んでいる限り、誰もが「法律」と無関係ではいられない。ビジネスを展開する企業や個人にとって、法務は訴訟リスクの回避やビジネススピードの改善、より創造的な施策展開を考える上で、切っても切り離せない。LegalTechによって、企業・個人が必要な時に正確な情報を手に取ることができることの意義は、今後ますます増していきそうだ。

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