朝ドラこと、NHK連続テレビ小説なつぞら」が好調です。視聴率は大台とされる20%台をほぼキープ。俳優の吉沢亮さんをはじめとするイケメンたちの登場や、ちょくちょく挿入されるアニメも話題です。

 中でも、最大の功労者はやはり、主演の女優・広瀬すずさんでしょう。今回は通算100作目ということで、ヒロインのオーディションは行われず、しかも、メディア発表は前作「まんぷく」の安藤サクラさんよりも先という異例の早さでした。また、「わろてんか」(2017年度下半期)に出演した姉の広瀬アリスさんが評価された際には、「姉妹格差逆転も?」などと一部で報じられもしました。何かとプレッシャーがかかる中、すずさんは堂々たる安定感を見せています。

朝ドラにとって「声」が持つ意味

 その安定感の秘密は彼女の「声」にあります。出演する数々のCMでもおなじみのように、力強い息遣いでありながら、どこかささやきかけるようでもあるという、相反する要素を併せ持つすずさんの声は、一度聞いたら忘れられないものです。アニメ映画「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」(2017年公開)でヒロインの声を務めた際には、インタビューでこう語っていました。

「今の事務所に入った時、マネージャーさんに『声の8割が息』って言われて(笑)でも、時々周囲の方から『声がいいよね』って言ってもらえることもあって、誰ともかぶっていない声らしいんです」(BEST T!MES、2017年8月16日掲載「広瀬すずの声に独特の『色気』がある、本当の理由。」)

 実は、朝ドラでは他のドラマ以上に「声」が重要なのです。元々、「ラジオドラマ」が源流で、長らく「時計代わり」などともいわれ、家事をしながら見る主婦をメイン層とするこの帯ドラマでは、ナレーションやヒロインの声が重視されてきました。内容が分かりやすく伝わり、朝に聞いても心地良いような声が流れてくることが、支持につながるわけです。

 ナレーションでいえば、「ひよっこ」(2017年度上半期)では、元女子マラソンの増田明美さんが起用されました。マラソン解説でのソフトな語り口が朝ドラに合うとの判断だったのでしょう。そんな畑違いの人にも注目するほど、スタッフは「声」にこだわっているのです。「なつぞら」のナレーションは内村光良さんで、珍しく男性ですが、その分、序盤にヒロインのモノローグを加えるなどの演出で女性らしさを補完する工夫が感じられました。

 かと思えば、朝ドラと声について、ネット上でこんな書き込みを見かけました。

「賀来千香子や水川あさみ朝ドラには絶対に呼ばれないね。朝からあの声は聞きたくない。ささやいてもダメ、張り上げてもダメな声。ハスキーなのに金属音がする」

 賀来さんは昔から声がコンプレックスで、ボイストレーニングに通っていたそうです。若い頃には、朝ドラのヒロインオーディションに4度落ち、TBS系の昼ドラでようやくデビューしました。本人は「朝ドラ向きの顔じゃないと言われた」と語っていますが、声でも損をしていたのかもしれません。

原点に連ドラ「学校のカイダン」

 とはいえ、すずさんの声も個性的であり、独特の震える感じが苦手だという人はいます。ただ、その特徴は彼女の魅力、特に「色気」につながっています。「なつぞら」でその声に接し、すっかりトリコになったのが、俳優の草刈正雄さんです。

 今年4月に放送されたバラエティー「土曜スタジオパーク」(NHK総合)で、草刈さんはすずさんの「艶っぽい声」を、あるベテラン女優に例えました。

「若尾(文子)さんとダブるんですよ、僕」

 と、少年のように照れていたものです。ちなみに、若尾さんは大河ドラマ「武田信玄」(1988年)でナレーションを担当したことがあります。各回ラストの決めぜりふ「今宵はここまでに致しとうござりまする」は、当時の流行語大賞を受賞しました。いわば、艶っぽい声を持つ女優の遺伝子が、時代を超えて受け継がれているわけです。

 そんな「すずボイス」の原点ともいうべき作品が、日本テレビ系連続ドラマ「学校のカイダン」(2015年)です。彼女の連ドラ初主演作品で、底辺女子高生が天才スピーチライターに助けられながら、「言葉の力」で学校と自分自身を変えていくという「スピーチドラマ」でした。演説シーンでの切なくも迫力あふれる声の強さが、今も印象に残っています。

なつぞら」では、夕見子役の福地桃子さんの声も人気です。こちらは、柔らかさのある正統的な美声で、ヒロイン・なつとのやり取りはハーモニーのようです。物語の進行上、出番から遠ざかっていますが、また2人のやり取りを聞きたいものです。

 というわけで「耳で楽しむドラマ」でもある「なつぞら」。今のところ、個人的に一番心に響いたのは、41話(5月17日放送)の「天陽くーん」のリフレインです。上京を祖父に認めてもらえたうれしさがあふれ、その直前に映った空の青さと雪の白さとに吸い込まれそうな気分になりました。

 これからも、さまざまな「すずボイス」が聞けることでしょう。中盤に差しかかっても「なつぞら」はますます視界良好です。

作家・芸能評論家 宝泉薫

広瀬すずさん(2019年4月、時事通信フォト)