『140字の戦争――SNSが戦場を変えた』(早川書房) 著者:デイヴィッド・パトリカラコス


SNSが人びとを分断し、戦争の危機が高まる――TwitterInstagramの「兵器化」を鋭く指摘して話題を呼ぶ、デイヴィッド・パトリカラコス『140字の戦争』(江口泰子訳)。
フリージャーナリストの安田純平氏は本書に寄せた解説内で、自身がインターネット上で受けた誹謗中傷もふまえ、
「多くの人々が「何を信じていいか分からない」状態になり、手をこまねいて事実上の黙認状態になればそれで「勝ち」なのだ」と分析する――。

安田純平氏が語る、SNSのモラル崩壊と戦争の危機

21世紀の戦争は、戦車や大砲による物理的な戦闘よりも、主にソーシャルネットワークSNS)を使った情報戦が重要になった。SNSによって劇的に様変わりした新しい戦争の姿を描いたのが本書である。

ここでいう情報戦とは、相手の情報を奪い取る戦いではなく、いかに自分たちに有利な印象を信じ込ませることができるかといういわゆるプロパガンダ合戦のことだが、従来は国家権力や大手メディア一方通行にそうした情報を流していたのに対し、新しい戦争では、市民がSNSを用いて自ら語りかけ、人々が参加するかたちで拡散させる。そうしてできあがった人々のネットワークが戦争に深く関与するようになった。

そこで流されてくる情報を著者は「ナラティブ」と表現する。〈私たちはいま、事実よりもナラティブを重視する世界に生きている。人びとが判断基準とするのは議論ではなく感情の大袈裟な表出〉とし、〈議論以上にナラティブが強い影響力を持ち、無味乾燥でただ合理的なものよりも、感情に訴えるもののほうが重視される〉と強調している。

日本人には馴染みのない言葉で、一般に「語り」といった日本語訳がされるが、事実であるかどうかや論理性よりも、感情的な訴えかけであるという点が重要だ。その時々の出来事や気持ちを誰でも手軽に発信できるツイッターをはじめとするSNSによって拡散されやすく、世論に影響していくために、戦争当事者はこれを無視できないどころか、「ナラティブ戦を制するのはどちらか」という問題が、21世紀の戦争の核心をなすまでになった。

本書はその実相を、実際の戦争において双方がいかに「ナラティブ戦」を戦ったか、当事者への取材をもとに具体的に描いている。

(中略)

2011年3月から始まったシリアの反政府運動は、やがて武力闘争に発展し、約40万人の死者と1300万人にも達する難民を出す「21世紀最大の人道危機」となっている。

当初は平和的なデモから始まった運動だったが、デモ隊に対する発砲があり、死傷者が出る事態となった。シリア政府は「外国人テロリストが市民を撃っている」とし、ネット上でもそうした陰謀論が拡散された。しかし、私が取材したある医師は、反政府運動には参加していなかったが、デモ隊への発砲で怪我をした参加者を治療したところ、「テロリストを治療したテロリスト」として治安組織に拘束され、半年間激しい拷問を受けたという。「外国人テロリスト」によって市民が負傷したなら、なぜ治療した医師が拷問されるのか。

政府軍の戦車が一般市民に向けて砲撃している動画を反政府側がユーチューブに上げたのに対し、政府支持者は「トルコからシリアへ戦車が連なって入っていった」といった陰謀論で対抗していた。だが、2012年シリア内戦を取材した私は、戦車が発砲して市内に着弾し、女性や子どもの死傷者が出る様子や、その上空にいながら戦車でなく市内を空爆していたヘリも撮影した。シリアの制空権は一貫して政府軍が掌握しており、ヘリも戦車も確実に政府軍である。「トルコから戦車が入った」ことが「なかった」と証明することにはならないが、政府軍が非戦闘員に向けて無差別に攻撃していたのは間違いない。

しかし、「反政府側は外国から入り込んだテロリスト」「アメリカの陰謀」という政府側の主張は拡散し続け、一定の範囲で定着していった。

この取材を報道番組で発表してからは、私のことを「アメリカスパイ」などとする誹謗中傷ネットに散見するようになった。ある講演会では、私が現地で聞き取った人々の話をしたところ、参加者から「それはアメリカの言い分だ」「空爆で殺されているのはすべて外国人テロリストなので、いくら殺しても構いません」という意見が出た。実際に現地で取材した話を「アメリカの言い分」と言うのは論理が通らないし、「いくら殺しても構わない」とにこやかに言う姿には驚かされた。

2015年ジャーナリストの後藤健二さんがイスラム国に人質にされた際には、殺害される前から「後藤健二は日本政府のスパイ」という誹謗中傷フェイスブックで拡散されていた。裏付けとなるような後藤さんに関する個人的な情報は何もなく、「これで得をするのは安保法制を通したい日本政府だ。だから日本政府のスパイだ」といった、無関係の物事を何の証拠もなく好きなようにつぎはぎして自分の主張通りの話を仕立てただけだった。イスラム国は日本のSNSチェックしており、これを見て後藤さんを拷問した可能性もあるが、そうした配慮もないほどにモラル崩壊の様相を呈していた。

シリア内戦では、市民が処刑されるようなかたちで一斉に殺害される虐殺事件が何度も発生し、化学兵器の使用もたびたび報告されてきた。政府側はそのつど、「反政府側の陰謀」を主張し、ロシアがそれを後押しした。主張の内容は荒唐無稽なものも多いが、特に「悪いのはアメリカ」という考えの人には受け容れられている。アサド政権に対する制裁に反対する声が欧米諸国の中にもあり、シリア政府軍による最大の破壊行為である空爆を止めさせる手立てが取られないまま被害は拡大し続けてきた。

反政府側が勢力を拡大させていた2015年からはロシア軍が自ら空爆を始め、一気に形勢が逆転し、政府軍がほぼ制圧する情勢となった。荒唐無稽なものも含め陰謀論を一貫して大量に拡散し続けてきたことで、ロシアの軍事的勝利を導き出したといえる。

特筆すべきなのは、こうした陰謀論を主張してきた人々の多くは、イラク戦争には反対しながらシリア政府軍による空爆は支持しているという現象だ。「平和」を唱えていたかと思いきや、シリアでは「殺戮」を称賛していたのである。しかし、彼らも完全にこれを支持していたわけでもないだろう。シリア政府やロシアも事実でもって論破しようとしていたわけでもない。多くの人々が「何を信じていいか分からない」状態になり、手をこまねいて事実上の黙認状態になればそれで「勝ち」なのだ。

〈あらゆる情報に対する疑念のタネを人びとの心にまけばまくほど、何かの情報を聞くか読んだ時に真実を見極める力を人びとから奪っていく。それこそがロシア政府のプロパガンダの全体的な狙い〉と著者は指摘している。シリア内戦はまさにそのように展開されていった。

本書は、SNSは〈絆を破壊し、人びとを分断する〉と強調している。
特に若者はSNSニュースを受け取るが、それは〈自分と同じような考えを持つ友達やフォロワーが自分にとって快いコンテンツを投稿〉したものであり、その結果〈同類性(類は友を呼ぶ傾向)が生まれる〉わけだ。
〈いまの彼らが受け取っているのは、自分の意見の正しさを確認してくれる好ましい情報源のニュースばかりだ。そしてどちらの側にも同類性が生まれ、偏見が強まり、憎悪が増幅する。それが分断を呼び、戦争の危機が高まる〉

これは日本においても起こりうる。SNSを利用する私たち誰もが心に留めておかなければならないことだろう。

[書き手]安田純平(フリージャーナリスト )

【書誌情報】

140字の戦争――SNSが戦場を変えた

著者:デイヴィッド・パトリカラコス
翻訳:江口 泰子
出版社:早川書房
装丁:単行本(ソフトカバー)(370ページ
発売日:2019-05-23
ISBN:4152098627
140字の戦争――SNSが戦場を変えた / デイヴィッド・パトリカラコス
安田純平氏が語る、SNSのモラル崩壊と戦争の危機