令和元年6月1日(土)、歌舞伎座で『六月大歌舞伎』が初日を迎えた。昼の部では、古典演目を当代きっての名優2人、中村吉右衛門と片岡仁左衛門がそれぞれに当り役を演じる。夜の部では三谷幸喜による新作歌舞伎が上演される。この記事では、開幕初日の「昼の部」をレポートする。

厳かで華やかな『寿式三番叟』

最初の演目は、『寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)』。「三番叟」は能の『翁』を発展させた舞踊で、古くから五穀豊穣を願い、神様に舞い納められてきた。

黒、柿、萌黄色の定式幕が開くと、舞台の頭上には大きな屋根が八の字に広がり、正面に並ぶ囃子方の厳かな演奏が会場に響きわたり、舞台下手の五色幕があがると、翁(東蔵)と千歳(松江)、そして三番叟2人(幸四郎、松也)が登場した。

約30分の演目は、大きく前後2つに分けることができ、前半は翁と千歳が、天下泰平を願い舞う。格式ある中でも優美な時間が流れた。その後、背景の絵が松竹梅にかわり、三番叟の2人のパートにうつると、三番叟は花道から足踏みを鳴らし始めた。

かつて、地面を踏み固める行為には、邪気を払う効果があると信じられていたという。力強い足踏みと、美しくダイナミックな跳躍は、劇場の空気をふるわせ、観る者の体の芯にまで響いてくる。黒御簾音楽が重なり、稲穂を模した鈴が振り鳴らされ、三味線と舞が、さらにテンポを上げていく。客席からは大きな拍手が沸いた。

幸四郎と松也は揃いの衣裳で、息をぴたりと合わせ、エネルギッシュに舞いつづける。袖の振り方、身の翻し方、一つひとつの動きにのこる、ほんの僅かな違いが、それぞれの個性を光らせていた。

あの三兄弟の妻が集まる『女車引』

二幕目は、『女車引(おんなくるまびき)』。古典演目『菅原伝授手習鑑』「車引」を題材にした二次創作の舞踊で、初演は、吉原遊郭の三大行事「にわか」(素人による即興芝居イベント)だという。

登場するのは、原作で活躍する三つ子の舎人ではなく、その3人の妻たち。松王丸の妻・千代を魁春、梅王丸の妻・春を雀右衛門、桜丸の妻・八重を児太郎が演じる。はじめこそ「松王丸VS梅王丸・桜丸」の構図を踏襲しているが、荒事ではない。

『女車引』左から、八重=中村児太郎、千代=中村魁春、春=中村雀右衛門

『女車引』左から、八重=中村児太郎、千代=中村魁春、春=中村雀右衛門

凛とした春、まだ初々しい娘役のような八重、貫禄の千代と、キャラクターの違いが楽しく、一人ずつの踊りでは、順番に、夫との馴れ初めや夫の魅力をアピールしたり、3人で料理の支度をはじめたり。ガールズトークさながらの楽しさと盛り上がりの中、三人が揃って踊り、華やかに締めくくる。

親子の絆と忠義の心、吉右衛門の『石切梶原』

『六月大歌舞伎』昼の部は、さらに贅沢な演目が続く。三幕目は、中村吉右衛門が主演の『梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)』、通称「石切梶原」だ。

主人公梶原景時(吉右衛門)は、平家の武将でありながら、縁あって源氏方に思いを寄せている。ある日、青貝の細工師である六郎太夫(歌六)と娘の梢(米吉)が、家に伝わる大切な刀を買いとってほしいと、大庭三郎(又五郎)に頼みにくる。大きなお金が入用となったのだとか。

その刀を鑑定することになったのが、景時だ。景時は礼節をもって鑑定し、銘はないけれども見事な刀だと絶賛した。大庭がさっそく買い取ろうとすると、俣野五郎(歌昇)がこれを遮り、買う前に“二つ胴”の試し斬りを提案するのだった。

“二つ胴”とは、罪人の身体を2つ重ね一刀両断できるかどうかで切れ味を確かめる方法だ。死罪を待つ囚人が2人必要になるが、いまは1人しかいないという。「後日改めて」となりかけたところで、お金の工面を急ぐ六郎太夫が、梢には自宅に置いてきた鑑定書を取りに行かせ、さらに、ある提案をするのだった……。

『梶原平三誉石切』左から、梢=中村米吉、六郎太夫=中村歌六、梶原平三景時=中村吉右衛門

『梶原平三誉石切』左から、梢=中村米吉、六郎太夫=中村歌六、梶原平三景時=中村吉右衛門

又五郎、歌六が深みのある演技で支え、颯爽と現れた錦之助による奴萬平、吉之丞による囚人剣菱呑助がスパイスとなり、次世代を支える歌昇、米吉が存在感を放っていた。

景時が、刀を鑑定する際の様式美は見どころの一つ。口に懐紙をくわえ、刀を立てた状態で鞘を払い、切っ先から刀身を見定める。その動作は流れるように繋がりつつ、一つひとつに重みがある。クライマックスの手水鉢を斬るくだりでは、客席が万雷の拍手に包まれた。

上演記録を遡ると、ここ20年あまり、年1回以上のペースでどこかしらの劇場で上演されてきた人気の時代物「石切梶原」。播磨屋に縁の深い演目だからこそ、初代より芸を受け継ぐ吉右衛門の、人間的魅力にあふれた景時は見逃せない。

相愛の2人の、終わりの始まり。仁左衛門『封印切』

昼の部の最後は、上方和事の名作『恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)』「封印切」を松嶋屋が勢ぞろいし、片岡仁左衛門の忠兵衛で上演する。

飛脚問屋亀屋の養子、忠兵衛(仁左衛門)は、許嫁がいる身でありながら、井筒屋の傾城、梅川(孝太郎)と相思相愛の深い中。忠兵衛は決して裕福な身分ではないため、身請けの手付金は払ったものの、残りのお金を用意できずにいる。顔をみせない忠兵衛を、梅川はいじらしく思い続ける。

井筒屋の女房おえん(秀太郎)は、二人の仲を応援してやるが、忠兵衛の恋敵、丹波屋八右衛門(愛之助)が横入りし、梅川を身請けしようとするのだった。お金はあるが態度の悪い八右衛門に、井筒屋一同は総スカン。これに怒った八右衛門は、忠兵衛を罵倒しはじめ、ついに忠兵衛本人と対峙することになる。

『封印切』左から、亀屋忠兵衛=片岡仁左衛門、傾城梅川=片岡孝太郎

『封印切』左から、亀屋忠兵衛=片岡仁左衛門、傾城梅川=片岡孝太郎

当時、公金は紙に包まれ印がおされていた。その封を切ってしまうと、お金を使うか否かによらず、即、死罪が確定したという。忠兵衛は公金を預かる仕事柄、この日も、武家屋敷に届ける公金300両を懐にもっていた。『封印切』には、ものの弾みで封を破ってしまう型もあるが、仁左衛門型では追い詰められた末に、忠兵衛自ら封印を切る。

愛之助による八右衛門は、観客の笑いを誘う滑稽味もありながら、忠兵衛を抉るようになじり、畳みかけるように追いこんでいく憎らしい存在。おかげで、おえんや槌屋治右衛門(彌十郎)がいくら忠兵衛を贔屓しても理不尽を感じない。スリリングな掛け合いが加速し、泥沼化するほどに、そこからなんとか逃れようとする忠兵衛の柔らかな台詞回しと身のこなしが色っぽくみえた。クライマックスで、その手から零れ落ちた小判の音は、いつまでも悲しく耳に残る。

『六月大歌舞伎』は、2019年6月1日(土)~25日(火)にかけて歌舞伎座で上演。

『寿式三番叟』左から、三番叟=松本幸四郎、三番叟=尾上松也