両角敏明[元テレビプロデューサー]

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メディアゴンに拙稿『<テレビが撮れない?>大学院監督のドキュメンタリー映画「主戦場」が秀逸』がUPされたのは5月18日でした。この中で筆者は「デザキ監督に対し各氏の一部から不満の声はあるものの、大きなトラブルとなってはいないようです。」と書きました。

ところが5月30日、この映画に登場している「保守系の大物」7名のうち3名が出席して記者会見を開き、ミキ・デサキ監督を非難する共同声明とともに、上映差し止めを求めました。なお、「保守系の大物」という表現は会見でご自分たちから出た言葉です。国会議員でやや肖像権などの立場が違うという理由から共同声明に名を連ねなかった杉田水脈衆院議員も主旨には賛同しているそうです。

「保守系の大物」のみなさんのご主張は主に3点です。

1.大学院生の学術研究および卒業制作だから出演したが一般に公開される商業映画だったら出演しなかった。騙して出演させた詐欺的行為である。

2.公開前に確認させるという取り決めを履行せず、さらに肖像権侵害と名誉毀損著作権侵害をしている

3.主張が公平に扱われておらず、グロテスクな左翼プロパガンダ映画になっている。文脈によらず、結論だけを短く使用しているところがある。

ということですから、「保守系の大物」のみなさんは映画内におけるご自身の発言内容ではなく、あくまで上記理由による上映差し止めを実現することが主戦場のようです。

【参考】<テレビが撮れない?>大学院監督のドキュメンタリー映画『主戦場』が秀逸

これに対して6月3日、ミキ・デサキ監督らが反論会見を開きました。監督側は、あらかじめ一般公開の可能性を伝えた上で合意書などの文書を交わし、各個の発言部分は事前に知らせている、などと反論しました。

どうやら、映画が連日満員で評判となって行くなかで、トラブルも大きくなってきたようです。

今回、筆者はこの内容での両者の対立には関心がありません。いずれの争点もこの映画を観る者にはほとんど関係がないからです。映画鑑賞者にとって、大学院生の卒業課題映画だろうが、商業映画だろうが、中身が同じなら作品価値は同じです。映画は言うまでもなくその内容こそが主戦場です。

そしてこの作品は、多くの発言を織り合わせることで展開してゆくドキュメンタリー映画ですから、注目すべきは個々の「発言」そのものにあります。前稿で筆者は、左右どちらのプロパガンダ映画ではないとした上で、

『どなたが観ても「えっ!」とか「あっ!」とか驚くであろう発言が飛び出してくる刺激的な作品であることを指摘しておきます。』

と書きました。筆者が『「えっ!」とか「あっ!」とか驚く発言』と書いた作品内の発言について、ミキ・デサキ監督の反論会見で質問に立ったある記者はこう表現しました。

『非常に率直に、ある意味のびのびと差別的な発言や、中国や韓国に対する根拠のないヘイト発言をしていることに驚いた』

「保守系の大物」のみなさんは、今回の共同声明および会見の中で自分たちによる個々の発言を否定していませんので、この記者が言う「差別的な発言や、中国や韓国に対する根拠のないヘイト発言」、筆者の言う「えっ!とかあっ!」とか驚く発言」、を否定していません。実は杉田水脈議員の発言などは相当強い反発を受けそうな発言なのですが、おそらくは「保守系の大物」のみなさんはいずれの発言も、差別的でもヘイトでも、誤った歴史認識でもないというご理解なのでしょう。

ということで、「保守系の大物」のみなさんも映画「主戦場」における個々の発言内容に異存はないようですから、内容と無関係のモメ事は両当事者におまかせし、右だの左だのという先入観を抜きにして、この映画を虚心坦懐に観られたらいかがでしょうか。

この作品には、「保守系の大物」のみなさんのみならず、様々な立場の方々からの「えっ!」とか「あっ!」とか感じる数々の刺激的な発言があるのは確かで、それを観る者がどう受けとめるのかがこの映画の主戦場です。前稿時は東京で単館上映でしたが、全国展開も決まったようです。あらためて鑑賞をお奨めしておきます。