六月花形新派公演『夜の蝶』が、6月6日(木)より三越劇場で上演される。出演は、篠井英介、山村紅葉、喜多村緑郎、瀬戸摩純、そして河合雪之丞

原作となる小説「夜の蝶」は、高度経済成長期目前の銀座を舞台に、一流クラブ「リスボン」のマダム・葉子と、京都から進出した舞妓あがりのマダム・お菊の対立を描いたもの。本公演では、対立する2人のマダムを、新派の女方・河合雪之丞と現代劇の女方・篠井英介が演じることが話題となっている。本番に向け、雪之丞と篠井がインタビューに答えた。

女と女を、女方と女方で

——原作は、昭和32年に発表された小説なのですね。

河合雪之丞さん(以下、雪之丞:川口松太郎先生の傑作の一つと言える作品です。昭和30年代の夜の銀座を舞台にした小説で、すぐに映画化され、その後舞台化もされました。主人公のマダム2人を、初演では、新派の女方の花柳章太郎先生と初代水谷八重子先生が演じました。その後、二代目の水谷八重子先生と歌舞伎俳優で女方の坂東玉三郎さんも演じました。

河合雪之丞

河合雪之丞

今回は、私と篠井英介さんが勤めます。女方同士という組み合わせは初めてです。せっかくなので、女のバトルをよりご覧いただけたらと思い、脚色・演出の成瀬芳一先生にお願いし、一味違った『夜の蝶』にしていただきました。

篠井英介さん(以下、篠井):女のバトルといっても、殴り合うわけではありませんよ?(笑)口先では優しく言いながら、独特の皮肉や嫌味で火花が見える。そこが面白い! でもその根底には情愛があります。そこに新派の良さを感じます。

雪之丞:日本の女として、女性として、母としての思いが、随所に散りばめられています。それは『明治一代女』や『日本橋』(どちらも新派の名作)の時代にも『夜の蝶』の昭和30年代にも、そして現代にも通じるものだと思います。映画版では、葉子もお菊も悲しい結末を迎えますが、舞台版はすてきなエンディングなんですよね。

篠井:そう、女ならではのね! 演じていても、幸福感漂うエンディングです。女同士の絆にほっこりしていただけるのではないでしょうか。

新派はある種、女方の世界

——篠井さんは、昔から新派の舞台をご覧になっていたそうですね。

篠井はい。当時、新派の女方さんは二代目英太郎(はなぶさ・たろう)さんだけでした。しかし古い写真やテレビを通し、かつては新派に女方さんがたくさんいたことを知ったんです。花柳章太郎さんの舞台をテレビで拝見した時には、「新派は、ある種、女方の世界なのだ」と感じたことを覚えています。

そんな憧れをもって観ていた劇団なので、今回呼ばれた時には「そんな時代がきたのか」と驚きましたし、怖さもありました。歴史と格式のある劇団に飛び込むのは勇気のいることです。

篠井英介

篠井英介

——それでもやると決めたのは、なぜですか?

篠井雪之丞さんと緑郎さんは、歌舞伎俳優の頃から舞台でのご活躍を拝見してきました。僕より若く、歌舞伎から新派に飛び込まれています。雪之丞さんと一緒ならできるかもしれない、このお二人に助けていただきながらならばやれるかもしれない、という甘えた気持ちで決めたんです。

——稽古場での篠井さんは、いかがですか?

雪之丞:とても穏やかな性格の方で、稽古もよい緊張感の中、穏やかに進んでいます。舞台の上では穏やかじゃないんですけれどね(笑)。篠井さんには、日本舞踊の基礎がおありですし、花組芝居では歌舞伎や新派の要素があるお芝居もされ、現代劇で女方をされていたことも存じています。時代味もあり現代的でもある方なので、新派に向いていらっしゃるのでは? と、以前から思っていたんです。そして今、私の目に狂いはなかったと感じております!

(左から)河合雪之丞、篠井英介

(左から)河合雪之丞、篠井英介

篠井:ありがとうございます! とても嬉しいことですね。僕自身、僕のベースは日本の古典だと思っているんです。『欲望という名の電車』でブランチ役をやろうが、『ハムレット』のガードルード役でドレスを着ようが、日本人が日本語で日本のお客さんにお芝居をみせるんですから、日本人に共通する素養がベースにあった方がいいと考えてきました。オフブロードウェイから現代劇まで様々な演劇をしていた中で、雪之丞さんが「新派に向いてる」と感じてくださっていたなら嬉しいです。理解者ですね。

惚れっぽい葉子、一途なお菊

——篠井さんが演じるお菊、雪之丞さんが演じる葉子。それぞれどのような人物なのでしょうか?

篠井雪之丞さんが演じる葉子は、粋でお洒落で格好いいですね。これぞ新派の女方が演じるべきお役。花柳界の張りと意気地、小股の切れ上がったいい女として演じておられ、稽古中は、自分が出ていないシーンだと見惚れてしまいます。にも関わらず、結構惚れっぽくて浮気もしちゃう。

雪之丞:そう、葉子はすぐに惚れちゃうんです(笑)

河合雪之丞

河合雪之丞

篠井:銀座でナンバー1のお店のマダムとして、一生懸命、凛と生きている。けれど男には弱い。そこが堪らなく可愛いんです。

——雪之丞さんからみて、お菊の印象はいかがですか?

雪之丞:お菊さんは賢くて真面目。男性に対しては、節操があります。一途に愛する人もいる。それでも白沢(喜多村緑郎)の力を借りたのは、土地勘のない銀座にお店を出すために必要だったから。あの時代に女性がお店をだそうとしたならば、借りざるをえなかったと思います。そういう真面目さゆえ、ひとつ歯車が狂うと……。葉子のように、あちこちの男に手をつけているタイプなら「いつものこと」で済んだかもしれないのにって思ってしまう真面目さがあります。

夜の蝶は憧れの存在

——新派は、作品ごとに時代の雰囲気をリアルにみせることに定評があります。本作は、高度経済成長期の少し前という設定ですね。

篠井:他の新派の作品からイメージするよりも、少し新しい時代ですね。新幹線ができオリンピックがきて、家にはテレビや洗濯機がきた。そんな時代の銀座には、政財界や文壇のお客さんが入り乱れて、ゴージャスだったのでしょうね。劇中にも、政治家、建築関係者、輸入関係者の、出世や大金、利権を目論む男が絡んできます。

篠井英介

篠井英介

雪之丞:「もう戦後ではない」というキャッチフレーズが出回った時代でもありますね。女性の働き方という点で、大きな転換期です。従来のクラブやバーではなく、お茶屋さんの時代でした。芸者衆が置屋さんに雇われ、呼ばれたお座敷に行き、お花代をもらう。バーのマダムは自分が経営者です。お店をもち人を雇う、一国一城の主です。いまでこそ雇われママさんもいますが、彼女たちの時代はママがオーナー。自分のお店をどう堅持するかの意味合いや責任感、ライバル店ができたときの恐怖感は、今とはだいぶ違うものだったでしょうね。

篠井雪之丞さんのおっしゃるとおりですね。男を立てなければ、やっていけない時代ですし、足を引っ張る人もいたでしょう。当時の女の人ならではのご苦労が、さぞやあったはず。“夜の蝶”という言葉がブームになったのは、そのような時代に『女性が人の上に立って仕事なんてカッコいい!』という憧れがあったからだと思うんです。

今の感覚だけでこのお芝居を見ると、「何をそんなに苦しんでいるの?」と思われる方もいるかもしれません。だからこそ演じる私たちは、「苦労と根性があったから銀座のマダムになっているんだ」という認識を、お腹に持っておくことが大切だと感じています。それを説明する台詞はありませんが、苦労をくぐり抜けてきたたおやかさ、抜け目なさや知恵が2人にはあるというところを出せたら素敵ですね。

(左から)河合雪之丞、篠井英介

(左から)河合雪之丞、篠井英介

取材・文=塚田 史香 撮影=荒川 潤

(左から)河合雪之丞、篠井英介