次々と共和党から去っていく保守派論客

 米国のドナルド・トランプ氏が大統領になって以後、共和党の理念をメディアを通じて表現してきた保守派の論客たちが離反し始めている。

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 ジョー・スカ―ボロ―(元下院議員、現在MSNBCキャスター)、スティーブシュミット(元共和党広報戦略責任者)、ブレット・スティファン(「ニューヨークタイムズコラムニスト)、マイケル・ガーソン、マックスブーツ(ともに「ワシントンポスト」のコラムニスト)、ジョージウィル各氏が次々と共和党支持をやめている。

https://politicalwire.com/2018/09/21/the-gops-growing-identity-crisis/

 離脱組の最長老のウィル氏が6月上旬、新著を著した。

 ウィル氏のことを保守派論客のウィリアムバックリー・ジュニア*1は「わが指導者」とまで評した。

 ウォールストリートジャーナル(WSJ)紙は「ウォルター・リップマン*2と並び称される米ジャーナリズムの最高峰」と位置づけている。

*1=ウィリアムバックリー・ジュニア。『ナショナルレビュー』の創刊者で保守論壇の重鎮。

*2=ウォルター・リップマン、「現代ジャーナリズムの父」と評されるジャーナリスト。著書『世論』は大衆社会化する現代におけるジャーナリズムの意義を説いたジャーナリズムの古典とされる。マッカーシズムとベトナム戦争を厳しく批判した。

 ウィル氏は、過去45年間、「ワシントンポスト」に週2回コラムを書き続け、1977年、42歳の時ににはピューリッツアー賞(評論部門)を受賞している。

 子供の頃から神童と呼ばれた。プリンストン大学で政治学、歴史学を学んだのち、英国のオックスフォード大学でさらに研鑽に励んだ。

 それ以降、45年間、主義主張は終始一貫変わったことがない。そのウィル氏の新著のタイトルは『The Conservative Sensibility』(保守の感性)。

 同氏は「Sensibility」という言葉について、こう述べている。

「人生の絶え間ない変化と混乱を体験しながらそれに対応していく、心構えよりも深く、アジェンダ(検討すべき課題)よりも浅い、という意味だ」

 言ってみれば、「保守の矜持」だ。

 600ページの著書の中には、自称保守主義者のトランプ氏のトの字は1回も出てこない。

 逆にバラク・オバマ大統領については7回も出てくる。

 オバマ氏のプログレッシブ(進歩主義)の政治哲学には真っ向から論戦を挑んでいる。

 オバマ氏の知性を高く評価したうえで、同じ知的レベルでの保守主義対進歩主義の論戦を愉しんでいるかのようにすら見える。

 おそらくトランプ氏にとって無視されるということは批判されるよりも辛いはずだ。人間にとって無視されるということは最大の屈辱だからだ。

小化されてしまった保守のアジェンダ

 もともと米国の保守、保守主義とは何か――。

 定説としては「伝統重視、共和主義、法と秩序とキリスト教信仰の規範、現代主義文化と全体主義政府に反抗する西洋文明の防衛」(歴史学者グレゴリーシュナイダー・エムポリア州立大学教授)が米保守主義の普遍的な要素だとされている。

 ところが、現代的解釈では保守はすっかり矮小化されてしまっている。

 今や保守の最大のアジェンダは、銃規制反対、人工中絶反対、同性婚反対、地球温暖化否定になってしまっている。

 キリスト教原理主義者たちは、キリスト教信仰を錦の御旗にして人工中絶、同性婚、移民こそが「法と秩序とキリスト教信仰の規範」にしてしまっている。

 トランプ大統領は、建国の祖が書き上げた「独立宣言」を盾に「米国第一主義」を最大のアジェンダにしてしまった観が強い。

 ウィル氏は物凄く不満なのだ。

「結局、ドナルド・トランプは似非保守だった」ということが本書の行間に滲み出ている。

 ウィル氏は、建国の祖たちの保守主義に対する認識、保守主義と対峙する進歩主義、司法、政治経済学、文化、教育、外交など10項目に分けて米国にとっての保守主義について論じている。

 難解な書だ。正座して読まねば罰が当たりそうな本である。

保守の矜持とは『建国の祖』
自然権を守ることが第一

 ジョンロックやエドモンド・バークといった近代保守主義を形成してきた賢者の思想をなぞっている。そして欧州保守主義と米国保守主義の違いを明確にしている。

 ウィル氏によれば、米国保守主義を具現してきた政治家は3人いる。

 ジョージワシントン初代大統領エイブラハム・リンカーン第16代大統領ジョンマーシャル第4代最高裁長官(国務長官歴任)だ。

 ウィル氏は執筆の傍ら、全米各地を講演して回ってきた。行く先々で「保守とは何か」「保守主義者はいったい何を守りたいのか」と問われてきた。

 ウィル氏は答える。

「米国の保守の矜持とは『The Founders』(建国の祖たち)だ。彼らは『Natural right』(自然権)こそ第一、『Government』(統治権、政府)は第二だ、と信じていた。

「独立宣言の文言の中で最も重要なのは、『Secure』(保証する、守る)という単語だった」

「我々はそのことを『Self-evident』(自明の理)として堅持してきた」

「すべての人間は平等に生まれ、何人からも奪われることのない生命と自由と幸福を追求できる権利を『Their Creator』(創造主)によって授けられている」

「この権利を保証するために政府は作られたのだ」

南部進出で右傾化した共和党

 2016年の米大統領選でトランプ氏を大統領に擁立したのは共和党だ。

 その共和党は黒人奴隷制反対を唱え1854年に結成されたホィッグ党の流れを汲む北東部、中西部を支持基盤とする連邦派の政党だ。

 伝統的な保守層とキリスト教主義勢力の集票を得て躍進し、1860年にはリンカーンが同党初の大統領に選ばれた。

 元々進歩政党だった。保守とはまさに進歩派だったのだ。

 その後、公民権運動以降に民主党の地盤だった南部に進出し、キリスト教原理主義勢力を取り込む過程で右傾化し、今日に至っている。

 ウィル氏が本書で指摘している従来の「保守」の理念は歪められ、アイデンティティクライシスに直面していると、指摘する米識者も少なくない。

https://www.axios.com/republicans-growing-identity-crisis-2018-midterms-37485bd4-eeec-46de-8154-0a205eea505d.html

 アイデンティティクライシスの中で保守でもプログレッシブでもないトランプ氏があれよあれよという間に党を乗っ取り大統領候補に指名され、大統領になってしまったのだ。

 現に、トランプ氏は当初は「ニューヨーク独立党」党員で、その後民主党に鞍替え、そして共和党員になり、一時は無党派を名乗ったこともある。その後2012年共和党に復党している。

 トランプ大統領には、ウィル氏が600ページの本書に書き連ねた「保守の感性」も「保守の矜持」もないのはむしろ当然なのかもしれない。

ポストトランプ共和党にベン・サース上院議員あり

 本書を読んだという共和党支持者の米知識人3人と読書会めいたものを開いた。団体役人のW氏は一言吐き捨てるように言った。

共和党はものの見事に似非保守のトランプにハイジャックされたんだ」

「内政にしろ外交にしろ、トランプは、すべてカネで解決しようとする。それでうまくいけば共和党支持者はノーと言わない。最悪の状態が続いているんだ」

 元大学教授のG氏は、『ニューヨーク』誌に掲載されたアンドルー・サリバン元『ニュー・パブリック』編集長の書いた記事を取り出して、読み上げた。

 タイトルは『America Desperately Needs a Healthy Conservatism』(米国は今、健全な保守主義者を死活的に必要としている)だった。

http://nymag.com/intelligencer/2018/09/gop-destroying-conservatism.html

 大手金融会社を退職したB氏は、こう発言した。

「1人いるよ。ネブラスカ州選出のベン・サース上院議員だよ」

 ウィル氏も本書でサース氏について言及している。ハーバード大学を卒業した後、プリンストン大学で歴史学博士号を取得、厚生次官補を務めた後、地元ミッドランド大学学長を経て2015年、上院選に出馬して当選した47歳の正真正銘の保守主義者だ。

 サース氏は、2017年に著書を出している。

 タイトルは『Vanishing American Adult: Our Coming of Age Crisis and How to Rebuild a Culture of Self-Reliance』(滅びゆくアメリカの大人:来たるべき高齢化社会と自立文化の再構築方法)。

 共和党良識派にインパクトを与えた。

 謹厳実直。信仰心が篤く、社会倫理を尊び、家族を愛し、子供たちに自立を促す「古き良き米国」の父親であり、善良な市民の典型だ。その保守主義者が「このままだと米国はダメになるぞ」と訴えている

 2020年大統領選を来年秋に控えて、今米国保守層の間で何かが起こり始めている。

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