2019年4月10日、国内の大手企業40社が集いイノベーション創出を目指す「イノベーションテックコンソーシアム」の始動が発表された。

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 今回は、大規模な「オープンイノベーションの場」として注目が集まる同コンソーシアムや大企業の動向を通じて、国内のオープンイノベーション事情の変化を考察する。

イノベーションテックコンソーシアムとは

 イノベーションテックコンソーシアムには、トヨタ自動車パナソニック伊藤忠商事三菱UFJ銀行といった大手企業に加え、パートナーとして内閣府文部科学省経済産業省が参画している。4月15日には設立総会が開かれ、合計48の企業及び公的団体より、約110名の会員が出席。これを皮切りに、定期的にワークショップ等を開催して各企業の「イノベーション力」強化や新規事業創出の加速、そして会員企業間のオープンイノベーションを促進させていくという。

 「場」を設けることで大企業同士のオープンイノベーションを促進する、という趣旨は理解できるが、そもそも「イノベーションテック(InnovationTech)」とは何なのだろうか。同コンソーシアムでは、これを「科学的なアプローチでイノベーションを起こす確度を高めるテクノロジー、及びそのテクノロジーを用いたサービスの総称」と定義している。つまりイノベーションテックコンソーシアムとは、「偶然やひらめきに頼らずに、科学的なアプローチでイノベーションを起こす」方法論を確立するための場でもあるのだ。

 誰もが意図的に新たな価値を創造できる社会を目指す同コンソーシアムの軸となるのは、VISITS Technologiesの「コンセンサスインテリジェンス技術(以下、CI技術)」。CI技術とは、AIでは解決困難な「教師データのない『定性的な価値』を定量化できる」技術のことで、アイデアや想像力・目利き力といった感覚的な価値を、客観的に評価できるようにしていくために用いることができる。

 CI技術の特許を持つVISITS Technologiesは2018年6月、経済産業省によるスタートアップ育成支援プログラム「J-Startup」にも選出されている。イノベーションテックコンソーシアムは、有力スタートアップがけん引する取り組みとしても今後の展開が気になるところだ。

大手企業による最新オープンイノベーション事例

 2019年5月27日Crewwが発表した「上場企業から見たスタートアップ企業に関する意識調査」の結果によると、調査対象となった従業員規模1000名以上の上場企業の役職者(会社経営者、役員、部長、次長、課長)のうち、スタートアップの存在を認知している企業の72.5%が、オープンイノベーションがトレンドとなりつつあることを「知っている」と回答している。

 さらに、スタートアップとオープンイノベーションに取り組むことに対して、全体の77.5%(「とても興味がある」24.5%と「興味がある」53.0%の合計)が興味を持っていると回答。既にスタートアップとの取引経験がある会社に対象を絞ると、実に94.0%(「とても興味がある」47.0%と「興味がある」47.0%の合計)がオープンイノベーションに興味を示していることが明らかになった。

 加えて、スタートアップ企業と協業したことのある企業の役職者のうち、46.6%が協業によって何らかの成果を得られたと回答しており、それ以外の企業も前向きな感想を抱いていることが見て取れる。

 オープンイノベーションのような新規事業創出のための取り組みは、「成果が分かり辛く、上層部の理解を得ることが難しい」といわれることも多い。しかし調査結果を見る限り、大企業の役職者の間にも、その有用性は着実に浸透していっているようだ。

 イノベーション創出の王道を探求するイノベーションテックコンソーシアムへの参加に留まらず、各大手企業のオープンイノベーションに向けた取り組み事例は急速に増加している。ここではオープンイノベーションに積極的な大企業や、その最新動向を抑えておこう。

JR東日本東日本旅客鉄道)グループ

 2018年2月にコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)「JR東日本スタートアップ」を設立して以来、スタートアップとの「三位一体」で多くの共創事業を展開。

 同グループが有する経営資源とスタートアップの革新的なアイデアや技術をつなぎ、イノベーションの社会実装を目指す「JR東日本スタートアッププログラム」は、2019年2月に内閣府主催の「第1回 日本オープンイノベーション大賞」で経済産業大臣賞を受賞するなど、スピード感のある取り組みで多くの関心を集めている。

 最近では、駅構内のデッドスペースの有効活用を図るため、前述のプログラムの2017年度採択企業であるCOUNTERWORKSと共同開発した、ロッカーサイズの新型ポップアップストア「POP-UP BOX」の実証実験を2019年6月4日から30日まで実施している。

●ANAホールディングス
 戦略的なIT活用に取り組む企業として、経済産業省と東京証券取引所が共同で発表している「攻めのIT経営銘柄2019」に2年連続で選定された。加えて、“デジタル時代を先導する企業”としても評価されており、今年度より新設された「DXグランプリ」にも選ばれている。

 選定に際しては、ベンチャーキャピタルやスタートアップ、産学官連携などといった共創パートナーの拡大を意欲的に進めている点や、国内外約50の企業・研究機関とのオープンイノベーションを通じて推進している「ANA AVATAR」プロジェクトのような先進的な取り組みも高く評価された。

 また、4月15日より運用されている同グループの総合トレーニングセンター「ANA Blue Base」には、6月よりオープンイノベーション拠点として「ANA Innovation Garage」の新設が予定されている。

KDDI
 アクセラレータープログラム「KDDI∞Labo」や、コーポレートベンチャーファンド「KDDI Open Innovation Fund」、オープンイノベーションによるビジネス開発拠点「KDDI DIGITAL GATE」など、オープンイノベーションによる価値を創出するための仕組みを備える。

 イノベーションリーダーズサミット実行委員会が2018年3月8日に発表した「イノベーティブ大企業ランキング2018」でも1位を獲得しており、スタートアップからも「オープンイノベーションに積極的な大企業」として認知されていることが分かる。

 2019年5月31日には、スマートグラスを手掛ける「nreal」と戦略的パートナーシップを締結したことを発表。翌月5日にはナビタイムジャパンと連携し、MaaS領域の取り組みを推進していくことも発表しており、共創による新たな価値創出に向け、幅広い取り組みを行っている。

日本電気NEC
 AIやIoT領域での「AI・IoTビジネス共創コミュニティ」や、製造業領域における「NEC ものづくり共創プログラム」といった取り組みを通じて、パートナー企業との共創によるイノベーションを促進している。さらに2018年7月には米カリフォルニアに新会社「NEC X」を設立し、シリコンバレーのスタートアップ・エコシステムとの連携による新規事業創出を推進している。

 同社は近年、ICT技術を活用した高度な社会インフラの提供を通じて、様々な社会課題の解決を目指す「社会ソリューション事業」に注力。その一環として2019年2月8日、本社ビル内に完全予約制の共創空間「NEC Future Creation Hub」をオープンした。

 テクノロジーとビジネスの融合を「体感」し、「対話」を重ねることで、協創相手の課題とその先にある社会課題の解決にどう貢献できるかを考察。加えて、それぞれの課題に適したチームで「NEC共創プログラム」を進めていくためのリアルな「場」を用意することで、共創事業の加速を図っている。

 今回取り上げた企業・取り組みはほんの一部。意欲的な大手企業は、オープンイノベーションをスムーズに行うための組織変革を経た後、並行して様々な共創事業を立ち上げ、絶えず課題解決のための取り組みを進めているようだ。

国内オープンイノベーションは新たな段階へ

 2018年12月、リクルートマネジメントソリューションズは、従業員規模300名以上の企業に在籍する新規事業開発や新技術開発、新商品・サービス開発に携わる22~65歳の会社員334名を対象に「オープン・イノベーションに関する実態調査」を実施した。この調査レポートによると、業界水準より高い営業利益成長率を維持できている企業のうち、業界水準を超える数のイノベーションを生み出してきたと答えた回答者群が71.3%を占め、イノベーション創出数が業界水準と同程度以下の回答者群では24.9%と大きな差が生じている。

 業界水準未満の回答者群に絞ると、業界平均よりも高い営業利益成長率を維持できた企業はわずか7.4%。短期間で多くのイノベーション創出が求められるようになっていく中で、旧来の「自前主義」を廃し、より効率的なイノベーション創出が見込めるオープン化戦略を進める企業が増えてきているのは必然と言えるだろう。

 また同調査では、担当する新規開発において、オープン化を推進する方針があると答えた全体の64.4%のうち、約半数となる56.4%が社外連携は「総じて順調」(11.9%)、あるいは「どちらかといえば順調」(44.5%)と回答。連携が上手くいっていない回答者群と比較すると、探索活動等の面で違いが見られる。連携先についても、順調群は大学・研究所、ITベンチャー以外の異業種・同業他社とも積極的に連携を行っていることが分かる。

 オープンイノベーションというと、いまだに「スタートアップと大企業の協業」というイメージも根強い。しかし、自社資源との相性や、共通の目的意識を持てるかどうかといった点を踏まえて探すのなら、大企業の協業先候補はスタートアップだけではないし、逆もまた然りだ。

 オープンイノベーションを成功させるには、最適な協業先を見つけるために探索範囲を広げることも重要だが、まずは自社の弱みや強み、課題を明確にしておく必要がある。最近は「既存事業を深掘りする」ための技術を持つ協業相手を探す大手企業も増えてきた。これは、かつて未知の技術を持つスタートアップを探していた頃と比べ、大手企業の「自己分析」が進んでいることの表れとも考えられる。

 大手企業にとって、ある種対外的な「見栄え重視」の側面も強かった国内のオープンイノベーション。現在は、先行企業の躍進によってその有用性や必然性が広がりつつあり、より実用的な段階へとシフトしている最中なのだろう。

 総務省SDGsの達成やSociety 5.0の実現に向けた方策を取りまとめ、2019年5月31日に公表した「ICTグローバル戦略」でも、柱となる6つの戦略の1つに「オープンイノベーション戦略」が掲げられている。オープンイノベーションという概念は、「共有」や「連携」が鍵となるこれからの社会において、いずれは当たり前のものになっていくだろう。イノベーションテックコンソーシアムをはじめ、日本を牽引する大手企業の取り組みに対する注目度は、今後ますます高まっていくはずだ。

 企業や大学、政府や個人がシームレスに連携し、各自のパフォーマンスを最大限に活かすことで、様々な社会課題の解決につながる新たな価値を創出していける社会。遠く思える理想郷は、私たちが思うよりずっと近いところにあるのかもしれない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  2019年、日本のオープンイノベーションの行方

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