6月6日から8日まで、毎年恒例のサンクトペテルブルク国際経済フォーラム(SPIEF)が開催された。

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 ウラジーミル・プーチン大統領が例年出席し、国内外の財界トップや関係者が集結するロシア最大規模のこの経済フォーラムも、今年で23回目を迎えた。

 今年は中国の習近平国家主席が出席し、中露首脳がそれぞれ演説の中で、米国の保護主義に対する懸念を表明したという報道を日本でも目にした方も多いのではないだろうか。

 組織委員会によると、今年のフォーラムの参加者は145カ国から1万9000人以上と過去最大であった。最大勢力が中国からの参加者(1072人)で、第2位は米国(520人)であった。

 そんな今回の経済フォーラムに「影の主役」がいた。

 ソ連解体後に市場経済化が進められた新生ロシアの市場を中心に、成長企業を見出し、積極的な投資を続けてきた米国人投資家マイケルカルビー氏である。

 カルビー氏は居住するモスクワで、今年2月、詐欺罪容疑で逮捕された。

 投資会社「ベアリング・ヴォストーク」の創設者のカルビー氏のことをロシアのビジネス界では知らない人はいない。

 1994年からロシアカザフスタンウクライナをはじめ、旧ソ連諸国の80社に28億ドル以上を投資してきた。

 特に有名なプロジェクトとしては、グーグルロシア版ともいわれるロシアのIT大手「ヤンデックス」や、アマゾンロシア版ともいえるeコマースロシア大手の「OZON.ru」がある。

 そのほか、筆者もモスクワ出張時に愛用する高品質食品小売店「フクス・ヴィル」への出資が挙げられる(特に乳製品はオススメです)。

 カルビー氏はロシアビジネスに対する貢献度が高いことが評価されている。欧米による経済制裁が続くなか、海外投資家が敬遠しがちなロシアが実際には有望な投資先であるという立場を取っていた。

 カルビー氏の逮捕へとつながった詐欺容疑は、同氏が株主であるヴォストチニイ銀行を巡ってのものである。

 2017年にカルビー氏らの所有する会社がヴォストチニイ銀行への債務返済として譲渡した企業株の資産価値が、実際は評価額を大幅に下回っていたという容疑である。

 ヴォストチニイ銀行からカルビー氏らが25億ルーブル(約43億円)を横領したとして告発をしたのが、カルビー氏と同じくヴォストチニイ銀行の株主だったため、ヴォストチニイ銀行の経営権をめぐる争いが関係しているという見方もある。

 2月に逮捕された後、モスクワ市内の拘置所に収監されていたが、4月に自宅軟禁へと移された。

 そのカルビー氏が、今回の経済フォーラムに参加希望を表明していたとされることから、姿を現すか否かがロシアでは注目されていた。

 ドミトリー・ペスコフ大統領報道官がカルビー氏の経済フォーラムへの参加可能性を言及し、今年のフォーラムの「ロシアと米国」というセッションへのカルビー氏の参加登録が確認されていたということも、同氏出現の期待値を上げた。

 結局、本人の存在は確認できなかったが、カルビー氏の話題を誰もがほぼ避けることができなかったらしいという意味で、いわゆる「ベアリング・ヴォストーク事件(カルビー事件)」のインパクトの大きさが感じられたフォーラムであった。

 フォーラムでも多くの要人がカルビー事件について公にコメントした。

 プーチン大統領もその助言に耳を傾けるといわれる元財務大臣で現在会計検査院の議長であるアレクセイ・クドリン氏は、逮捕当初からカルビー氏逮捕がロシア経済における非常事態と発言していた。

 本フォーラムの場でも、逮捕を改めて強い口調で非難した。

 また、カルビー氏逮捕が、今年になってロシアからの資本逃避(キャピタルフライト)が増えた一因だと指摘した。

 財界からは、ティンコフ銀行の創始者である実業家のオレグティンコフ氏が、カルビー氏逮捕がロシアにとって「恥ずべき出来事」だと述べた。

 今回は、ロシア連邦検事総長がカルビー氏について発言したことが注目された。

 ユーリー・チャイカ検事総長は、カルビーに関する刑事事件は合法的に進められていると述べた。

 さらに、経済フォーラムのプレナリー・セッション(総会)で、プーチン大統領が初めて公の場でカルビー事件についてコメントした。

 プーチン大統領は、経済フォーラムの参加者の中にもそのように考えている人が多くいるように、カルビー氏はもしかすると有罪ではないかもしれない、と認めると同時に、それはロシア連邦の法執行機関が究明する事柄であることを強調した。

 また、カルビー氏逮捕に伴うビジネス界の緊張について問われると、プーチン大統領は自らもそのことは認識していることをつけ加え、ロシアで事業を行う投資家はロシア人や外国人を問わず、法律に通じていなければならないとしたうえで、以下のように締めくくった。

「盗みを働くな。礼儀にかなった振る舞いをしろ。それで一件落着ということだ」

 まさに現在進行中のこの事件について詳細がより明らかになっていくのはこれからだが、カルビー氏の逮捕によって、ロシアの投資環境がさらに悪化したことは確かである。

 一般的に「リスク」と「不安」が伴うとみなされがちな対ロシア投資について、「不安」の要素が高まったと考えられる。

 カルビー事件にまつわる一連の出来事は、ロシアの法執行機関とビジネス界との関係性への理解が、第4期を迎えたプーチン政権では一層重要になってきているとの認識を新たにさせるものである。

 今後の展開に注目したい。

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