冷戦期以来維持されてきた安定的な相互核抑止態勢がいま、不安定化している。

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 新たな核軍拡時代到来の兆しも見える。このような、戦後の世界秩序を大国間の核戦争による「共倒れ」への恐怖により、安定させてきた核抑止態勢がゆらぎつつある。

核抑止の安定性を切り崩す背景要因

 確証破壊能力とは、敵の核攻撃の先制第1撃から生き残った核戦力で、報復第2撃により反撃し、相手国に対して国家として存続できない損害を与える能力を指す。

 敵対する核大国が双方ともにこの確証破壊能力を保有すれば、どちらが先に先制攻撃を行っても、確実に相手国からの反撃核攻撃により、自国も国家として存続できなくなる。

 そのために敵対する核大国はともに、先制核攻撃を行う誘惑に駆られることがなくなり、相互核抑止態勢は安定することになる。

 しかしそのような相互確証破壊態勢がいま、不安定になってきている。

 その第1の理由は、MD(ミサイル防衛)システムを突破できるとする、様々な新しい核攻撃型の兵器が開発配備されるようになってきたことがある。

 2018年3月、ロシアのウラジミール・プーチン大統領は、原子力推進のほぼ無限に飛べる核巡航ミサイル原子力推進の大陸間核魚雷の開発、「サルマート」多弾頭超重ICBM(大陸間弾道ミサイル)の配備など、米国とその同盟国のMDを突破できるとする新核戦力体系の開発配備を宣言している。

 中国は、米露に先駆けてMDを突破できる極超音速の機動型滑空飛翔体の試験を重ね、来年にも配備するとしている。

 第2の理由として、宇宙の軍事利用の進展がある。

「宇宙条約」第4条では、「核兵器および他の種類の大量破壊兵器を運ぶ物体を地球を回る軌道に乗せること」および「これらの兵器を宇宙空間に配置すること」は禁じられている。

 しかし条約に反し、宇宙空間から直接地球表面の目標を攻撃できる、各種の兵器システムの開発配備が進んでいる。

 また、その結果既存の各種衛星が破壊あるいは機能マヒを起こし、ICBMなどが誘導できなくなり、核抑止機能が不安定になる恐れが高まっている。

 旧ソ連1968年、米国は1985年、中国は2007年に衛星破壊実験を行っている。2019年3月にはインドもこれに続いた。

 ロシアは、2016年に宇宙を拠点としたMDの配備を宣言し、2017年3月には、宇宙空間から核攻撃できる無人の宇宙往還機も開発していると発表している。

 中国は「天空一体」を唱え、戦略支援部隊を編成し、宇宙の軍事化を進めている。

 衛星に対するレーザー攻撃の実験を繰り返しており、宇宙ステーション「天宮」にはレーザー兵器を搭載するとみられている。

 第3に、米中露の核戦力体系の非対称性という問題がある。

 ドナルド・トランプ政権の下で2018年に出された『核態勢報告』でも、短距離の低出力核をめぐりロシアが一方的に有利な態勢にあること、INF条約に拘束されない中国が西太平洋などで中距離核戦力の一方的優位を高めつつあることが、深刻な脅威ととらえられている。

 トランプ政権は核兵器の近代化に最優先で予算を配分し、低出力核の増加配備、核弾頭とその運搬手段の近代化を加速させるとしている。またロシアのINF条約違反を理由に、INF条約からの撤退を表明した。

 2021年2月まで効力を持つ新STARTについても、『核態勢報告』では「取り決めの順守、予測可能性、透明性」が再度確保され、「取り決めの結果が米国、同盟国や友好国の安全保障を高めるものである限り、軍備管理の機会について考慮する用意がある」との、留保姿勢を示している。

 第4に、北朝鮮イランのような新しい核保有国またはその可能性のある国が増加していることも、核抑止態勢をより複雑にし、見通しを難しくしている。

 北朝鮮核ミサイル問題をめぐり首脳会談は繰り返されているが、実質的な進展はみられていない。トランプ政権は、イランの核合意見直しを唱えている。

 これらの一連の要因が相乗効果を発揮し、核抑止態勢全般が世界的に不安定になってきている。

 その脅威は、世界秩序を力で維持してきた、最大の核保有国でもある米国の、内向き姿勢への転換の大きな背景要因の一つになっている。

 バラク・オバマ、トランプ両政権は「世界の警察官」としての役割放棄を表明している。

 MDや前方展開戦力を同盟国に配備していても、支援する衛星システムなどをマヒさせて、あるいは超音速の機動型弾頭によりMD網を突破して、直接米本土を攻撃できる兵器システムの開発配備を中露が進めている。

 さらに中露の周辺国に対する非対称の核脅威、北朝鮮などの新たな核保有国の登場など、これまでの核抑止態勢は不安定になってきている。

 このため米国としては、米本土防衛への直接的脅威への対処を最優先しなければならなくなった。

 それと同時に、同盟国に直接的脅威を与えている中露朝の中距離核、短距離核にどう対処するか、拡大抑止をどう維持するかも問われている。

 日本など米国の同盟国で、中露に隣接する諸国にとっては、国家安全保障の根幹に関わる深刻な脅威となっている。

 米国が、敵対的な核大国として注目しているのはロシアと中国である。

 両国の核戦力とMD突破戦力の脅威に対し、トランプ政権は、核戦力の増強近代化、特に低出力核の増強、INF条約からの脱退などの対応をとろうとしている。

 これに対して、トランプ政権に批判的な立場から書かれた戦略論を、以下に紹介する。

 出典は、パトリック・タッカー『核兵器の予測困難性と危険性の高まり』(“Nuclear Weapons Are Getting Less Predictable, and More Dangerous,” by Patrick Tucker Technology Editor, Defense One, (as of June 1, 2019))である。

ロシアの超音速ICBMによる
米国の核攻撃警戒システムの無効化

 2017年5月9日ロシアはナチズムに対する戦勝72周年記念日に、「トーポリM」ICBMを登場させた。

 このICBMは移動式で弾頭はより小型化されていた。そのため米国防総省は、追跡システムの性能向上を迫られた。

 このように、「トーポリM」の登場は、核兵器による攻撃の予測可能性を低下させた。

 2019年5月13日の米ロ外相会談で、マイク・ポンペオ米国務長官とセルゲイ・ラブロフロシア外務大臣が会談した。

 両者は、中国も含めた新しい核兵器についての包括的条約締結の可能性について協議した。

 同時にポンペオ長官は、ロシアの新型の核兵器に対抗するため、米国は最新型のミサイルに搭載した新世代の核兵器の開発を進めていることも表明した。

 もしもトランプ政権が再交渉に失敗したならば、世界はここ数十年来見られなかった、核対立をめぐる高度の緊張状態に置かれることになるとみられている。

 なぜなら、これらの新型兵器は核の予測可能性を損なうことになるからである。

 核兵器時代の始まったときから、戦略爆撃機、ICBM、SSBN(弾道ミサイル搭載原子力潜水艦)の3本柱からなる戦略核兵器システムにより、核戦争の開始の様相については、共通の認識が核大国間では共有されてきた。

 敵のICBMの自国国土への接近により、敵の第1撃が始まったことを、お互いに認知でき、ICBMの弾頭が到達する前に、対抗策をとることができた。

 しかしロシアが計画に着手した、従来よりも機動性の優れた「超音速兵器」と称されるICBMは、そのような対応を困難にするであろう。

 超音速のICBMはマッハ5以上で飛行するため、米国側の防御に新しい課題をもたらす。

 米統合参謀本部副参謀長のポール・セルバ空軍大将は、今年4月、「もしも敵のICBMがハドソン湾の北端をマッハ13で通過するとすれば、残存した速度で米大陸の48州とアラスカ全土を攻撃できるだろう。左右どちらにも誘導でき、攻撃目標を全米本土とアラスカのどこにでも選定できる。それは恐るべきことだ」と語っている。

 そうなれば、米国の指導者たちは、文明の終焉になりかねない最後の死活的な数分間に、どのような兵器が自国に向かってきているのか理解するのが、より困難になる。

 セルバ空軍大将はさらに以下のように述べている。

「現在の我々の兆候把握と警戒の態勢は、ミサイルから切り離された後、重力の慣性軌道に従いながら、比較的ゆっくりと機動する再突入弾頭に対処することを基本的前提にしている」

「複数の再突入弾頭は「火の玉」になり、それにより「我々は攻撃されていることが分かる。そして、あるレーダが再突入弾頭の一つを捕捉すれば、その再突入弾頭がどこに向かうかが分かる」

「これまでのICBMなら、この2つの地点のデータから『合理的な確率』をもって、どこに着弾するかを予測できた」

「そのことにより我々は、もしも大量攻撃を受けているならそれに対応し、もしも受けていないなら、対応しないという決心をするために必要な十分な時間の余裕を核作戦指揮統制機構に対して与えることができた」

「超音速ICBMは、そのような兆候把握・警戒システムを破り始めている」

 その対応策として国防総省は、機動型のICBMを追尾するための、新しい低高度地球軌道衛星のネットワーク打ち上げに期待を寄せている。

 また国防総省は、自らの超音速兵器の開発を進めており、エンジンの地上試験が今年後半に予定されている。

低出力核兵器の開発配備の必要性とその効果

 もう一つの予測のつかない課題が、出力可変式または低出力の核兵器の問題である。

 米国科学者連盟のハンスクリステンセン氏によれば、ロシアは2500発のこのような小型核を保有しているとみられている。

 ロシアのドクトリンによれば、ロシアは小型核兵器を、戦術的勝利を確実にするために、そうでなければ通常戦争で終わる戦場でも、使用することを考えている。

 その理由は、米国は、近隣の街を破壊することになる大型の核兵器を使用して反撃しようとはしないであろうと、ロシア側がみていることにある。

 米国防総省は、このことを「エスカレートさせないためのエスカレートescalate to de-escalate)」ドクトリンと呼んでいる。

 米国は自らの、新世代のより小型の核の製造を開始している。

 その理由は、2018年の『核態勢報告』にも示されているが、すでに今年1月以降、組み立てラインから新小型核は製造されている。

「限定された数の低出力核により、米大統領には、『もしもロシアが我々を低出力核で攻撃するなら、我々には本質的にエスカレーションを招かず安定化させられる選択肢がある』と応じられる、選択肢が与えられる」とセルバ空軍大将は述べている。

 しかし同時にセルバ氏は、低出力兵器には超音速兵器と同様のあいまいさがあるとの注意も喚起している。

 米国はロシアの兵器開発に対して、他のいくつかのカギとなる動きで対応してきた。

 航空機搭載型次世代巡航ミサイルの製造、新型の敵地侵攻能力を持つ爆撃機のノースロップ・グラマンへの発注、一部の潜水艦発射弾道ミサイルの核出力の低減、核弾頭搭載可能な海中発射巡航ミサイル再展開の検討などである。

 海軍分析センター(Center for Naval Analysis: CNA)の今年3月の報告によれば、「この一連のシステムは米国に、ロシア全土の目標、必要とあれば展開したロシア軍に対して、様々な威力の限定的対処の選択肢による脅威を与えることを、可能にするであろう」

 国防総省の高官によれば、この新しいSLCM(潜水艦発射巡航ミサイル)が、低出力核として追加されるか、または軍備管理上の合意に従い現在のミサイル・爆弾と換装されることになる。

 核弾頭の数はこれまでほど重要ではなくなる。

 米国としては低出力核の数でロシアと競うつもりはないし、そうする必要もないとされている。多くのあいまいな兵器を保有する利点の一つは、すべてのミサイルと爆弾の相手に対する脅威度が上がるということである。

 セルバ空軍大将は、低出力核爆弾について、「彼らは我々よりも数多く保有しているのは事実だ。しかし我々はその脅威に対する答えを持っている。我々の選択肢の一部としてそれを持っていることが重要なのだ」と語っている。

 他方、核脅威イニシアティブ(Nuclear Threat Initiative: NTI)の世界核政策計画のリン・ルステン副代表は、「SLCMでもこのあいまいさの問題は適用できる」と語っている。

「我々は通常型のSLCMを我々の通常の戦争に多数使用している。もしも我々が、核SLCMを使用し始めたなら、相手は、いつこちらがその1発目を使い始めるのか、何が自分に向かってくるのか、それがどこに向かっているのかについて、本当に判別できるだろうか?」と不確実性の増加の問題を問いかけている。

中国を巻き込んだ新START(戦略兵器削減条約)
再交渉の追求とその可能性

 新しい兵器の導入は、核戦略に新しい不確実性をもたらすことになる。

 このため、トランプ政権の対応は主に、既にある軍備管理合意を破棄し、別の新たな合意にも言質を与えないままにしておき、第3の選択肢を提案するというものだった。

 すなわち、中ロと米国の3国の間での新たな包括的な核兵器に関する合意を提案することだった。

 ポンペオ長官はラブロフ外相との会談の後、以下のように述べている。

トランプ大統領は国家安全保障のチームに対して、伝統的な米ロの枠組みを超えて他の国も含め、もっと幅広く軍備管理交渉を考え、もっと幅広い兵器システムを含めることを命じた」

大統領は、米国民に対し真の安全を保障するために、より厳格な軍備管理を要求している。我々はこれらの目標を達成できるし、我々は共に協力し、できれば中国も含めることが重要である」

 しかし専門家たちは、北京はそのような合意には関心を示していないと述べている。

 その理由の一つは、中国の核兵器の規模が米ロよりもはるかに小さいことにある。ただし中国は近年、SSBN艦隊を展開し、極超音速飛翔体の分野では米国よりも進んでいる。

「中国の長年の政策は、ひとたび米ロが、大幅で非可逆な削減を完了し、核兵器の第1撃使用の権利を放棄するならば、そのような(軍備管理交渉の)過程に応じるであろうというものである」と、CNAは報告している。

 また同報告は、北京には、軍備管理条約が機能するうえで必要な、ある種の透明性や検証についての合意に服する意向もないとしている。

 また次のようにも述べている。

「中国の歴史においては、不透明であることは、その小さな核戦力の残存性に大いに寄与するものとされてきた」

「中国は、米国にはより強大な核大国として、その能力についての透明性を示す義務があるが、中国は、その規模、構成、地理的な位置、核攻撃計画などの細部を開示すれば、作戦上の脆弱性を生むことになるので、あいまいにしておく資格があるとしばしば主張している」

 多くの軍備管理交渉の専門家たちは、米国にとりこの極めて予測しがたい将来を導くために採りうる、最初の重要な段階は、新STARTを拡大することであると述べている。

 セルバ空軍大将自身すら、そのような拡大を推奨する意見を公にする傾向にあり、戦略戦力についての既存の枠組みを維持できる条約的枠組みが、多くの面で米国にとって利益になると語っている。

「条約は条約である。条約の拡大が本当に米国の利益の増進につながるのか。それが我々が問いかけるべき唯一の疑問である」

「もしも、我々が条約の拡大を選択しなければ、計算可能な一連の数値のない(核戦力の数が互いに読めなくなる)世界になるだろう」

「それが我々の国益につながるだろうか。それこそ、今後10年以内に我々が議論しなければならないと、私が信ずる点である」

 CNAの報告ではさらに、条約は、非効率と不知、究極的には予測不可能性に対する防壁であると述べている。

「新STARTによる協力的な透明性なしには、米国の情報コミュニティは、より多くの資源をロシアの戦略核戦力に注がねばならなくなるが、それでも洞察力と信頼性のより劣った分析評価しか得られなくなるだろう」

「米国は、衛星、技術手段などの、乏しい国家技術手段を、他の任務から振り替えるための機会費用を払わねばならなくなる」

ロシアの防衛当局者も、米国が新STARTに違反していないかを確認する能力を失い、より不確実性が増す中で行動することになる」

「米露ともに、相手国の正確な弾頭の水準に関する、同程度の信頼度を持った評価能力を、持てなくなる。その結果、最悪のケースの計画も蓋然性が増すことになるだろう」

 政府の国内での政策論に対して、一部の議員が怒りを高めている。上院外交委員会は軍備管理・国際安全保障担当のアンドレア・L・トンプソン次官の証言を聴聞した。

 彼女は、新STARTの再見直しは国家にとり最善の国益とは言えない、政府はその成り行きをみるべきだと述べた。しかし彼女は、詳しい説明は避けた。

 民主党ニュージャージー州選出ボブ・メネンデズ上院議員は、彼女に「もしも新STARTの期限が切れた場合、ロシアは数百発どころか、それに加えて数千発の核弾頭を米国に向けることになるのではないのか」と質した。

 トンプソン次官は「それはロシアにとっては良い質問だが、仮定の質問に答えるつもりはない」と応じた。

 メネンデズ上院議員は激怒し、「それは仮定ではない。もしも我々が、彼らが何をしているか検証できなければ、起こりうることだ」と述べた。

 新STARTが崩壊すれば、中国もまた不可測性が高まるのに備えて、より攻撃的な核態勢をとるかもしれない。

 カーネギー・ツィンホア世界政策センターのカーネギー核政策計画フェローであるトン・ツァオ氏は、以下のように述べている。

(条約の失効は)「中国にとり、米ロの戦略核戦力についての不確定性が高まり、中国は核兵器を増強しようとし、対する米ロの懸念が強まるであろう」

「第2に、透明性の欠如により、米ロの核兵器は透明性のある場合よりもより迅速に増強されるであろう。その結果、中国は両核大国の攻撃的な意図が高まっていることによる増強とみなすであろう」

今後の見通し
軍拡競争の始まりと核をめぐる緊張の高まり

 不確実性が増大するにつれて、誤解もさらに危険になる。米国は状況を不完全なレンズを通して見ると信ずべき理由がある。

 米国には、中国は3国間の軍備管理に何らかの関心を持っているとみる見方がある。

 ロシアは「エスカレートさせないためのエスカレート」に関心があるという見方もある。

 国際危機対処グループのオルガオリカー欧州・中央アジア部長のような一部のロシアの専門家は、そのような見方は、ロシアの2017年の海軍ドクトリンを誤読した後に、西側が夢見ている作り話だとしている。

 彼女は今年2月、次のように書いている。

モスクワが信じ続け、ロシアの将軍たちが個人的会話の中で強調しているのは、いかなるNATO(北大西洋条約機構)との通常戦力による紛争でも、エスカレーションしない(de-escalation)ではなく、急速にエスカレーションし、全面核戦争に至るリスクを伴う」

「それゆえに、それはいかなる代価を払ってでも避けなければならない」

 むしろ、米国が新しい低出力核、すなわち、多くのことをロシアのせいにする「エスカレートさせないためのエスカレート」戦略に力点を置けば、抑止のバランスが崩れ、低出力核増強の提案者の意図とは逆に、潜在的な危機の引き金を引くことになるかもしれない。

 ミカエル・コフマン氏は、CNAの科学研究者だが、彼は「エスカレートさせないためのエスカレート」という議論は、ロシアの戦略ドクトリンについてのより基本的な真実をあいまいにしてしまうとしている。

ロシアは、米国とのある戦争が通常戦争のみで終わりうるとの主張を一度も受け入れたことがない。したがってロシアの核戦略は、規模の変更が可能な核兵器の使用という、堅固な基礎を有している」

「そのことは、力の誇示、エスカレーション管理、戦闘、もし必要なら戦争の終結という各段階の、すべての基礎となっている」

 彼は『ディフェンス・ワン(Defense One)』にこう述べている。

「その問題の核心は、米国防総省が、核兵器は、通常戦争においては抑止することのできる、ある種の巧妙な仕かけ(gimmick)だが、実際には、ロシアとの通常戦力のみで終わる戦争という見通しは、最初からある程度の限界があると、信じていることだ」

 肝心要なことは、以下の点である。

 米国とロシアと中国は、他国の意図について深刻な誤解をしながら、核戦力についてのるかそるかの議論に入ろうとしているのかもしれない。

 新たな交渉への努力が失敗に終わり、新STARTが再承認されなければ、核をめぐる緊張の高まりと不確実性の増加という代償を払うことになるだろう。

 NTIのルステン氏は、軍拡競争はすでに始まっていると信じている。

「我々は、いまの趨勢が招く、これから5年後の世界にいたいとは思わない」と彼女は述べている。

まとめ: 評価と対応

 以上のパトリック・タッカー氏による、核兵器の予測困難性と危険性の高まりに関する論文では、まず、中露の超音速の機動型ミサイルに対する危機感が率直に述べられている。

 セルバ空軍大将が具体的に述べているように、このような新型ミサイルに対しては、従来の目標捕捉、警戒監視システムでも、弾道ミサイル迎撃システムでも、もはや対処できない。

 ロシアが配備しようとしている原子力推進の巡航ミサイルへの対処でも、同様の懸念が表明されており、同様の対応策が必要になる。

 目標捕捉や警戒監視については、低高度地球軌道衛星のネットワークの必要性が述べられている。それには多数の衛星を管理統制しつつ、相互間の指揮統制・通信・情報ネットワークを維持しなければならない。

 また低軌道衛星は撃墜されやすく、平常時も摩擦熱で落下しやすく寿命が短い。このため、予備衛星の迅速な打ち上げ能力も求められる。

 迎撃システムとしては、電磁パルスレールガン・高出力レーザーなどの指向性エネルギー兵器の開発配備が不可欠になっている。

 中露は対衛星攻撃能力も高めている。これらの新たな宇宙空間での脅威に対処するためには、宇宙軍の創設が必要になる。米中ロとも宇宙軍に匹敵する軍種を創設している。

 日本も指向性エネルギーによる迎撃システムの開発配備を急がねばならない。

 また宇宙軍に当たる新たな軍種の創設も必要であろう。その際には、防衛省自衛隊のみならず、宇宙開発関連の他省庁やJAXA、民間の宇宙関連企業の協力が欠かせない。

 また通信、情報、対情報、サイバーセキュリティの機能も併せ持つ必要がある。

 上記論文では、ロシアの低出力核の優位に対してトランプ政権がとっている低出力の核兵器の増強と再配備という対応策については、予測が困難になり不確実性が増し、核抑止の安定性が損なわれるとする批判を重点的に展開している。

 特にロシアは、通常戦力による紛争でも核兵器を使用することをドクトリンに組み込んでおり、低出力核の配備はエスカレーションの危機を招きかねないとの警告を発している。

 このような警告は、かねて主張されている点であるが、ロシアが2500発の低出力核を持ちながら、米国が300から500発程度の低出力核しか保有していないという現状を踏まえれば、現状の危険性の方がより大きいとみるべきであろう。

 なぜなら、米ロ間の非対称性が、ロシアの低出力核使用への誘因を高める恐れがあり、エスカレーション・ラダーにおける優位性の欠如が抑止の破綻を招きかねないからである。

 この問題は、現に存在するリスクであることから、これ以上の格差拡大を許さず抑止力を高めるという意味では、緊急性も合理性もあると判断できる。

 将来の中露の対抗策に伴う、予測されるリスクよりも対処上は、当然優先されるべきであろう。

 中国を巻き込んだ新STARTの再見直しについては、中国自身にとり、新たなINF条約や戦略兵器削減交渉に参加し、自らの戦略的自由度を制約することが戦略的利益になるとはみられない。

 また、文中に述べられている核バランスの均衡や米ロによる核先制使用放棄の保証といった条件は、当面満たされそうにはない。

 中国が、軍拡の経済負担に耐えられず軍縮が避けられなくなる、あるいは中国が、米ロに対する相互抑止の安定性を求めて核軍備管理の必要性を痛感するといった情勢も、当面はありそうにもない。

 いずれにしても、中国が核軍備管理に応じる可能性には乏しい。

 そうであれば、米国も、INF条約からも脱退し、新STARTの更新にも安易に応じないで、自らの核軍備拡大の自由度を確保して、核戦力の優位をまずは回復すべきだとする、トランプ政権の政策の方向性は正しいと評価できる。

 米国がINF条約からの離脱など、条約上の制約が解かれることになれば、日本も、「非核三原則」の見直し、核SLCMの再配備容認など、米国の新たな核抑止態勢への転換に連動した対応について、米国側と協議に入る必要が出てくるかもしれない。

 世界の核抑止態勢は、MDの有効性の低下、宇宙の軍事化、低出力核の増強とINF再配備、新たな核軍備管理交渉をめぐる駆け引きなど、米中露間の新たな核軍拡と核態勢、核交渉をめぐる確執の中で、大きな転換点を迎えている。

 日本も、核抑止力を維持向上するためのあるべき態勢について、国家安全保障の根幹に関わる問題として、情勢の変化を見据えつつ、主体的かつ真剣に検討し、態勢を見直さねばならない時代になっている。

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