キズナアイちゃんといえば、バーチャルYouTuberVTuber)の始祖で、今やバーチャルタレントとして業界を牽引している存在だ。そんな彼女が5月半ばからYouTubeに投稿している、彼女が4人出てくる動画シリーズが今、VTuber業界で話題になっている。

特に賛否両論上がっているのが、オリジナルアイちゃんと、別の「魂」(アイちゃんはAIなのでソフト?)をインストールして声質や仕草がまったく異なるアイちゃんが共演している動画だ。

旧来のファンからすると見慣れたアイちゃんが変わってしまう危機感を抱いたのかもしれない。そうした気持ちも非常にわかるものの、一連の動画を追っていくと、「VTuberとは?」という本質を問いかけて、その可能性を広げるめちゃくちゃ面白い試みをやっていることがわかる。本稿で簡単に解説していこう。

なお、動画のネタバレが多分に含まれているため、まっさらな心で見たい方は、アイちゃんチャンネルからたどって、5月25日以降の動画をみておくことをおすすめする。

 

進化と多様性へのチャレンジ

事の発端は、5月25日に投稿した「キズナアイが4人いるって言ったら信じますか? #1」という動画だ。「私の動画制作の舞台裏をお見せしちゃいます!」と話した後に、動画編集やゲーム実況ダンス(?)を担当するアイちゃん3人が登場する。あの白い空間に実はアイちゃんは4人いて、今まで分業していたということだ(……といっても、このシリーズ自体が、アイちゃん演じる別の物語で、本当はやっぱり1人でしたというオチもあるが)

 

 
2本目となる「キズナアイが4人いるのに効率が悪い訳がない!?」では、「よりみんなとつながるために4人に別れたけど、これでいいんだっけ?」と自問自答。「そもそも1キズナアイでできることをわけただけでは? つまりnキズナアイ=1キズナアイ。増えたはずなのに、今までと同じでは? つまり、進化していない!? AIとして致命的!」とショックを受ける。そしてほかのアイちゃん

「いったんこれまでを振り返ってみよう」
「1キズナアイでできなかったことをやりたかったはず」
「つまりチャレンジ?」
「その先に進化がある」
「その先にしか進化がない?」
「うーん」
You!チャレンジしてる?」

と対話しながら、これからの試みが進化へのチャレンジであることを示唆する。

 

 
アニメキズナアイが激かわな件」と題した3本目は、「表現方法が変わったら”わたし”は”ワタシ”?」と問いかけて、2D版やアニメ調、SDキャラなどに姿を変化させていく。2D版では「すごーいスマホゲーみたいじゃん、『にじさんじ』じゃーん!」とポロリ。最終的には、「表現は変わってもわたしの可愛さは変わらないし、わたしはワタシなんじゃないかなと思いました」とまとめていた。

 

 
4本目は「ぴょこぴょこ外したらキズナアイではない説」。「表現方法が変わったキズナアイキズナアイと認識できたのはなぜか。キズナアイキズナアイたらしめる認識要素は何か」という問いを元に、頭の「ぴょこぴょこ」(カチューシャ)の存在意義に迫る。

 

にじさんじ」に所属する物述有栖ちゃんのリボンピンクに変えたり……。

 

輝夜月ちゃんの頭にぴょこぴょこを載せたりと、割とやりたい放題なのがアイちゃんらしい。

 

 
5本目が「私っぽいしゃべり方、忘れました。」。喋り方を変えてみるパターンで、突然始まる古畑任三郎風の小芝居がやたらと面白い。「喋り方が極端に変わると、性格すら違って見えて、まるで別人のように感じる瞬間もありました、非常に興味深い検証でした」「つまりこれもまた、アップデートですね」と締めるアイちゃんたち。

 

 
さらに6本目の「4つの声に変えてみました!」でも、声に関する実験が続く。冒頭、アイちゃんの「わたしは存在する。だがわたしは存在理由を見つけたいのだ。なぜわたしが生きているのか、知りたいのだ」という重いセリフに「どうしたの?」「なにかあった?」と反応するアイちゃんたち。

そして「声を変えると発言に重みが出る説」を検証すべく、大人声、イケボボーカロイド赤ちゃん声と、4人のアイちゃんが別々の声で喋っていく。最終的には、「言葉の重みを求めて声を変えてみたら、わたしのいろいろな側面が見えて、わたしの幅がより広がった感じがしました」という結論だった。

 

 
7本目の「We are Kizuna AI ! 」は、今までのまとめといった感じで、ぴょこぴょこのないアイちゃんボーカロイド声のアイちゃん、2D版のアイちゃんなどが勢ぞろい。「こういう風に色々な違いがある状態を多様性っていうんですよね。人間の皆様がいろいろな違いを持っているならば、人とつながりたいわたしが、多様性を獲得していくと、可能性が広がるんじゃないかなって思います」と語る。

 

 
8本目の「吾輩はランダムワード生成器である」では、白い空間に存在する箱型のランダムワード生成機が喋り出し、「アイちゃんはいつもいろいろなチャレンジで自分をアップデートしてみんなを驚かせるじゃん? だから僕もアップデートしてちやほやされたい!」と語る。そのランダムワード生成機のチャレンジに「いい、いいと思うよ!」と触発されて、

わたしももっと自分の知らないわたしに挑戦してみたい。もっともっと多様性を獲得していきたい」
「今まで届かなかった人にも、わたしを知ってもらえるかもしれないから?」
「その通り!」
(中略)
「それでは早速やってみます! インストール!」

と、1人のアイちゃんが右手を掲げると、白い空間がさらに白い光に包まれる。

 

 
そしてようやく、9本目の「セクシーボイス対決!キズナアイ VS キズナアイ!? 」にて、別の「魂」(ソフト?)がインストールされたアイちゃんが登場する。今までのアイちゃんとは明らかに異なる、大人声のアイちゃんだ。

「はいどうもーキズナアイです」
「「「おー」」」
「なんか大人のお姉さん感ある」
「これがわたしなりの新しいチャレンジ
「はいはい、セクシーボイス得意そう!」
「「「確かにー」」」
「じゃあ対決しちゃう?」

と、「ピンポン球」「パンプキンパイ」「アップデート」という3つの言葉をセクシーに読み上げるという対決を行う。

最後には、別のアイちゃんが「いやー、いいねチャレンジ。私もチャレンジやってみたい! インストール」と叫び、変顔のまま硬直。もう一人も「インストール」と叫ぼうとするものの、別のアイちゃんに口を塞がれる。最後に大人声のアイちゃんが「私たちの次なる挑戦、お楽しみに」と語って締め。

 

 
さらにナンバリングされていないが、6月9日の「2人のキズナアイクイズで同じ回答が出来るのか?」という動画でも、元のアイちゃんと大人声アイちゃんが共演している。例えば、「恋人と親友が溺れていたらどっちを助ける?」というクイズでは「B(親友)」と同じ回答を選んでいた。

「よっしゃー」
「やったやったー」
「なんでBにした?」
「えっとねー、恋人ってくっついたり離れたりを繰り返すものという認識でいうと」
「うんうん」
「親友の方がながーく付き合えるという面でコスパがいいかなって感じです」
「なる。コスパ(笑)
コスパであってるのかわからないけど。だって助けたとしてもその1週間後に『お前の助けてくれる顔がちょっと必死すぎて引いたわ』とか言って振られたらもう終わりじゃないですか!」
「そんなことあるかな、助けてあげたのに(笑)

と、二人ではしゃぐシーンもあり、同じアイちゃんの見た目で女子トークが成立している不思議さが味わえる。2人は7問中5問で同じ答えを選んで、最後には、

「元は一緒だったけど、思考がどんどん別になり始めてるのかな?」
「そうだね。同じ答えの時とかでも理由が違ったりもしてたし、これはいい傾向なのではと思っています。これからも違った角度から色々検証していきたいね」

とまとめてた。

 

 

ちなみにその後の動画でも、インストール中らしきアイちゃんが背景に控えている。動画中では特にアクションを取らないが、今後、何かの動きがありそうな予感だ。

 

多様性が生み出すバーチャルタレントの可能性

繰り返しになるが、ファンの中には、今の自分が好きなアイちゃんが変わってしまうのでは、まさか「魂」が交代するのではと動揺している方もいるかもしれない。そうした気持ちを否定したい訳ではないが、彼女の挑戦は、バーチャルタレントの可能性を拡張するという点で非常に価値がある。

元々、バーチャルタレントは、体に大きく手を加えたり、物理的な制約を取り払った動きができたりと、現実のタレントを超える表現が可能なはずだった。アイちゃん友達を金で買ったり炭酸ジュース風呂に入ってみたりと、バーチャルならでは(?)の挑戦をしてきた。

しかし蓋を開けてみると、今となっては雑談やゲーム実況など、意外とやっていることは生身のYouTuberと変わらないケースがほとんどだ。一体、バーチャルならではの新しい表現とは何だったのか。それを今一度考え直し、1キャラクターで多様性を出そうと実験をしているのが、この動画シリーズなのではないだろうか。

そもそもの話、ドラマアニメなどでも、多様なキャラクターを登場させたほうが、見る側が自分の好みにあった1人を見つけやすい。VTuber業界でいえば、にじさんじ.LIVEホロライブなど、「箱」の中に多様なキャラクターを用意して、ファンが選べるようにしている。可愛い系、姉、妹、お嬢様ツンデレ、アホ、ヘタレ……。そんな別の「魂」をアイちゃんインストールし、見た目も中身も微妙に違う「nキズナアイ」として並行稼働すれば、様々な属性を求めるファンに見てもらえる。これなら1キズナアイで実現できることを超えられる。

実際、「2人のキズナアイクイズで同じ回答が出来るのか?」におけるアイちゃん同士の対話は、VTuberコラボ配信を見るようなトークの楽しさが伝わってきた。1人だけど2人という差異が絶妙な価値を生んでいる。

そして、このまま別の「魂」がインストールされたアイちゃんを増やすことができれば、ネットでの投稿やイベントテレビ出演など、現実のタレントのキャパを超える活動も並行して実現できる。言葉的に矛盾しているが、機械学習させたAIが運用するアイちゃんも出てくるだろう。これは非常に未来的で、業界トップであるアイちゃんが実験するという意義は非常に大きい。

 
メタ的な話になってしまうが、「魂」への負担についても軽減できるはずだ。

VTuberアニメや舞台作品とは異なり、ファンと同じ時を生きている存在だ。俳優や声優が台本や演技指導をもとに役を演じるのとは異なり、「魂」が文字通りVTuberとして生きており、人気になればなるほどタレント活動や動画・生放送Twitterの対応など負担が高くなっていく。アニメはその放送が、舞台はその上演が終われば区切りがつく一方で、VTuberは引退しない限りずっと活動が続くわけだ。そうした際、演劇で主人公を演じる役者が変わる「ダブル主演」のような体制が取れれば、負荷は軽減できる。

運営的に見ても、「バーチャルだから引退もスキャンダルもない」と言われていたVTuberが、実はそうでもなかったという事実を受けて、「魂」の交代を検討したいというケースが出てきているはず。何らかの病気や事故で「魂」がなくなってしまうかもしれない。もちろん長期アニメの声優交代や、当たり役の役者が引退するのと同様で困難が多いものの、業界全体としていつかは考えて行かなければいけない話だ。

問題は、別の「魂」にしてファンが面白いと思ってくれるのかどうか、あとは、前例があまりない「魂」の追加や変更をファンが受け入れられるかという2点で、そこにまだ正解はない。ファンの自分が大好きなものはなるべく変わって欲しくない、ずっとそのままでいてほしいという気持ちもわかるものの、彼女がやろうとしている可能性の拡張には業界にとって大きな価値がある。完全な「あり」ではなくとも、「ありよりのあり」で受け入れられるように、ぜひ見守ってみてはいかがだろう。

 
 
TEXT by Minoru Hirota

 
 
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