大麻取締法違反(所持)の罪に問われた、アイドルグループ・KAT-TUNの元メンバー・田口淳之介被告(33)が保釈された際、報道陣の前で突然土下座したことが話題になりました。土下座といえば、謝罪の表現として時折見られる一方、選挙での投票依頼など「お願い」の場面でも使われることがあります。そもそも、土下座とはいつごろ生まれ、どのような意味があるのでしょうか。和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。

本来は「最高度の敬意」を示す礼法

Q.土下座とはいつごろ、どういう場面で、どのような意味で使われ始めたのでしょうか。

齊木さん「そもそも、土下座とは日本の礼式の一つで、土の上にじかに座り、平伏してお辞儀を行う行為を指します。古くは2~3世紀ごろ、中国の歴史書である『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』に邪馬台国(やまたいこく)の風習として、平民が貴人に道端で出会うと『道端で平伏して拍手(かしわで)を打つ』との記載があり、古くから目上の人や神様を極度に敬う『畏敬(いけい)』の表現として使われていました」

Q.畏敬の表現が、どのようにして、謝罪やお願いの表現に変化していったのでしょうか。

齊木さん「最高度の敬意を示す礼法として行われていたものが『謝罪やお願い』の表現として大衆に広まったのは、第1次世界大戦後の大正から昭和にかけてといわれています。昭和初期の随筆で確認され、その後、小説や時代劇などでも書かれるようになります。一説には、テレビドラマ水戸黄門』の影響により、一般的に『謝罪』『お願い(許しを請う)』の意味が浸透していったといわれます」

Q.謝罪やお願いのほかに、どのような場面で使われているのでしょうか。

齊木さん「初めに挙げた、目上の人や神様を極度に敬う『畏敬』の表現として今も使われます。また、現代においては、政治家や企業が不祥事を起こした際、メディアの前で土下座を行うことが多くみられます。これは『土下座をされては許さないわけにはいかない』という日本の風習から、『保身』としての意味合いもあります」

Q.外国で土下座の慣習がある国・地域はありますか。

齊木さん「土下座を行う国はアジアの一部であります。そもそも、礼儀作法として頭部を地面につける行為は、中国古代の西周の時代(紀元前1100年ごろ~紀元前771年)に文献記録があります。中国では、仏教寺院における礼拝の方法として、宋代より前から行われていました。これが朝鮮、日本、ベトナム、琉球へと広まっていきました。

また、韓国では、深い感謝や敬意を表す作法として、土下座に似た『クンジョル』という形があります。ただ、土下座と少し異なるのは、男性は額の前で左右の手を合わせてから地べたに両手をつけてお辞儀をします。女性の場合は両手を地べたにつけず、少し浮かせたままお辞儀をします。墓参りなどの『チェサ(法事)』の際に行います」

Q.土下座が「安売り」されている印象があります。なぜでしょうか。

齊木さん「『土下座』は本来、謝罪するに十分な準備の積み重ねにより、初めて魂が込められるものです。しかし、『謝罪としての土下座』が大衆に広まる前の江戸期、相手に土下座をして謝ることで、大抵のことは許してもらえるという風潮が一部にありました。つまり『わざわざ土下座までしているのだから、これで一つ手打ちにしてくれよ』というわけです。

恥を忍んで土下座の形さえ取れば許してもらえるということで、これが、本来の精神的達成度が至らないままに土下座をする“パフォーマンス”でしかないと見なされ、謝罪形態だけの『カタチ』として軽々しい印象を与えるようになった要因ではないでしょうか」

Q.土下座の強要が法的問題になることがあります。なぜでしょうか。

齊木さん「『土下座』は、あくまで自分から行うことで意味を成すものであり、仮に相手に謝罪すべき立場であったとしても、相手から求められて行うものではありません。土下座の強要が法的問題になるのは、『土下座しないとどうなるか分かっているのだろうな』といった土下座の行為を利用した脅迫または暴力的手段をにおわせるからです。土下座は謝罪するための『義務』ではなく、強要することは十分法的問題になり得るので注意が必要です」

Q.正しい土下座(本来の土下座)の仕方は、どのようなものでしょうか。

齊木さん「極度に尊崇高貴な対象に恭検(人に対してうやうやしく、自分自身は慎み深いこと)の意を表す場合には、土の上にじかに座り、平伏して礼(お辞儀)を行います。まず、相手より低い位置に下がり、相手に向かい正座をした上で手のひらを地面につけ、額が地に付くまで伏せ、しばらくその姿勢を保ちます。

一方、現代の『謝罪』の土下座は、相手に向かい、素早く3歩ほど後ずさりします。正座をし、大きな声で『申し訳ございませんでした』と言い、頭を下げ、地面から1センチほどの高さで固定します。相手からの許しが出るまで姿勢を保ちます。

いずれにせよ、地に伏して礼をするという行為は、階級制が廃された現代においては常軌を逸したものであり、逆に『ばかにされている』と受け取られる可能性もあるので、行う際には細心の注意が必要です。肝心なのは土下座という形ではなく、それによって伝えるべき誠意そのものです。空気を読んで、その場にふさわしい謝罪の仕方を行うのも誠意といえるのではないでしょうか」

オトナンサー編集部

報道陣の前で土下座する田口淳之介被告(2019年6月、時事)