地球儀外交で世界の多くの首脳たちと意見を交わしてきた安倍晋三首相である。その成果を米国のドナルド・トランプ大統領イランとの核問題解決に生かしてほしいと依頼した。

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 イランとの良好な関係維持は日本の安全に直結することでもあり、大統領の要請を奇貨としてイランを訪問した首相であるが、国益を踏まえた交渉では、どの国も一歩も引かないことを改めて痛感させられたのではないだろうか。

 そうした中で、中国の覇権志向に米国をはじめとして世界が警鐘を鳴らし、一帯一路への協力に警戒感を抱き消極的であるにもかかわらず、昨年10月訪中して以降の首相の対中姿勢は国益の視点を放棄したのではないかと疑わせるものである。

 第2次安倍政権発足以降は対中接近に慎重であった首相が、今では「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」と言い出したからである。

 首相には誰よりも多くの情報が集まるであろうし、われわれ国民が知り得ない諸々の情報を総合的に勘案した結果としての言動であろうが、中国首脳たちの発言よりも前向きかつ肯定的とさえ思える「完全に」といった捉え方が腑に落ちないのである。

 中国は孫子を生んだ国であり、自国の目的達成には三戦(世論戦・心理戦・法律戦)を厭わない国である。

 近年は三戦をしのぐありとあらゆる資源を活用した超限戦を活用しており、さらには敵対する相手さえ味方せざるを得ないようにさせるシャープパワーと言われる手段を駆使する国である。

正常化とはどんな状態か

 日中関係にさほど関わりがなく、したがって詳しくもない筆者には、何をもって「完全な正常化」というかがそもそも分からない。

 中国の首脳が苦虫を噛み潰したような顔をしながらそっぽを向いて嫌々握手する関係から、ニコニコ顔で近づき、「日中関係は正常に戻った」と言いながら握手する関係になったことは確かである。

 しかし、実際の行動は、「正常に戻った」ことを疑わせ、世界の批判を受けるようなことばかりである。

 日本はこれまで中国が隣に存在する国であるということや、漢字などの文化が中国由来という負い目も加わった感情で中国を眺め、普遍的価値と称される自由や民主主義、人権さらには近代国家の法治主義からはことごとく逸脱しているにもかかわらず、ほとんど問題にしてこなかったのではないだろうか。

 現代に在っては、経済的利益関係を主体にしてきたように思える。

 それどころか、民主党政権時代はあたかも中国人を準日本人ででもあるかのように、鳩山由紀夫元首相は「日本は日本人だけのものではない」とうそぶき、米国と中国を等距離に置き、日本に近い中国をさも運命共同体であるかのごとく見ようとした。

 菅直人政権になると、麻生太郎政権が日本の国柄を毀損しないことを念頭に中国人観光客向けビザを富裕層に限定していたのを中間層まで拡大した。

 また、3年間有効の数次ビザを発給し、職業制限を撤廃するなどしたために、事実上3年間の長期滞在を可能にし、移民同然の状況に近づけた。

 さらに野田佳彦政権では国保の加入要件を1年以上の在留資格から3カ月に緩和したために、特に中国人の国保利用が容易となり、未払いの増加や国保による負担金の増大など日本の医療制度にひずみをきたしている。

 日本のこうした友好姿勢に対して、中国はどういう態度を取ってきたか。

 毒餃子問題や尖閣沖での中国漁船追突事案、また大使乗用車の国旗強奪事件や瀋陽総領事館への中国官憲の侵入など頻発した。

 直後に発足した第2次安倍政権当時の首相と握手する習近平国家主席の顔は横を向き、まともに見られたものではなかった。

 しかし、米国による関税上乗せやファーウェイ製品の忌避などから、中国の夢である「中華民族の偉大なる復興」と覇権獲得のための「一帯一路」に赤信号が灯り始めた。

 自国の主張が通らないときには無茶苦茶な圧力をかけ、困ったときはニコニコ顔で接近する。天安門事件後に見られた情景である。

 今のニコニコ顔は「正常化」したからではなく、天安門事件後の日本接近と全く同じく、単なる「日本利用」でしかない。

幾人かの論者からの警告

 本論を書くために、いくつもの論文を参照にした。例えばITビジネスアナリストの深田萌絵氏は「中国とIT提携 野田聖子総務大臣の亡国構想」(『WiLL2018年10月号所収)で、中国が民間人にスパイ活動を強要している実情などに鑑み、欧米諸国は知財の窃盗に警告を発し、ファーウェイ製品に拒否反応を示している。

 そうしたところに、野田総務相(当時)は「日本と中国で5Gの共通周波数帯を構築しようという構想をぶち上げた」というのだ。

 深田氏は「通信技術、通信インフラを熟知することはサイバー戦の基礎だ。それを中国と共有しようなど能天気な発言をした」として呆れてしまったようだ。裏には官僚の存在があったのだろう。

 そして、論文を「数年ごとに部署を異動する官僚が知識を深めることは難しい。長期的な産業育成や経済政策には、最先端技術への深い理解と幅広い知識を持つ専門家チームが必要だということに、我が国の政治家は一刻も早く気づかなければならない」と結んでいる。

 次は『WiLL2019年4月号掲載のノンフィクション作家河添恵子氏の「欧米の中国包囲網に日本は―」からである。副題は「米国についで欧州も中国の危険に目覚めたのに、日本の甘さが目立つ」となっている。

 WTO世界貿易機関)加盟交渉では、中国は価格統制や輸入制限は撤廃する計画であり、政府が国有企業の経営に直接関与することはなくなると強調し、加盟が決まってからは技術移転を投資の条件としない約束をする。

 しかし、加盟後の10余年、「自由で公正な貿易とは相いれない政策で、中国は富も技術も〝強奪″してきた。・・・その〝象徴的な企業″が、ファーウェイなのだ」と述べる。

 米国では司法省や商務省、連邦捜査局(FBI)、さらには野党の民主党議員までが一体となって、「中国の国家ぐるみの(知財窃盗)犯罪を、徹底的に暴き出し、司法で裁いていく方向性を明確に示した」という。

 ファイブ・アイズと称される米英加豪、NZの情報当局も会合(昨年7月)でファーウェイを主たる議題とし、各国は排除方針を決めたとされる。

 ところが、こうした問題に最も関心をもつべき日本経済新聞は、保釈中の猛晩舟副会長の「ファーウェイパートナーの特許や研究成果を入手しようなどとは考えていない」などと書いた寄稿文を掲載している。

 「疑惑の人物と企業」を援護するようなことをしたと難詰し、「(トランプ政権は)『自由と民主』『法の下の平等』『人権』の価値観を認めない、神の存在なき共産主義者(隠れ共産主義者含め)が、地球規模でばら撒いてきた〝赤い毒″を根絶やしにする戦いに挑んでいる。・・・日本は、この戦いを傍観している場合ではない」と結んでいる。

 もう一件は産経新聞特別記者で、国家基本問題研究所主任研究員の湯浅博氏による「中国の戦術的〝後退″にだまされるな」(『正論』2019年5月号所収)である。

 習近平国家主席は就任と同時に鄧小平の「韜光養晦」路線を棚上げし、「中華民族の偉大な復興」という中国の夢を実現するために、先端技術まで「核心的利益」とする強国路線を採ってきた。

 しかし、戦略的忍耐を掲げていたバラク・オバマ大統領に代わってトランプ大統領が登場し、中国による国際秩序の破壊を見過ごすことを「終わりにする」と戦う決意を表明(マイク・ペンス副大統領演説)した。

 そこで中国は「21文字方針」と言われる標語、すなわち「不対抗、不打冷戦、按歩伐開放、国家核心利益不退譲」を掲げ、「アメリカとは対抗せず、冷戦を戦わず、歩みに即して開放する」という一時的に「戦術的後退」の方針に代えたという。

 しかし4番目の「国家核心利益不退譲」が示すように、核心的利益は譲らないと決意していることが明確だと述べる。いずれも、安易な中国接近は危険だというものである。

中国が仕かける見え見えの圧力

 中国はこの1年余、急速に日本接近を図ってきた。そして、王毅外相から楊潔篪国務委員(外交担当)、李克強首相そして習近平国家主席まで、バカの一つ覚えみたいに「日中関係は正常化した」と繰り返している。

 何が正常化したか、筆者は寡聞にして知らないが、「正常化した」という言葉の氾濫で、日本国民の多くもそう思い込まされつつあるのではないだろうか。

 そして安倍首相の「完全に正常な軌道に戻った」発言である。

 国交回復前の尖閣諸島を中国は自国の領土と言ったことがなく、完全に日本の領土と認めていた。従って、沖縄の漁民は安心して漁労に従事することができた。

 また、東シナ海の日中中間線付近のガス田の試掘などについては両国が協議して進めることを約束している。

 「正常化」というのは、こうした状況になることを言うのであろう。しかし、首相が「完全に・・・」という状況下で、中国は尖閣諸島の領海侵犯を繰り返しながら接続水域連続進入を従来の43日から60日以上に更新しているのである。

 山崎幸二統合幕僚長は6月13日記者会見で、「これまでにないことであり、深刻に受け止めている」(「産経新聞」同14日付)と述べている。

 同紙は「中国海警局の公船が尖閣諸島周辺で存在感を増している背景には、軍最高指導機関、中央軍事委員会傘下の武装警察部隊に編入され、軍事組織として本格的に確立したことがあるとみられる」としている。

 第1次安倍政権を立ち上げた首相は、小泉純一郎政権で悪化した日中関係を修復するために最初の訪問国に中国を選んだ。

 そして取り決めたのが「戦略的互恵関係」である。

 翌年の福田康夫政権になると胡錦濤国家主席が国賓として来日し、「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」を発表した。

 そこでは「絶えず相互理解を深め、相互信頼を築き、互恵協力を拡大しつつ、日中関係を世界の潮流に沿って方向付け、アジア太平洋及び世界の良き未来を共に創り上げていく」「互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならないことを確認した。双方は、互いの平和的な発展を支持する」などと謳っている。

 さらに細部を見ると、「互恵協力の強化」については「共に努力して、東シナ海を平和・協力・友好の海とする」とも謳っている。

 しかし、中国は尖閣諸島への進入ばかりでなく、両国の諸々の約束に違反するように日本に圧力をかけ続けている。

 東シナ海の日中中間線近傍でのガス田採掘についても日中は取り極めを行なっているが、中国はずっと違反して工事を続けている。日本の度重なる「遺憾」表明にもかかわらず、工事をやめて協議する気配はない。

 日本人の拘束もそうした圧力の一環であろう。拘束が始まったのも安倍政権が強硬姿勢を見せていた2015年くらいからである。これまで13人を拘束し9人が起訴され、5人が実刑判決を受けている。

 昨年の訪中で拘束されている日本人の解放を首相は要求したが、主席は「法に基づき適正に対処する」と返答した。

 法に基づきという意味は、日本人的には拘束の理由を開示し、公正な裁判を行うことである。しかし、その後も一向に拘束の理由はもちろん、裁判経過も一切公表しないまま実刑判決が出されている。

 「日本に圧力をかける」目的だけのために行っている裁判であるから、理由も経過も公表できるはずもないのであろう。

 これは、現状に圧力をかけて、中国の一帯一路への協力を求め、また日米離間を図ることを意図したものである。

 対米関係に苦しむ中国が、G20の議長国であり、米国の同盟国でもある日本から少しでも有利な成果を勝ち取り、国際社会の信頼を回復するという深謀遠慮からであろう。

 日中関係が悪化したり、現在の米中関係のように拗れると、その突破口を日本に見出そうとするのは、中国の常套手段であり、しばしば用いるのが圧力である。

世界から見ると「異常」なことばかり

 日中関係ばかりではなく、世界的な視点というか、自由主義社会が重視する普遍的価値観WTOが規定する国際的な商習慣から見れば、「異常」なことばかりやっている中国である。

 ピルズベリーが『百年マラソン』で言うように、支援を受けて近代国家になれば、普遍的価値観を共有する国になると見られた中国であった。

 しかし、現実は、民主主義国家にはならないとさえ公言して、共産党による一党独裁を一層強化し、言論統制や人権抑圧を批判する世界の声に耳を貸そうとはしない。

 返還後の50年間は香港市民が英国の統治下で堪能してきた自由・民主主義を容認する「一国二制度」の取り極めであったが、ここ数日発生しているデモに見る惨状である。

 数年前には英国議会が香港返還に伴う英中協定が遵守されているかどうかを見る必要があるとして視察団を派遣しようとすると、協定はすでに失効していると嘯き、視察団の受け入れを拒否した。

 自己都合で国際的な約束も反古にする国であることは、南シナ海の人工島に関する仲裁裁判所の判決を「紙屑」を言ったことで世界中に知れ渡った。

 習近平が国家主席就任に当ってつぶやいた一つに2025年までの台湾併合がある。その目標への拍車もかかっているようで、最近はさらに具体的な提案として香港同様の「一国二制度」の台湾への適用を仄めかしている。

 また新疆ウィグル自治区では、中国政府の強権的政治にクレームをつける市民の再教育で百万人超のウィグル人が収容所に送られていると言われる。そのウィグルでは臓器移植などの批判も起きている。

 一帯一路推進に当っては、貧困国の経済常態につけ込んで返済できない債務の罠に追い込み長期的な租借、すなわち植民地化する姿勢も見られるなど、およそ日本も主張する普遍的価値観を無視する行動ばかりである。

 米欧をはじめとして先進諸国は、中国の専制独裁的なやり方や人権抑圧を正面から批判するが、日本には面と向かって難詰し相手の面目をつぶすような作法はない。

 しかし、それが世界、中でも中国は日本の弱点とみなし、逆に「日本は難詰していない」と解釈し、利用することになる。

 日本人的には美徳であるが、国際社会では往々にして「悪いことをあげつらわないで、上手く立ち回る狡い国」とみられかねない。その原動力となっているのは日本の国益をほとんど考えない外務省である。

 南京問題や靖国神社参拝問題といった歴史戦に関わる事案、そして天安門事件での対処は、すべて外務省の事なかれ主義がもたらした失態でしかない。

天安門事件後の二の舞を演じるな

 1989年6月の天安門事件を受けて、世界は中国に制裁をかけた。その時、中国は制裁の輪で日本が最も弱いとみて、日本接近を図った。

 中国の底意は見事に成功し、日本が世界に先んじて制裁を緩め、挙げ句に史上初の天皇訪中まで行った。

 これを観た世界各国も制裁を緩め、戦車の前に立ちはだかって抗議し虐殺された勇気ある人々の死を無駄にしてしまったのである。

 こうして天安門の危機を脱出した中国は強権政治に転じ、今や米国をも押える覇権を追求するまでになった。

 しかし、その後の日中友好は深まるどころか、日本は「微笑接近」(裏から見れば圧力)に弱い国とみなし、日本に「犯罪国家」「暗黒国家」のレッテルを貼り付ける歴史戦を展開して今日に至っている。

 中国の日本接近は、国際社会での対中制裁を解除する方便として使われただけである。中国は当時の外相日記などで、日本を政治利用する企図があったことを白状し、成功したことに満腔の意を表している。

 逆に言えば、日本の能天気をあざ笑っているのである。

 今の中国は、天安門に続く困難に直面している。一方では、世界の覇権国になろうとする意志を明確にしている。

 何が何でも米中貿易戦争の難局を乗り越え、世界に覇を唱える切かけを掴みたいと死にもの狂いである。

 それが首脳の微笑接近と尖閣諸島周辺への連続進入などである。その微笑接近と圧力に耐えられず、安倍首相が一帯一路への協力でいま以上に譲歩することになると、尖閣やガス田、さらには靖国問題など置き去りにされたままとなり中国の思う壺である。

 中国の困難は緩和され、米中の貿易戦争における米国の圧力も低減させ、独裁国家中国の強国化に日本が協力したことになる。天安門事件後の経過を日本が再び繰り返しては、歴史にも経験にも学ばない、愚鈍な日本でしかない。

おわりに

 筆者がかつて旅順を訪ねた時も、後方には公安関係者2人が尾行していた。

 旅順要塞など観るとき、あそこから先は立ち入り禁止区域ですと言われても、明確な表示などない。これではいつ逮捕されても不思議ではないとつくづく思ったものである。

 また、地図を買うにしても情報収集やスパイなどとでっち上げられてはかなわないので、等高線や標高などが細部書かれているものは買わないように気配りしたものである。

 法が機能しない中国である。憲法では自由も人権も保障している。しかし、党が法の上に立つ中国は法治とは名ばかりで、実際は人治、それも独裁的な最高指導者一人の意のままである。

 「正常化」とは、歴史に正面から向き合い、国家間や国際間の取り決めを守り、内政に干渉しないで普遍的価値観を尊重する姿勢になった状態をいうのではないだろうか。

 安倍首相の先の訪中で、一帯一路に関して第三国での協力などを謳ったことも「青天の霹靂」であったが、任期も迫ってきたゆえか、中国の本質を見極めない対中外交が目立つようになってきた。

「急いては事を仕損じる」という諺を、首相はいま一度、胸に手を当てて考えるべきではないだろうか。

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