フォントについて意識したことはあるだろうか?

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 今年の3月奈良県生駒市の教育委員会があるフォントの導入を発表した。株式会社モリサワが開発した「UDデジタル教科書体」だ。

 その特徴は児童にとってわかりやすく読みやすい。

 実際、116人の小学生とともに行った実験では驚くべき結果をもたらす(下図)。果たして「UDデジタル教科書体」とは?

 開発に携わったモリサワの高田裕美さんにご寄稿いただいた。(JBpress

手がけているUDフォントは本当に正しいのか?

 私は32年間タイプデザインの仕事をしてきた。最後にリリースした書体が「UDデジタル教科書体」である。2017年秋のWindows10 Fall Creators Updateより、Windows10に標準搭載された。

 書体制作の小さな会社に入った30数年前は、デジタルフォントの過渡期。ワープロ用のビットマップフォントに始まり、DTP用のアウトラインフォントテレビテロップ用、スポーツ新聞の見出し用、ペットボトルの成分表示用のフォントなど、デジタルフォントを必要とするユーザー・現場によって異なる要望に応えてきた。

 その中でも「UDデジタル教科書体」というフォントへの思い入れは特に強い。

 なぜなら、これまで手掛けてきた多くのフォントは依頼者が企業で、その依頼に合わせたフォントを作ることがビジネスに繋がり、開発費の一部を負担して貰えた。

 昨今、話題になっているユニバーサルデザインフォント(UDフォント)もその一つで、私が携わるようになったのは、高齢者が遠くからでも見やすい電車の車内表示用のゴシック体の開発がきっかけだった。

ユニバーサルデザイン」という概念を受けたUDフォントは、年齢差、性別の違い、障害の有無、能力差、国籍の違いなどに関係なく、「より多くの人が利用できる、読みやすく、わかりやすく、間違いにくい書体」をコンセプトにもつ。

 しかし、UDフォントの制作が進むにつれ、自分が良かれと工夫しているデザインで、本当に高齢者やロービジョンの人たちが「見やすく読みやすく」なるのか? と、タイプデザイナーとして社会に対する責任を感じ、疑問を持つようになった。

 そんな中で、ロービジョン研究の第一人者といわれている慶應義塾大学の中野泰志教授をネットで知ることになる。

ショックを受けたロービジョン子どもたちの「現場」

 初めてお会いした中野教授は、私の疑問にすぐには答えてくれず「あなた方デザイナーがまずロービジョンのことを理解してください」と、特別支援学校やロービジョン子どもたちのための拡大教科書の制作現場、拡大文字の絵本や触ってわかる手作り絵本が揃う図書館、盲導犬の育成学校などに連れて行ってくださった。

 本に顔を近づけて一生懸命に文字を勉強している子どもたちの姿を見て、どんな書体で学んでいるのかと気になった。

 線の細い部分が見えにくいロービジョン子どもたちは、よく教科書に使用されている線の太さの強弱が強い教科書体や、横線の細い明朝体を読むことが困難なために、線の太さが一定のゴシック体や丸ゴシック体に変えて学習していた。

 私はこれにショックを受けた。

 なぜならゴシック体や丸ゴシック体は印刷用の書体で、手の動きのある教科書体とは異なり、デザイン的に省略された形状である。たとえば「令和」の発表時にも話題になったが、「令」の文字は手書きの教科書体は「マ」の形状で、省略された印刷書体とは大きく異なる。しんにょうの形状の違いも然りである。

 初めて文字の形に触れる子たちが、デザイン的に省略された形状の書体、手の動きのない印刷書体で文字を覚えなくてはならない状況に、タイプデザイナーとしてこれではいけないと感じた。

 それが「UDデジタル教科書体」を制作するきっかけだった。

「UDデジタル教科書体」の開発は、他のUDフォントと違ってクライアントとなる企業がいない中ではじまった。なぜこの書体を開発したいのか――、会社を説得し、開発に関わるメンバーの理解を仰ぎ、先に進めることは簡単ではなかったが、この書体を必要とする当事者の子どもたちの声、それを支援する先生方やボランティアの方々の熱意に後押しされ、また中野教授の検証協力に支えられながら開発した。

 開発の途中には認定NPO法人EDGEの藤堂栄子会長のご協力もありディスレクシアの子どもたちや保護者の方のヒアリングでも「UDデジタル教科書体」が読みやすいこともわかってきた。

 視覚過敏のある子どもたちの中には、従来の教科書体のハライやハネの鋭さが怖かったり、明朝体の横線についている三角形のウロコや教科書体の筆をぐっと押し付けたような筆の入りの形状が気になって文字を読めなかったり、書体形状からくるストレスで教科書を開くことさえ嫌な子もいた。

 支援者の方からのご指摘で書体のパーツ形状を大きく変更したこともあったし、中野教授の検証でも結果が良いとは限らなかった。その度に試行錯誤で、何度もデザインを担当するメンバーで見直しをし、改良を加えた。会社も営利目的ではなく、社会貢献の目的を担う書体としてリリースを決めてくれた。

 企画からリリースするまでに8年の歳月が経っていた。何としても困っている子どもたちにこの書体を届けたい一心だった。

 リリース発表のときには、拡大教科書制作のボランティアの方が駆けつけてくれて目頭が熱くなった。「諦めないで、頑張ってくれてありがとう!」「高田さんの執念の結晶だね」と激励してくれた方もいた。

「俺はバカじゃなかった・・・」届けられた声

 この書体はリリース後、半年くらいで日本マイクロソフト社のアクセシビリティ担当の大島友子氏が声を掛けて下さり、翌年Windows10に標準搭載されることになり、追って翌年、その前にデザインを完了していた「BIZ UD明朝」と「BIZ UDゴシック」も標準搭載された。

 Windows10に入った「UDデジタル教科書体」の販促活動を続ける中で、「この書体なら読める!と息子が言ってくれたんです!」と目を潤ませてお礼を言って下さるディスレクシアのご子息をもつお母さん、「子どもというより老眼の俺が読みやすいよ。メールを読むのに使っているよ!」と応援してくださる印刷会社の部長さん、「外国の方が日本語を学ぶときにも有効ですよ」とアドバイスをくださる日本語学校の先生、「僕は今までメイリオが読みやすかったけど、学校と同じ形のこの書体で勉強したい!」と自分の気持ちを伝えてくれた小学生などにも出会えた。

「これなら読める!オレはバカじゃなかったんだ……」と学習指導(LD)の子どもが絞り出す声で言ってくれたと支援者の方から聞いた話に感動し、その感想をツイートしたら思わぬ多くの方から反響があり、びっくりした。実際は「UDデジタル教科書体」に書体を変えて、デイジー教科書での色々な支援もあった上での言葉だったそうだ。

 昨年、ディスレクシアのエビデンスを取得してくださり、今も検証を続けてくださっている大阪医科大学 LDセンターの奥村智人先生も指摘されているが、注意すべきことは、その子どもにとって読みやすい書体を選択することは合理的配慮のスタートであってゴールではないということである。

 つまり書体を変えるだけでは配慮にならない。目的にあった書体の選択と同様に、その書体を活かす組版や配慮の仕方があってこそのユニバーサルデザインである。

 フォントは使用目的や対象者によって要望や困りごとも異なり、その現場の話を聞くことで私たちタイプデザイナーが知らない世界の扉を開いてくれる。これからもタイプデザイナーの知見で現場の声に寄り添い、目的に合った書体開発やその書体を活かすには何が大切なのか? 何をしたらよいか? を伝える活動をしていきたいと思っている。

【より詳しく知りたい方は、6月19~21日『教育ITソリューションEXPO』モリサワブースにて、「UDデジタル教科書体」を含む UDフォントの有効性を知る12名の研究者、支援者、当事者の方々によるシンポジウム&セミナーが開催される。詳細はこちら

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