かつて、教科書に載るような文豪でもない無名作家たちが、日本のエンタメ小説界をリードしていた。
時は明治20年代。国民の識字率は向上し、読書人口が増えてくるとともに、新しい娯楽読み物へのニーズが高まる。そこで生まれた「明治娯楽物語」を今に伝える異色の文学ガイドが、本書『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』だ。

バズることに必死だった明治の無名作家たち
そもそも、誰が明治娯楽物語を書いていたのか?作者となったのは、売れない作家に編集者に新聞記者に学生など、文章力はあるもののうだつの上がらない人々だった。
売れる本を作って、儲けたい。そのためには手段を選ばない。最新のニュースに流行に、他の作品の設定だろうとネタに使えそうなら拝借し、さっさと物語にまとめて出版する。

粗製乱造された作品の数々を、著者は3つのジャンルに分類。講談師の話した内容を速記した「講談速記本」。犯罪者の人生や起こした事件を記録した「犯罪実録」。SF・冒険小説のはしりにもなった「最初期娯楽小説」。それぞれのジャンルの作品紹介と分析から、明治娯楽物語と現代の意外なつながりが見えてくる。

明治娯楽物語は、あの国民的漫画のルーツだった?
一山当てたい無名作家たちは、時に最先端の個性を持つキャラクターを生み出す。
たとえば、「豆腐市兵衛」こと桂市兵衛は身長140センチで肩幅も同じくらいある、コミカルな見た目と怪力が特徴だ。安土桃山から江戸時代に実在したともいわれるが真偽は不明。史実に沿うことが求められる歴史物で脚色しやすいキャラとして重宝され、講談速記本のあらゆる作品に登場しては、キャラが追加されていく。
馬を背負って断崖絶壁を駆け降りたり、琉球を征服するなど、登場するたびに武勇伝が増える。肩幅どころか身体の奥行きも広くなり、直方体になる。さらに血縁者の登場するスピンオフ作品が書かれたりと、桂市兵衛はアメコミヒーローにも負けない広がりを持つキャラクターなのだ。

三宅青軒『明治豪傑 鳥さし胆助』に登場する少年忍者・胆助は、梅干しだと思って睨むと相手が梅干しのように無力になる「梅干しの術」の使い手として活躍する。
当時梅干しの術以上に斬新だったのが、特殊な能力を持つ子供が主役となり、大人たちを打ち負かすという設定。『鳥さし胆助』がヒットして以降、小説だけでなく映画や漫画でも、子供ヒーロー物が作られるようになる。『ドラゴンボール』や『ONE PIECE』のような国民的漫画も、ルーツは明治娯楽物語にあるのかもしれない。

何で『舞姫』の主人公ボコボコにしたのか
一見やりたい放題な明治娯楽物語にも、規制はあった。
文明開化の時代を生きる明治の人々は、新しもの好きで迷信嫌いのリアリストだった。作り話は低俗とされ、娯楽作品だろうと理屈と整合性が求められたのだ。

流行りの冒険物に暴力要素を追加したヘンテコ作品である星塔小史『蛮カラ奇旅行』にも、雑な展開に一応の理屈が通っている。
主人公・島村隼人は粗野で乱暴で男らしいことを誇る、世に言う「バンカラ」である。バンカラにとって、気取ったハイカラ(西洋風)な人間は敵である。敵を滅ぼすためには、総本山に攻め込むのが手っ取り早い。ゆえに、島村はヨーロッパを旅して、現地で西洋人を殴りまくる。
イギリスではスパルタ式に子供たちを鍛え上げる集団「世界統一倶楽部」と出会い、メンバーアフリカ人と一緒に帰国。殴りたくてしょうがなかった、女を捨てる非情なハイカラ男(森鴎外の代表作『舞姫』の主人公に似せたキャラ)に偶然遭遇し、ボコボコにして万歳三唱して終わる。理屈といい、「世界統一倶楽部」というグループの名前といい、もはやヤンキーである。

こんなメチャクチャな物語が後世に残るわけないと思いきや、残っているのである。
明治娯楽物語は『蛮カラ奇旅行』をはじめ、国立国会図書館デジタルコレクションに収められているものも多く、無料で読むことが可能。しかも著者曰く、〈面白さを評価の基準にすれば、明治娯楽物語は同時代の純文学を圧倒している〉という。

だが、玉石混交な作品の中でも、どれを読めばいいのか?現代の常識や倫理を踏み外しまくるような話を、どんな読み方をすれば楽しめるのか?
カオスだが掘ったら病みつきになりそうな世界に足を踏み入れるガイドとして、本書を欠かすことはできない。
(藤井勉)

『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』山下泰平/柏書房版元によると、タイトルの通称は「まいボコ」とのこと。