すでに誰でも量子コンピューターを
使ってみることができる時代に

今年1月8日に、米国ラスベガスで開催されている世界最大級のデジタル製品展示会「CES2019」で、IBMは世界で初めて商用の量子コンピューター「IBM Q System One」を発表して、世界を驚かせた。

(世界初の商用量子コンピューター「IBM Q System One」のデモ映像。量子コンピューターはすでに研究室の外に出て、オフィスで使われる時代になった。https://www.youtube.com/watch?v=LAA0-vjTaNY&feature=youtu.be)

それだけでなく、すでに誰でも量子コンピューターを使ってみることができる時代になっている。商用の量子コンピューターを開発しているD-Waveシステムズは、ネット経由で量子コンピューターにアクセスができる無料サービス「Leap In」を始めている。量子コンピューティングに興味を持つエンジニアを育てる、集める狙いがあるようだ。そのため、ドキュメントやトレーニング教材も豊富に用意されている。興味のある人は、アクセスしてみていただきたい。

さらにビジネス利用も進み出している。今年1月25日NTTデータは「量子コンピュータ/次世代アーキテクチャ・ラボ」サービスを開始した。これは量子コンピューターを活用したい企業などに対して、実機を用いた検証を行い、最適な活用方法を提案するコンサルティングを行うサービスだ。金融や交通、物流、製薬、化学などの分野の企業、機関をターゲットとして、2020年度末までに20件のサービス提供をすることが目標だ。すでに第一生命保険から、このサービスを利用する内諾を得ていることが公表されている。

このサービスでは、実際の実機を使っての検証も行われる。NTTデータが実機例と挙げているのは、「CMOSアニーリングマシン」(日立)、「D-Wave 2000Q」(D-Waveシステムズ)、「デジタルアニーラクラウドサービス」(富士通)、「LASOLV」(NTT)の4機種だ。

期待されているケースは、「物流経路の最適化」「画像処理の機械学習」「金融、投資などのポートフォリオ最適化」「スケジューリング問題」など。量子コンピューターは、実験の段階を終え、実用化への道を歩み始めている。

大方の人が首を捻るのは「量子ビットは
0と1の両方の状態をとることができる」
という点

ところが量子コンピューターの仕組みとなると、多くの方が説明を聞いても、わかったような、わからないような心持ちになってしまうのではないだろうか。一般的な説明では、量子ビット(キュービット)は、0と1の両方を一定の確率で同時にとることができるので、量子ビットを演算すれば、いっぺんにさまざまな数値の演算ができる。これは大量の並列計算を行うことになるので、猛烈な速度で計算が終了するというものだ。

大方の人が首を捻るのは「量子ビットは0と1の両方の状態をとることができる」という部分だろう。

量子電磁力学の発展に寄与したことでノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマンは、「もしも量子力学を理解できたと思ったならば、それは量子力学を理解できていない証拠だ」「相対性理論は誰でも理解できるが、量子力学が理解できたというやつは嘘つきだ」という皮肉を込めた名言を残している。

量子力学は、こういう見方をすると
うまく現実と符合するという
「ものの見方」

なぜ、量子力学の話がもやもやしてしまうかと言うと、量子力学は物質の世界がどうなっているかという真実を解明したものというよりも、こういう見方をするとうまく現実と符合するという「ものの見方」だからだ。

実際、今でも量子力学に異論を唱えている研究者もいないわけではないし、量子力学の研究者でさえ「量子力学は理解するものではなくて、慣れるもの」と言う人もいる。

例えば、多くの人が中学校などで、原子の構造として、中心に原子核があって、その周りを電子が公転している太陽系のような形のモデルを学んだはずだ。しかし、このモデルは量子力学的には間違っている。

量子力学では、原子核や電子などの
粒子がどこに存在するかは
すべて確率として捉える

量子力学では、原子核や電子などの粒子がどこに存在するかはすべて確率として捉える。そのため、今の水素原子の構造モデルは、図のような幾何学模様のように表れされる。

(多くの方が、原子核の周りを電子という粒が公転する原子モデルを習ったはずだ。しかし、現在では、図のように電子の位置を確率分布で表すモデルが正確だとされている。電子の位置を観測すると、電子の位置が特定できる)

もちろん、初めて原子構造を学ぶ中学生にこの図を見せても混乱するだけなので、未だに太陽系のような原子構造モデルは使われているが、高校になると確率分布による電子雲として教えるのが一般的になっている。電子はあくまでも色の濃い部分にいる可能性が高いという考え方だ。ところが、電子の位置を観測してみると、電子はどこかに存在することがわかる。電子は確率分布に従って存在しているが、観測をすると、位置の特定ができるというのが量子力学の考え方だ。

有名なシュレーディンガーの猫も、このような「量子力学的なものの見方」にまつわる寓話だ。シュレーディンガーは、確率的にものを見る量子力学に対して反論するために、シュレーディンガーの猫の例を考案した。50%の確率で青酸ガスが発生する箱の中に猫を入れる。では、猫は生きているのか死んでいるのか。量子力学的には生と死が重ね合わされた状態ということになるが、そんなバカなことあるの?と、量子論者たちを煽ったのだ。しかし、量子論者たちは「そうなのだ。箱を開けて観測するまで猫の生死は決まらない。開けるまでは生と死の重ね合わせ状態にある」と反論して、シュレーディンガーは量子論者たちの論点整理に貢献するという皮肉なことになってしまった。

大量の並列計算を必要とする処理の
大幅な効率化が可能になると期待

このように、量子ビット(キュービット)は、0か1かではなく、0と1の両方を同時にとることができる。このため、0+0、0+1、1+0、1+1の4種類の演算を、二つの量子ビットを演算することで一度で計算できてしまう(こんな単純な話ではないが)。大量の並列計算を必要とする処理の大幅な効率化が可能になると期待されている。

ただし、技術課題は山ほどある。そのような量子状態を保つことも難易度が高い。さらに、量子というのは0と1の状態を同時にとることができるといっても、シュレーディンガーの猫にように観測をした瞬間に0か1に決まってしまう。そのため、直接演算結果を取り出しても、それが求める回答であるかはまさに確率次第で、くじ引きのようなことになってしまう。

そこで量子もつれという現象を利用する。量子もつれとは、異なる量子が関連してしまう現象だ。計算用の量子ビットとは別にフラグ用の量子ビットを用意して、互いに量子もつれの状態に保つ。そして、フラグ用の量子ビットを観測して、求める答えになっていそうな時に、計算用の量子ビットから計算結果を取り出すという工夫も必要になる。

なんでこのようなことが起こるのか、なんでできるのか、それは誰にもわからない。そこが、まさに量子力学研究者たちの研究テーマになっている。しかし、どうしてそうなるかはわからなくても、量子力学的なものの見方をすると、現実とうまく符合することは間違いなく、これを利用した量子コンピューターがいよいよ実用化の時代を迎えようとしているのだ。

量子コンピューターって他のコンピューターと何が違うの!?IBM、NTTデータなどが次々と商用利用を開始