→第1回


その日の朝、僕は目覚ましが鳴る1分前に自然に目が覚めた。年に1度あるかないかの事だ。
風呂に入り、歯を磨き、コーヒーなんて飲みながら犬猫の動画を漁る。
お気に入りのアプリゲームのログインボーナスを受け取り、お気に入りの服を着て、家を出る。
そして僕はお気に入りの台に、お気に入りの一万円札をぶちこむのだった……。

ゆうことで今回の「オジスタグラム」のおじさんは、鉄也さん。
名は体を表すとはよく言ったもので鉄也さんとの出会いは、鉄の玉飛び交う日本のオアシス、パチンコ屋だった。
まるで親がパチンコ台の下敷きになって死んだかのような形相でパチンコを打ってた僕に話しかけてきてくれたのが鉄也さんだ。
絶対あだ名はてっちゃんであろう底抜けに明るい51歳だ。何といっても服が赤である。赤い服を着ていて暗いおじさんはいない。
しかし、こんなに「てっちゃん」がしっくりくる人はいない。全国のてっちゃんの概念を集めて一つにした感じのてっちゃんとでも言おうか。てっちゃんの中のてっちゃんとも言えるし、各工場に一人はいる量産型てっちゃんとも言える。ちなみにおとなしい鉄也さんのあだ名は「鉄さん」になる。

パチンコが好きすぎるだけなのだ
てっちゃんは持ち前の明るさで赤の他人の僕の台に熱いリーチがかかる度に自分の台の事のように応援してくれた。
「おー!これは絶対来るぞ!兄ちゃん!えぇ~!?おい!もう今のうちに握手だ!ほら!」
そして、リーチが外れると僕よりも悔しがってくれた。
しかし、僕は知っている。
てっちゃんは決して僕を応援してる訳じゃない。
パチンコが好きすぎるだけなのだ。
キリンは高い所の木の実を食べる為に首が長く進化したのと同じで、てっちゃんは長年のパチンコ生活で全ての台のリーチを楽しめるよう進化したのだ。
愛すべき全身性感帯おじさん。
ちなみに隣の台を応援してくるおばさんもよくいるがあれは、人の台を応援する姿を自分の台に見せる事によって徳を積んで大当たりを狙うスピリチュアル打法をやってるだけなので間違えないように。

タイソンタイプのおじさん
人間、共通点と尊敬があれば仲良くなるのは早い。
おそらくインドに土地が買えるくらい負け散らかした我々は店を出て、一歩のロスもなく鳥貴族にたどり着いた。
てっちゃんは入り口のドアを開けるや否や大きな声でおっしゃる。
とりあえずビール2つちょうだい!」
鳥貴族はそうゆう店ではない。
彼にとっては鳥貴族も小料理屋も同じなのだろう。
初回のみつおさんをヒクソン・グレイシーとするならば、てっちゃんマイク・タイソンだ。
乾杯の後も、てっちゃんの猛攻はとまらない。
「兄ちゃん!なまこ酢ちょうだい!え?ないの!?えぇー?どっか近くの店から持ってきてよー!ガハハハ!えぇー!?」
どうやらてっちゃんデリカシーをお母さんのお腹の中に忘れて来たようだ。
しかし、タイソンタイプのおじさんにはなぜか許せてしまう魅力がある。
おそらくどこに行っても同じスタイルで闘ってるであろう信頼感があるからだ。
仮に今日、高級料亭に行ってたとしても、てっちゃんなまこ酢を頼んでただろうし、外国に行っててもNA・MA・KO・SU!と言っただろう。
この覚悟からきたのか、諦めからきたのかわからない自信こそがこの手のおじさんのかっこよさである。

もも貴族を頬張りながら、てっちゃんが言う。
「しかし負けたなぁ!ガハハハ!」
「ゲボ出ますわ~」
「それにしてもあの海物語の角台出てたなぁ!20箱くらい積んでたんじゃないか?明日な、絶対あの横の台が出るぞ。」
「えー、てっちゃん行くんですか?」
「行きてえけど、明日仕事なんだよ」
「えー!無職じゃないんですか!!?」
「おい!このやろー!ガハハハ!」

てっちゃんの真実
僕はてっちゃんのパチンコ好きをなめてた。
なんと、てっちゃんはパチンコを平日に一日打ちたいが為だけにタクシーの運転手になったらしい。にわかには信じがたい話だが、あれは冗談を言ってる人間の目ではなかった。
朝8時から次の日の4時まで20時間働いて、丸一日休むという隔日勤務とゆう業務形態らしい。
今日はその休みの日だったのだ。
この生活をてっちゃんは30年続けている。
先程てっちゃんにパチンコ愛を少しでも語った事が凄く恥ずかしくなってきた。てっちゃんの前では僕はもはやパチンコ嫌いの部類に入る。
玉を触ってる時間が違う。
恐らく巨大な磁石が空に現れたら人類で「てっちゃん」だけちょっと浮くのだろう

「いや、自由気ままが一番よ!嫁子供いたらこんな自由にやれてないよ!ガハハハ!」
てっちゃん絶対仕事中も行ってるでしょ!?」
「さすがに行かないよ!そりゃ行きたいけど、会社のタクシーでバレるだろ!今はGPSもあるし。いやなくてもいかないよ!ガハハハ!」

そんな終始明るいてっちゃんの最近の悩みは、
仕事中にタピオカを見るとパチンコに行きたくなる事らしい。

最高かよ。

(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)