― 連載「ドン・キホーテピアス」<文/鴻上尚史> ―

◆30年、主張してきた日本人の名前の英語表記のこと

 日本人の名前の英語表記を「正しい順番」にするように、文部科学大臣が関係機関に要請したというニュースが流れてきました。

 おいら、このことに関しては、もう30年近く前に熱く語りました。

 日本人は子供に名前をつける時に、大切に大切に、「名字・名前」の順番で考えます。そして、画数とか意味だけではなく、語呂とか響きを含めて決めてます。

 それが、日本の文化だし、親の気持ちです。それを、強引に逆にすることは、とても悲しくて恥ずかしいことだと思うのです。

 でも、日本人は、忖度して、積極的に自分の名前を逆にして自己紹介するのです。

 安倍晋三首相はShinzo Abe (シンゾー・アベ)と海外では紹介されるし、名乗っています。ところが、同じく名字・名前の順番である中国の習近平国家主席はXi Jinping(シー・チンピン)、韓国の文在寅大統領Moon Jae-in (ムン・ジェイン)と名乗っているのです。

 ただ、日本人だけが「欧米は、名前・名字なんでしょ。分かりました! 私達もその順番にします! まかせて下さい! 私達は、気配りの民族ですから!」と、ずっと歴代の首相は、名前・名字での自己紹介を続けているのです。

 考えれば考えるほど、恥ずかしいことだと思うのです。と、30年近く前、僕は主張し続けたのですが、事態はなかなか変わっていません。

 僕自身は、普段はローマ字では「KOKAMI Shoji」と表記しています。

 これはフランスから始まったと言われている方法で、多様な文化を受け入れるために、名字は大文字で表記しようという取り決めです。

 もっと厳格には、「KOKAMI ,Shoji」と、名前の前にカンマをつける方法もあります。これは、本来は、この順番なんだけど、カンマの後が名前だよという表記です。

◆「名字・名前」は日本の文化

 でね、問題は、「名字は大文字」という取り決めを知らない欧米人の方が大多数だということなんです。

 もちろん、中国や韓国、日本も含めて、アジアの一部とハンガリーでは名字・名前の順番である、ということを知っている人も少ないです。

 本来の名字・名前の順番で自己紹介をした韓国人学生の名字がキムという人が多かった時に、「韓国人は、キムという名前が流行っているの?」と素朴に聞いたアメリカ人学生の話があります。

 僕がロンドンイギリス人俳優を演出して、自分の作品を演出した時、最初、プロデューサーに「KOKAMI Shoji」と表記して欲しいと言いました。

 イギリス在住の日本人プロデューサーでしたが、彼女は、「これは、フランス人が提案している方法ですね」と少し眉をひそめました。そして、「イギリスの演劇界で勝負をしたいのなら、名前の表記は、イギリスで受け入れられる方法がいいと思う」と言われました。

 迷いましたが、イギリス演劇界の状況が分からなかったので、この時はプロデューサーの提案に従いました。まずは、受け入れられて、成功することが大切だと思ったのです。

 僕自身、欧米社会に受け入れられるために、「名前・名字」の順番にして海外で戦っている日本人ビジネスマンをたくさん知っています。その人達を責めるつもりもありませんし、自分自身も欧米式に従ったのですから、責める資格もありません。

 けれど、「日本人を含め、アジアの一部では、名字・名前の順番なんだ」と広がれば、わざわざ、自分の文化を捨てて、逆の順番にする必要はないだろうと思っています。

 じつは、2000年文科省の国語審議会が「言語や文化の多様性を生かすため名字を先にするのが望ましい」と答申を出しました。

 けれど、それはまったく定着せず、現在の文部科学大臣の名刺も、ローマ字表記では名前、名字になっているのです。

 日本人個人が世界で個別に戦おうとする限り、この順番は変わらないと思います。まず、首相や政治家の名前を正しい順番で表記し、少しずつ、「日本人の名前の順番はこうなんだ」という情報を広めていくことが必要だと思います。他のアジア諸国は、もう、国家的に進めているのですから。